ジョージ・ハリスンは、1974年に「A&M」の傘下で「ダーク・ホース」レーベルを立ち上げました。しかし、ジョージ本人は契約で、1976年にならないとアップル(EMI)からしかレコードをリリース出来なかったので、ダーク・ホース・レーベルからは、スプリンターや、ラヴィ・シャンカール先生や、元・第2期ウイングスのギタリストだったヘンリー・マカロックや、アティテューズ(ジム・ケルトナー、ダニー・クーチ、ポール・スタルワース、デイヴィッド・フォスターによるバンド)と云ったレコードをリリースして、お茶を濁していました。そして、いよいよジョージのソロ・アルバムが出せる事になって、A&Mは1976年6月までに完成させてリリースする予定だったのですけれど、ジョージは色々なゴタゴタと肝炎を患って遅れてしまい、散々他のミュージシャンの売れないレコードばかりリリースして、待ちくたびれたA&Mは、ジョージを訴えそうになります。そこでワーナーが違約金を払って「ダーク・ホース」をレーベルごと移籍させて、1976年11月8日にリリースされたのが、移籍第1弾アルバム「THIRTY THREE & 1/3(33 1/3)」です。1976年にビートルズの過去のカタログを編集してリリースする事が出来たEMIは、1976年11月に「THE BEST OF GEORGE HARRISON」を勝手に選曲して、アナログのA面はビートルズ時代のジョージ作品で、B面はソロ作品と云う、ジョージにとっては屈辱的なベスト盤をバッティングさせてリリースしています。
アルバム「THIRTY THREE & 1/3」は、LPレコードの回転数とジョージの年齢をかけた洒落だったのですけれど、リリースが遅れたので実際にはジョージの年齢は「33 2/3」位になっていました。内容は、A面が、1「WOMAN DON'T YOU CRY FOR ME(僕のために泣かないで)」、2「DEAR ONE」、3「BEAUTIFUL GIRL」、4「THIS SONG」、5「SEE YOURSELF」で、B面が、1「IT'S WHAT YOU VALUE」、2「TRUE LOVE」、3「PURE SMOKEY」、4「CRACKERBOX PALANCE(人生の夜明け)」、5「LEARNING HOW TO LOVE YOU(愛のてだて)」の、全10曲入りです。コール・ポーター作の「TRUE LOVE」のカヴァー以外は、全てジョージのオリジナルで、プロデュースもジョージです。レコーディング・メンバーは、ジョージ・ハリスン(リード・ヴォーカル、ギター、シンセサイザー、パーカッション)、ウィリー・ウィークス(ベース)、アルヴィン・テイラー(ドラムス)、ゲイリー・ライト(キーボード)、リチャード・ティー(ピアノ、オルガン、フェンダー・ローズ)、ビリー・プレストン(ピアノ、オルガン、シンセサイザー)、デイヴィッド・フォスター(フェンダー・ローズ、クラヴィネット)、トム・スコット(サクソフォン、フルート、リリコン)、エミル・リチャーズ(マリンバ)です。ジョージのお城みたいな自宅であるフライアー・パークに作られたスタジオでレコーディングされていて、アルバムは全米11位まで上がっています。
それで、1976年11月5日に先行シングルとしてダーク・ホース/ワーナーからリリースされたのが、シングル「THIS SONG / LEARNING HOW TO LOVE YOU(愛のてだて)」です。日本盤は同じカップリングで、1976年12月10日にワーナー・パイオニアからリリースされていて、このシングルは英国や米国では文字だけのピクチャー・スリーブだったので、日本盤は人気があるでしょうね。ジャケット写真のジョージはトレードマークだった髭がなくて、髪型も以前よりはサッパリしていて、ワーナー移籍で心機一転しようとした感じがします。A面の「THIS SONG」は、例の「MY SWEET LORD」の盗作問題を曲にしてしまった内容で、曲は軽快なジョージ節が全開の名曲なのですが、ジョージは「自分は盗作なんかしていない」と云う信念があった様で、徹底的に「盗作裁判」を皮肉った歌詞で、プロモーション・ヴィデオはモンティ・パイソンの面々による裁判のパロディになっています。ジョージは大人しそうで「静かなるビートル」などと呼ばれていましたが、ジョン・レノンには敵わないとしても、相当なブラック・ユーモアを持っている奴で、本人もやり過ぎだと感じたのか、英国ではチャート入りしなかったものの、全米25位とそこそこヒットした「THIS SONG」を、ベスト盤にも入れていないし、ライヴでも披露していません。この「THIS SONG」はシングル・ヴァージョンとなっているので、アルバムとは編集が違っています。
そして、B面の「LEARNING HOW TO LOVE YOU(愛のてだて)」なんですけれど、アルバムでは最後に収録されているので重要曲です。日本では「THIS SONG」のB面なんですけれど、米国ではアルバム「THIRTY THREE & 1/3」からの第2弾シングル「CRACKERBOX PALACE(人生の夜明け)」のB面にもなっています。日本盤のシングル「CRACKERBOX PALACE」のB面は「PURE SMOKEY」なんですけれど、これがまた、英国での第2弾シングル「TRUE LOVE」のB面にもなっているのです。そんでもって、1976年12月には英国のEMIが「THE BEST OF GEORGE HARRISON」からのシングル・カットとして、「MY SWEET LORD / WHAT IS LIFE」をジャケットを変えて再発していて、アルバムもシングルも2社から出ていたのですから、困ったちゃんなのです。EMIが「THE BEST OF GEORGE HARRISON」で半分をビートルズにしたのは、前述の通りにビートルズの編集盤がリリース出来る様になったからで、ジョンやリンゴは1975年に出したから本人の意向でソロのベスト盤が作れたのに、ジョージは1976年だったから勝手に選曲されちゃったんですよ。それで、こちらの「LEARNING HOW TO LOVE YOU」は、僕は君を愛そうと努めているんだ、と云う内容の美しい曲で、なんと、A&Mの創設者であるハーブ・アルパートに捧げられているのです。それが皮肉ではなく本気で、自分を訴えそうになった相手に美しい愛の歌を書いているわけで、思わず「バカなのか?」とツッコミを入れたくなります。
(小島イコ)