1970年4月10日に、ポール・マッカートニーは1週間後にリリースする初のソロ・アルバム「McCARTNEY」のサンプル盤と共に、マスコミ向けのプレス・リリースを配布しました。その「Q&A」で、ポールは「ビートルズからの脱退」を宣言していて、マスコミは「ビートルズ解散!」と大騒ぎとなったのです。既に前年である1969年9月20日に「ビートルズからの脱退」を内々で宣言していたジョン・レノンは「ポールは自分のソロ・アルバムを売る為に、ビートルズからの脱退を利用した」と怒髪天を衝く事となり、それからジョンとポールの「仁義なき戦い」が始まりました。それをジョンとポールはマスコミなどでお互いに罵り合うのではなく、楽曲にして発表したのです。その「ソング・ウォー」を仕掛けたのは、ジョンでした。当時のジョンとヨーコさんは、1970年3月から4か月の予定で、ロサンゼルスのアーサー・ヤノフ博士の元で「プライマル・スクリーム」と呼ばれる治療を受けていて、それは過去のトラウマを叫ぶ事で治療するものでした。ジョンはその治療法によって過去と向き合い、それを曲にして、1970年9月26日から10月23日にかけてEMIスタジオでレコーディングして、ビートルズ解散後で初のソロ・アルバム「JOHN LENNON / PLASTIC ONO BAND(ジョンの魂)」を制作して、1970年12月11日にアップルからリリースしたのです。ジョンがビートルズでお馴染みのEMIスタジオ(現・アビイ・ロード・スタジオ)でレコーディングしたソロ・アルバムは、コレだけです。
内容は、A面が、1「MOTHER」、2「HOLD ON」、3「I FOUND OUT」、4「WORKING CLASS HERO」、5「ISOLATION」で、B面が、1「REMEMBER」、2「LOVE」、3「WELL WELL WELL」、4「LOOK AT ME」、5「GOD」、6「MY MUMMY'S DEAD」の、全11曲入りです。1968年にインドで書いたと思われる「LOOK AT ME」もあるものの、ほとんどの曲はプライマル・スクリームの影響で新たに書かれています。このアルバムをレコーディングするにあたって、ジョンは自身のヴォーカルとギターもしくはピアノ以外には「ドラムスはリンゴ・スター、ベースはクラウス・フォアマン、他は何も要らない」と、基本的には3ピース・バンドで演奏しています。プロデュースは、ジョンとヨーコさんとフィル・スペクターの共同名義になっていますが、リンゴによれば、フィル・スペクターはほとんどスタジオには来なかったらしいのです。フィル・スペクターは、レコーディングの最後の方になってやって来て、「LOVE」でピアノを弾いて、「GOD」のピアノはビリー・プレストンに弾かせる様にアドバイスしただけとも云われています。しかしながら、後にリミックスされた音源を聴くと、オリジナルとは違って各楽器やジョンのヴォーカルがクリアになり過ぎていて、あの「もわっとした音」はフィル・スペクターが関わっていたからこそと思わされます。アルバムは、全英8位・全米6位でしたけれど、その価値は計り知れず、ジョンの最高傑作と云う評価が高い作品です。
アルバム冒頭を飾るのが「MOTHER」で、亡き母と自分を捨てた父、そしてビートルズ・ファンにまで決別を歌いながらも、母に「行かないで」と、父に「帰って来て」と叫び捲る展開が、あまりにも衝撃的な楽曲です。レコーディング・メンバーは、ジョン・レノン(ヴォーカル、ピアノ)、クラウス・フォアマン(ベース)、リンゴ・スター(ドラムス)の3人で、1970年12月28日に米国と日本などではシングル・カットされていますが、アルバム・ヴァージョンは「5分35秒」あって、米国盤シングルは最初の鐘の音とアウトロがカットされて「3分53秒」で、日本盤シングルは鐘の音から始まるアルバム・ヴァージョンで、1975年リリースのベスト盤「SHAVED FISH」には鐘の音から始まりアウトロをカットした「5分5秒」の編集版となっています。本国である英国ではそもそもシングルがリリースされていなくて、米国でも内容が狂っているとの理由で放送禁止になり、全米43位までしか上がっていません。ちなみに、B面は、ヨーコさんの「WHY」です。前述の鐘の音がない米国盤のシングル・ヴァージョンは、1997年にリリースされたベスト盤「LENNON LEGEND」に収録されています。ジョンのソロ活動を考える上では非常に重要な楽曲ですけれど、多くのベスト盤で未収録となっている場合が多いのです。2024年現在で最新のベスト盤である2020年リリースの「GIMME SOME TRUTH.」は2枚組36曲入りなのに、未収録ってのはないでしょう、ショーンくん。
この「MOTHER」は、1972年8月30日の「ワン・トゥ・ワン・コンサート」でも演奏されていて、音源も聴けるし映像も観る事が出来るのですけれど、ジョンの調子が完全ではなく、バックのエレファンツ・メモリーも下手っぴなので、スタジオ・ヴァージョンの様な切々とした出来栄えには到底、敵いません。オリジナル・ヴァージョンは3ピースだからこその緊張感があり、ジョンの熱唱も正に魂がこもっているわけで、ライヴで演奏するには向いていない楽曲ではあります。「トロント・ロックンロール・リヴァイヴァル」でジョンのバックでドラムスを叩いたアラン・ホワイト(後にイエスに参加)は、「ジョンのバックでドラムスを叩いて、初めてリンゴ・スターが偉大なドラマーだと分かった」と云っていますけれど、この「ジョンの魂」は正にリンゴとクラウスの二人だけをバックにしているわけで、二人の株は大きく上がっています。確かに「ワン・トゥ・ワン・コンサート」では、エレファンツ・メモリーだけでは不安だったのか、ジム・ケルトナーもドラムスを叩いているのに、あのざまなんですから、逆説的にリンゴはスゴイんですよ。この楽曲「MOTHER」は、1998年リリースの箱「JOHN LENNON ANTHOLOGY」や、2021年リリースの「ジョンの魂」の箱ではデモ音源やアウトテイクを聴く事が出来ます。「ジョンの魂」のCDは、2000年のリミックス盤は論外ですし、なんちゃってリミックスも多く収録した2021年の箱もどうかと思いますので、2010年のリマスター盤が一番良いと思います。
(小島イコ)