プラスティック・オノ・バンド名義で、1969年7月にシングル「GIVE PEACE A CHANCE」で本格的なソロ活動を始めたジョン・レノンは、1969年9月13日にトロントで行われた「トロント・ロックンロール・リヴァイヴァル」に出演しました。このイベントにはチャック・ベリー、リトル・リチャード、ジェリー・リー・ルイス、ジーン・ヴィンセント、と云ったロックンロールの先駆者の他にも、シカゴやドアーズまで出演したらしいのですけれど、チケットの売れ行きが悪く、プロモーターがジョンに挨拶だけでいいから来てくれないか、と打診したところ、ジョンは「演奏させてくれるなら行く」と応えて出演が決まりました。しかし、それはイベントの数日前の事で、リハーサルをやるどころかメンバーすら決まっていなかったのです。ジョンの出演が正式に決まったのはライヴ前日でしたが、それまで2千枚しか売れていなかったチケットは、2万7千枚のソールド・アウトとなったそうです。ジョンは自らのヴォーカルとギターに加え、エリック・クラプトンにギターを、クラウス・フォアマンにベースを、そして後にイエスに加入するアラン・ホワイトにドラムスを依頼して、トロントへ向かう飛行機の中で曲を決めてリハーサルをやって、ぶっつけ本番でステージに立ったのでした。ジョンは本番前になって歌詞を覚えていなかった事などでナーバスになって、出演したくないと云い出したそうです。
しかし、そこはジョンですので、本番はビシッとキメて、ビートルズのアルバム「ABBEY ROAD」のジャケットで着ている白いスーツ姿で勇姿を魅せたのです。この時のライヴは、1969年12月12日に「LIVE PEACE IN TORONTO 1969」としてアップルからリリースされています。アルバムのA面はジョンが主導で、B面はヨーコさんの「キエーッ!」です。ジョンが主導のA面は、1「BLUE SUEDE SHOES」、2「MONEY」、3「DIZZY MISS LIZZY」、4「YER BLUES」、5「COLD TURKEY」、6「GIVE PEACE A CHANCE」の6曲で、「COLD TURKEY」はまだシングルがリリースされる前に初披露しています。1曲目の「BLUE SUEDE SHOES」は、カール・パーキンスが1955年に書いてレコーディングして、1956年1月にシングルでリリースしたのがオリジナルで、シングルのB面はビートルズが1964年のアルバム「BEATLES FOR SALE」でカヴァーしている「HONEY DON'T」です。敢えてB面曲をカヴァーしているのが、ビートルズらしいのです。ビートルズの「HONEY DON'T」は、アルバムではリンゴ・スターが歌っているものの、元々はジョンが歌っていて、ジョンのヴォーカル・ヴァージョンはBBCのライヴ音源で聴けます。「HONEY DON'T」は、1970年のアルバム「JOHN LENNON / PLASTIC ONO BAND(ジョンの魂)」のリハーサルでも演奏しています。
ビートルズはカール・パーキンスの曲を沢山カヴァーしているし、カール・パーキンスがスタジオに来た事もあったし、ジョンの死後にはポール・マッカートニーもジョージ・ハリスンもリンゴ・スターも共演しています。では、この「BLUE SUEDE SHOES」もその流れでジョンがカヴァーしたのか、と云うと、些か違っています。勿論、カール・パーキンスによるオリジナル・ヴァージョンは、B面の「HONEY DON'T」までカヴァーしているので元にしているわけですけれど、この「BLUE SUEDE SHOES」は、エルヴィス・プレスリーが1956年リリースのデビュー・アルバム「ELVIS PRESLEY」のA面1曲目でカヴァーしているのです。エルヴィスは自分では曲を書かない人なので、カヴァーを多く歌っていて、中にはオリジナルを凌駕する熱唱も多いのです。BBC音源でのビートルズは、レイ・チャールズの「I GOT A WOMAN」や、ジョー・トーマスとハワード・ビッグス作でロイ・ハミルトンが歌った「I'M GONNA SIT RIGHT DOWN AND CRY(OVER YOU)(座って泣きたい)」もジョンのヴォーカルでカヴァーしているのですが、どちらもエルヴィスがデビュー・アルバムでカヴァーしているのです。故に、この「トロント・ロックンロール・リヴァイヴァル」で1曲目にしたのは、エルヴィスの影響が強かったからなのでしょう。
(小島イコ)