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2024年11月22日

「ポールの道」#562「GEORGE'S SINGLES」#26「HANDLE WITH CARE / MARGARITA」TRAVELING WILBURYS

Traveling Wilburys 1


1987年11月にダーク・ホース/ワーナーからリリースしたアルバム「CLOUD NINE」を大ヒットさせて、第1弾シングル「GOT MY MIND SET ON YOU」が全米首位!全英2位となり、第2弾シングル「WHEN WE WAS FAB」も全米23位・全英25位とスマッシュ・ヒットさせたジョージ・ハリスンは、第3弾シングルとして1988年6月に「THIS IS LOVE」をリリースしました。「GOT MY MIND SET ON YOU」も「WHEN WE WAS FAB」も、B面にはそれぞれ「LAY HIS HEAD」(1981年リリースのアルバム「SOMEWHERE IN ENGLAND」で差し替えになった4曲の内の1曲)と「ZIG ZAG」(映画「上海サプライズ」に提供した楽曲のひとつ)とアルバム未収録曲を入れていたジョージは、シングル「THIS IS LOVE」にもアルバム未収録曲を入れようとして、新曲の「HANDLE WITH CARE」をレコーディングしました。それは、ジョージとジェフ・リンの他に、ロイ・オービソンとトム・ペティとボブ・ディランをゲストに迎えた楽曲で、シングルのカップリングにするには出来栄えが良過ぎたので、ジョージは「トラヴェリング・ウィルベリーズ」と云う覆面バンドをその5人で結成するのでした。

それぞれを、ネルソン・ウィルベリー(ジョージ・ハリスン)、オーティス・ウィルベリー(ジェフ・リン)、ラッキー・ウィルベリー(ボブ・ディラン)、レフティ・ウィルベリー(ロイ・オービソン)、チャーリー・T・ジュニア(トム・ペティ)と名乗った「トラヴェリング・ウィルベリーズ」は、1988年10月18日にアルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 1」をウィルベリー/ワーナーからリリースしていて、先行シングルとして「HANDLE WITH CARE / MARGARITA」をリリースしたのです。覆面バンドとは云え、ジャケットでの5人はサングラスをかけているだけだし、ミュージック・ヴィデオでも顔出ししているので、正体がバレバレな「ジャイアント・マシーン」と云うか、ドラゴン藤波風に云えば「お前は平田だろ!」なバンドでした。基本的には5人がギター、ヴォーカル、ベースなどを担当していて、ジム・ケルトナー(ドラムス)、レイ・クーパー(パーカッション)、ジム・ホーン(サクソフォン)、イアン・ウォーレス (トムトム)がサポートしています。アルバムは全米3位・全英16位で、オーストラリアやカナダでは首位!と、大ヒットしました。楽曲は全て「トラヴェリング・ウィルベリーズ」名義で書いた事になっていますけれど、それぞれリード・ヴォーカルを担当したメンバーが主導で書かれています。

アルバムの内容は、1「HANDLE WITH CARE」、2「DIRTY WORLD」、3「RATTLED」、4「LAST NIGHT」、5「NOT ALONE ANY MORE」、6「CONGRATULATIONS」、7「HEADING FOR THE LIGHT」、8「MARGARITA」、9「TWEETER AND MONKEY MAN」、10「END OF THE LINE」の全10曲入りで、第1弾シングル「HANDLE WITH CARE / MARGARITA」は、7インチ盤、限定7インチ盤、限定10インチ盤、12インチ盤、CD、の5種類でリリースされています。A面の「HANDLE WITH CARE」は、成り立ちからしてネルソン(ジョージ)が主導して書いて歌っていて、B面の「MARGARITA」はラッキー(ボブ・ディラン)が主導で書いて歌っています。ワーナーがアルバムでのリリースを望んだ程に、兎に角「HANDLE WITH CARE」がピカイチな出来栄えで、ネルソン(ジョージ)が主に歌って、美味しいところをレフティ(ロイ・オービソン)に任せて、オーティス(ジェフ・リン)がハモって、ラッキー(ボブ・ディラン)とチャーリー・T・ジュニア(トム・ペティ)がBメロでしゃがれ声でハモると云う、適所適材の名曲となっております。コレをシングルのB面にする気だったジョージって、やはり只者ではありません。「HANDLE WITH CARE」は、10インチ盤、12インチ盤、CDには拡大版が収録されています。このシングルは、全米45位・全英21位で、カナダで2位、オーストラリアで3位、ニュージーランドで4位と、ヒットしています。

(小島イコ)

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2024年11月23日

「雲霧仁左衛門4」第七回(最終回)(再)で内山理名ちゃん

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時代劇専門チャンネル 9:00〜9:50

第七回(最終回)「最期の掟」

内山理名 AS 七化けのお千代

「雲霧仁左衛門4」第七回(最終回)の、今年2回目の再放送です。最終回ですので、クライマックスは雲霧仁左衛門と安部式部の一騎打ちとなります。立場的には安部式部が正義で実際に黒幕たちも成敗するのですが、最後になって理名ちゃんが演じるお千代姐さんを人質にとる非道な手口を使うので、またしてもどっちが悪者なのか分からなくなります。そこでお千代姐さんは雲霧仁左衛門を助ける為に、あっと驚く自害をしてしまいます。しかしながらヒロインであるお千代姐さんが死んでしまったら、流石にオリジナル脚本とは云え先に続きません。相打ちで先に立ち上がった雲霧仁左衛門と共に船に揺られて、自害はフェイクだったと明かされるのでした。

本放送:2018年10月19日(NHK BSプレミアム)

(姫川未亜)

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「304万アクセスの、それが愛なのね」



当ブログのアクセス数が、304万を超えました。今後とも、何卒宜しくお願い致します。

(小島イコ/姫川未亜)

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「ポールの道」#563「GEORGE'S SINGLES」#27「END OF THE LINE / CONGRATULATIONS」TRAVELING WILBURYS

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1988年10月にウィルベリー/ワーナーからリリースされた覆面バンド・トラヴェリング・ウィルベリーズのアルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 1」は、正体バレバレな「お前は平田だろ!」もしくは「やはり山田だ!」なバンドで、アルバムもヒットして、第1弾シングル「HANDLE WITH CARE」もヒットしました。ネルソン・ウィルベリー(ジョージ・ハリスン)、オーティス・ウィルベリー(ジェフ・リン)、ラッキー・ウィルベリー(ボブ・ディラン)、レフティ・ウィルベリー(ロイ・オービソン)、チャーリー・T・ジュニア(トム・ペティ)は、アルバムや第1弾シングル「HANDLE WITH CARE」のジャケットではサングラスをかけているだけだし、MVではオーティス(ジェフ・リン)とレフティ(ロイ・オービソン)以外は顔出ししているし、そもそもその二人はサングラスがトレードマークなのでした。そこはやはり「お前は平田だろ!」とか「やはり山田だ!」とか云わずに、初代タイガーマスクは佐山サトルだと分かっていても、山本小鉄と桜井康雄の解説みたいに「東洋人の様に見えますが、一体、誰なんでしょうねえ?」と、ぼかしてしまうのがファンタジーで宜しいのではないでしょうか。初代タイガーマスクの正体はプロレス・ファンには知られていたけれど、写真週刊誌が素顔の写真に100万円出すと云ったのに、誰も売らなかったそうですよ。

そんな「ジャイアント・マシーン」であるトラヴェリング・ウィルベリーズは、1989年1月23日に第2弾シングル「END OF THE LINE / CONGRATULATIONS」をウィルベリー/ワーナーからリリースしました。ジャケット写真では、ネルソン(ジョージ)と、ラッキー(ボブ・ディラン)と、チャーリー・T・ジュニア(トム・ペティ)は、開き直ってサングラスを外しています。もはや覆面バンドではなくなっているのですけれど、レーベルも「ダーク・ホース」ではなく、わざわざ「ウィルベリー」となっているので、そこは「どこかで見た気もしますが、一体誰なんでしょうねえ?」と付き合うしかありませんわなあ。このシングルは、7インチ盤、12インチ盤、限定12インチ盤、CD、の4種類がリリースされていて、両面共にアルバムからのシングル・カットですが、12インチ盤と限定12インチ盤とCDでは「END OF THE LINE」が拡大版(エクステンデッド・バージョン)となっています。「END OF THE LINE」も作者は、アルバムの全てで共通していて「トラヴェリング・ウィルベリーズ」名義ですけれど、歌い出しから主にネルソン(ジョージ)が歌っているので、ネルソン(ジョージ)が主導して書いた曲でしょう。

リード・ヴォーカルは、ネルソン(ジョージ)から、オーティス(ジェフ・リン)と来て、レフティ(ロイ・オービソン)となって、ヴァースをチャーリー・T・ジュニア(トム・ペティ)が受け持っていて、ラッキー(ボブ・ディラン)はアコースティック・ギターとバッキング・ヴォーカルで、ネルソン(ジョージ)がアコースティック・ギター、スライド・ギター、バッキング・ヴォーカルを、オーティス(ジェフ・リン)がエレキ・ギター、ベース・ギター、バッキング・ヴォーカルを、レフティ(ロイ・オービソン)がアコースティック・ギター、バッキング・ヴォーカルを、チャーリー・T・ジュニア(トム・ペティ)がアコースティック・ギター、バッキング・ヴォーカルを担当していて、サポート・メンバーでバスター・サイドベリー(ジム・ケルトナー)がドラムスを叩いています。ミュージック・ヴィデオも制作されていますが、レフティ(ロイ・オービソン)が急死してしまったので、リード・ヴォーカルを取る部分ではギターだけの映像となっています。B面の「CONGRATULATIONS」は、一聴してラッキー(ボブ・ディラン)が主導で書いて歌っていると分かります。この第2弾シングルは、全米63位・全英52位とそれほどにはヒットしてはいませんけれど、アルバム・ロック・トラック・チャートでは「END OF THE LINE」が2位まで上がっています。

(小島イコ)

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2024年11月24日

「映画 闇金ウシジマくん」

映画 闇金ウシジマくん [Blu-ray]


WOWOWシネマ 9:00〜11:20

2012年公開作品

(2012年8月25日公開、撮影:2011年7月15日〜8月20日)

片瀬那奈 AS 大久保千秋

「映画 闇金ウシジマくん」映画版第1作の、今年初めての放送です。ドラマ版のシーズン1の続編で、ドラマ終了から1年半以上経ってから公開されましたが、撮影は公開の1年前ですので、ドラマ終了後半年位で映画化されています。但し、ドラマの撮影は放送される半年前には終了していたので、映画の撮影はドラマの撮影から1年半弱経っていた事になります。那奈ちゃんが演じた大久保千秋も再登場していますが、そもそもドラマ版オリジナル・キャラクターだった大久保千秋を映画にも登場させたので、益々一貫性がない登場人物となっております。原作マンガの様々な話から引っ張って、それぞれの登場人物を紐づけてしまったので、些か詰め込み過ぎな印象です。本日は、映画版4作が連続放送されますけれど、流石に4作連続ではお腹いっぱいです。
(小島イコ/姫川未亜)

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「ポールの道」#564「GEORGE'S SINGLES」#28「HEADING FOR THE LIGHT / RATTLED / LAST NIGHT」TRAVELING WILBURYS

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正体がバレバレな覆面バンド「トラヴェリング・ウィルベリーズ」は、1989年4月にヨーロッパ諸国でアルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 1」から3枚目のシングル「HEADING FOR THE LIGHT」を、ウィルベリー/ワーナーからリリースしました。ジャケットでは何を今更で5人の立ち姿が影絵になっていますけれど、もう誰もが正体を知りつつも「一体、このバンドの連中は誰なんでしょうねえ?」ととぼけるのがお約束となっていました。このシングルは、7インチ盤と12インチ盤の2種でリリースされていて、7インチ盤はA面が「HEADING FOR THE LIGHT」で、B面が「RATTLED」です。12インチ盤は、A面が「HEADING FOR THE LIGHT」で、B面は「RATTLED」と「LAST NIGHT」の3曲入りです。全ての曲がアルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 1」からのシングル・カットで、アルバム・ヴァージョンがそのまんま収録されていて、第1弾シングル「HANDLE WITH CARE」や第2弾シングル「END OF THE LINE」の様な12インチ盤での「エクステンデッド・ヴァージョン」は制作されていません。まあ、この時期の12インチ用の「エクステンデッド・ヴァージョン」は、このバンドに限らず、今聴くと「トホホ」な出来栄えです。

A面の「HEADING FOR THE LIGHT」は、ネルソン・ウィルベリー(ジョージ)とオーティス・ウィルベリー(ジェフ・リン)が歌っているので、ジョージとジェフ・リンが主導で書いたのでしょう。第1弾シングル「HANDLE WITH CARE」も、第2弾シングル「END OF THE LINE」も、更には第3弾シングル「HEADING FOR THE LIGHT」も、ネルソン(ジョージ)が書いて歌っているのは、やはり、幾ら覆面バンドだと云い張っても、それぞれレコード会社が違うわけで、ワーナーとしてもソレに気を遣っていたんでしょうなあ。そもそもジョージとジェフ・リンが共同プロデュースしたジョージのアルバム「CLOUD NINE」からの第3弾シングル「THIS IS LOVE」のカップリング曲として「HANDLE WITH CARE」をレコーディングしたのが始まりで、ジェフ・リンはこの「TRAVELING WILBURYS VOLUME 1」をリリースしてから、ロイ・オービソン、ボブ・ディラン、トム・ペティのそれぞれのソロ・アルバムもプロデュースする事となったのです。B面の「RATTLED」は、そんなオーティス(ジェフ・リン)が書いて歌ったナンバーとなっております。12インチに収録された「LAST NIGHT」は、レフティ・ウィルベリー(ロイ・オービソン)とチャーリー・T・ジュニア(トム・ペティ)が歌っているので、二人の共作なのでしょう。

覆面バンドとは云え、それぞれのメンバーは素で歌っているので、ネルソンはジョージだし、オーティスはジェフ・リンだし、レフティはロイ・オービソンだし、ラッキーはボブ・ディランだし、チャーリー・T・ジュニアはトム・ペティなわけで、どこが匿名なのかサッパリ分かりません。元々がジョージのシングルのカップリング曲として「HANDLE WITH CARE」をレコーディングしたわけで、それをアルバムまで発展させたのはワーナーの要望だったみたいです。それで、レコード会社の壁があるから匿名にしただけなんでしょうねえ。ワーナーとしては、ジョージを1982年リリースのアルバム「GONE TROPPO」から1987年リリースのアルバム「CLOUD NINE」まで5年も待ったので、有無を云わせずに「トラヴェリング・ウィルベリーズ」としてでもアルバムを連発させたのでしょう。アルバムの後には5人でツアーまで計画されていたらしいのですけれど、レフティ(ロイ・オービソン)が1988年12月6日に52歳で亡くなってしまったので中止されています。ところが、トラヴェリング・ウィルベリーズは、デル・シャノンを代わりに加入させて、2作目のアルバムを制作する事となるのでした。

さてさて、これを書いているのは11月15日で、この「ポールの道」は、1週間くらい寝かせてから公開しています。当然、ジョージのアルバム「LIVING IN THE MATERIAL WORLD」の50周年記念盤は、2CD盤を発売日に購入済みなのですけれど、丁度ジョージのシングルについて書いていて、次の「CHEER DOWN」でジョージの生前では最後の新作ソロ・シングル(実はその後に「MY SWEET LORD(2000)」があります)になるので、その後に書きます。

(小島イコ)

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2024年11月25日

「ポールの道」#565「GEORGE'S SINGLES」#29「CHEER DOWN / THAT’S WHAT IT TAKES」「CHEER DOWN / POOR LITTLE GIRL / CRACKERBOX PALACE」「POOR LITTLE GIRL / GONE TROPPO」

Best of Dark Horse


1987年11月にダーク・ホース/ワーナーからリリースしたアルバム「CLOUD NINE」が大ヒットして、シングル「GOT MY MIND SET ON YOU」が全米首位!・全英2位となり、大復活を遂げたジョージ・ハリスンは、1988年10月には覆面バンド「トラヴェリング・ウィルベリーズ」を結成して、それぞれが、ネルソン・ウィルベリー(ジョージ・ハリスン)、オーティス・ウィルベリー(ジェフ・リン)、ラッキー・ウィルベリー(ボブ・ディラン)、レフティ・ウィルベリー(ロイ・オービソン)、チャーリー・T・ジュニア(トム・ペティ)と名乗って、5人の持ち味が満載のアルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 1」をウィルベリー/ワーナーからリリースしました。アルバム「CLOUD NINE」からも、アルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 1」からも、それぞれ3枚のシングル・カットをしていて、ワーナーとしては、今が稼ぎ時だと思ったのでしょう。そんなノリノリな時期だった1989年8月24日(米国)・同年10月10日(日本)に、ジョージはソロ・シングル「CHEER DOWN / THAT’S WHAT IT TAKES」をダーク・ホース/ワーナーからリリースしました。A面の「CHEER DOWN」は、映画「リーサル・ウェポン2/炎の約束」のサントラ盤へ提供した楽曲です。

映画「リーサル・ウェポン」は4作共にエリック・クラプトンが音楽をマイケル・ケイメンとデヴィッド・サンボーンと共同で担当しているので、ジョージにも声がかかったのでしょう。映画「リーサル・ウェポン2/炎の約束」には、 ランディ・クロフォードとエリック・クラプトンとデヴィッド・サンボーンによるボブ・ディランのカヴァー「KNOCKIN’ ON HEAVEN'S DOOR」や、ビーチ・ボーイズの「STILL CLUISIN’」などの楽曲も提供されていて、その中でもジョージの「CHEER DOWN」は主題歌なので、エンディング・ロールでフルサイズでたっぷりと聴く事が出来ます。ちなみに、1作目の主題歌はハネムーンスウィートが、3作目の主題歌はエルトン・ジョンが、4作目の主題歌はエリック・クラプトンが、それぞれ担当しています。シリーズは4作で終了しましたが、映画会社は5作目の「リーサル・ウェポン5」も制作したかったのですけれど、主演のメル・ギブソンに断られて頓挫しています。丁度タイミングよく、先日WOWOWプラスで全4作が放送されました。「CHEER DOWN」は、ジョージの1989年リリースのベスト盤「BEST OF DARK HORSE 1976-1989」や、2009年リリースのベスト盤「LET IT ROLL」や、2013年リリースのサントラ盤「リーサル・ウェポン」の箱などにも収録されています。

ジョージの1991年12月の来日公演では、当時は最新曲として「CHEER DOWN」を披露したのですけれど、MCで「次は映画『南太平洋』のサントラ盤から」と云ったのに、そのシャレを観客が理解出来ずにスベっていました。「CHEER DOWN」のレコーディング・メンバーは、ジョージ・ハリスン(ヴォーカル、ギター、スライド・ギター)、ジェフ・リン(ベース、ギター、キーボード、バッキング・ヴォーカル)、リチャード・タンディ(ピアノ)、レイ・クーパー(パーカッション)、イアン・ペイス(ドラムス)です。ジョージはディープ・パープルのジョン・ロードをアルバム「GONE TROPPO」に収録された「CIRCLES」で起用していて、同じくディープ・パープルのイアン・ペイスをこの曲と後述する新曲の3曲で起用しています。ポール・マッカートニーも1999年リリースのアルバム「RUN DEVIL RUN」でイアン・ペイスをドラマーで起用していて、その時はピンク・フロイドのデイヴ・ギルモアがギターを弾いているわけで、ビートルズはハード・ロックもプログレッシブ・ロックも内包しているのです。映画の公開に合わせてリリースされたので、米国と日本ではB面にアルバム「CLOUD NINE」からの「THAT'S WHAT IT TAKES」が収録されています。

ところが、ジョージは1989年10月23日に、ベスト盤「BEST OF DARK HORSE 1976-1989」をリリースしていて、新曲として「CHEER DOWN」と「POOR LITTLE GIRL」と「COCKAMAMIE BUSINESS」の3曲を収録したのです。それで、英国ではA面に「CHEER DOWN」を、B面に「POOR LITTLE GIRL」を入れた7インチ盤と、アルバム「THIRTY THREE & 1/3」からでベスト盤にも選曲された「CRACKERBOX PALACE(人生の夜明け)」も加えた12インチ盤とCDで、1989年11月27日にリリースしました。このカップリングはベスト盤「DARK HORSE YEARS 1976-1989」に合わせたカタチになっています。ところが、日本では米国と同じカップリングで「CHEER DOWN」のシングルをリリースしてしまったので、そちらには新曲である「POOR LITTLE GIRL」が収録されておらず、表題曲が「POOR LITTLE GIRL」でカップリングに「GONE TROPPO」と云う、訳が分からない短冊CDシングルを1989年12月10日にリリースするハメになっちゃったのです。ジョージの新曲でソロ名義では生前で最後のシングルとなった「CHEER DOWN」は、作詞でトム・ペティが協力していて、アレンジではELO(ジェフ・リン)の色も出ているものの、見事なジョージ節を聴かせる名曲で、特にジョージの代名詞ともなったスライド・ギターが滅茶苦茶カッコイイのです。

ところで、来るべき2025年3月21日に、またしても「ナイアガラ」商品がリリースされるそうです。ソレがですね、1985年リリースの変則的なベスト盤「B-EACH TIME L-ONG」40周年記念盤CD2枚組とLP2枚組と、インストゥルメンタル集の「Complete NIAGARA SONG BOOK」CD3枚組なんですよ。CDだけでも両方買ったら1万円で、初アナログ化も買ったら1万6千円ですよ。アノですね、確かに「B-EACH TIME L-ONG」を再発しろとは云ったけれど、こんな高価な商品にしろとは云っていないざんしょ。だって、あたくしが持っている選書盤は「B-EACH TIME L-ONG」も「NIAGARA SONG BOOK」も「NIAGARA SONG BOOK 2」も全部、定価が1千5百円ですよ。3枚で4千5百円だったのに、何で5枚で1万円になっちゃうんですかね。もう注文しちゃったけれど、何だかなあ。

(小島イコ)

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2024年11月26日

「ポールの道」#566「LIVING IN THE MATERIAL WORLD」50th anniversary edition

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さてさて、ジョージ・ハリスンのシングルを追っている最中ですけれど、2024年11月15日に1973年6月リリースのアルバム「LIVING IN THE MATERIAL WORLD」の50周年記念盤がリリースされましたので、ここでお邪魔させていただきます。リリース当時のジョージは「ビートルズが解散して最も得をした男」と称されていて、ビートルズ解散後の1970年11月にリリースしたアナログ3枚組の大作アルバム「ALL THINGS MUST PASS」は3枚組で箱入りと普通のLPの2倍以上もする高価だったのにも関わらず、全英首位!・全米首位!となり、シングル「MY SWEET LORD」も全英首位!・全米首位!となり、1971年8月1日には当時としては画期的だったチャリティー・コンサート「THE CONCERT FOR BANGLA DESH」を大成功させて、同年12月リリースのライヴ盤も箱入りアナログ3枚組でリリースして、全英首位!・全米2位と大ヒットさせて、グラミー賞も受賞と、向かうところ敵なしの無双状態でした。そんな中でスタジオ・アルバムとしては2年半ぶりとなるアルバム「LIVING IN THE MATERIAL WORLD」をアップルからリリースしたわけで、アルバムは全英2位・全米首位!と売れたし、シングル「GIVE ME LOVE(GIVE ME PEACE ON EARTH)」も全英8位・全米首位!と大ヒットしています。

オリジナルのアルバム「LIVING IN THE MATERIAL WORLD」の内容は、A面が、1「GIVE ME LOVE(GIVE ME PEACE ON EARTH)」、2「SUE ME, SUE YOU BLUES」、3「THE LIGHT THAT HAS LIGHTED THE WORLD」、4「DON'T LET ME WAIT TO LONG」、5「WHO CAN SEE IT」、6「LIVING IN THE MATERIAL WORLD」で、B面が、1「THE LORD LOVES THE ONE(THAT LOVES THE LORD)」、2「BE HERE NOW」、3「TRY SOME BUY SOME」、4「THE DAY THE WORLD GETS ’ROUND」、5「THAT IS ALL」の、全11曲入りです。今回の50周年記念盤は、CD1枚と、CD2枚と、LP1枚と、LP2枚と、全世界5千セット限定の箱(CD2枚、LP2枚、シングル1枚、BD1枚、豪華本)でリリースされていて、CD1とLP1はオリジナルの全11曲をポール・ヒックスがリミックスした音源で、CD2とLP2はアウトテイク集となっております。箱に入っているのもLPとCDは同内容ですが、7インチ盤で同時期にリンゴ・スターに提供した「SUNSHINE LIFE FOR ME(SAIL AWAY RAYMOND)」のジョージ・ヴァージョンとカラオケが入っています。それで、最初の告知では2枚組CDにはその「SUNSHINE LIFE FOR ME(SAIL AWAY RAYMOND)」もアウトテイク集に収録されるはずだったのに、買ってみたら入ってなかったので、ションボリなのです。ジョン・レノンの「MIND GAMES」みたいに、ボーナス・トラックが入っているのに聴けないよりはマシですけれどね。

ポール・ヒックスによるリミックス音源に関して云えば、オリジナルやリマスターを聴き慣れているからか、聴いていて何度か「アレレ?」と思うところはありました。まあ、2014年リリースのリマスター盤も箱で持っているから、いいか、って感じです。問題は2枚目のアウトテイク集で、コレがアルバム全11曲を曲順に並べているのですけれど、今までブートレグでも聴いた事がないレア音源が満載となっていて、聴いていてかなり興奮しました。最後にはシングル「GIVE ME LOVE(GIVE ME PEACE ON EARTH)」のB面でアルバム未収録の「MISS O’DELL」が入っていて、これで当初のインフォメーション通りに「SUNSHINE LIFE FOR ME(SAIL AWAY RAYMOND)」も入れてくれていたら、大満足だったでしょうなあ。それで「SUNSHINE LIFE FOR ME(SAIL AWAY RAYMOND)」はYouTubeで公開されているので聴いたんですけれど、リンゴ用のガイド・ヴォーカル音源なんじゃないでしょうか。リンゴ版同様にザ・バンドの面々が参加しているので、ジョージが歌っている以外の違いは分からなかったです。それから、2014年のリマスター盤には「MISS O’DELL」だけではなく、シングル「BANGLA-DESH」とB面の「DEEP BLUE」も入っていたのに、今回は入っていません。箱に関しては、もう最近は高過ぎて買えないし、置き場所もないですよ。

(小島イコ)

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2024年11月27日

「ポールの道」#567「GEORGE'S SINGLES」#30「NOBODY’S CHILD」TRAVELING WILBURYS

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1988年に結成された覆面バンドであるトラヴェリング・ウィルベリーズは、1988年10月にデビュー・アルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 1」をリリースしてヒットさせました。正体はそれぞれ、ネルソン・ウィルベリー(ジョージ・ハリスン)、オーティス・ウィルベリー(ジェフ・リン)、ラッキー・ウィルベリー(ボブ・ディラン)、レフティ・ウィルベリー(ロイ・オービソン)、チャーリー・T・ジュニア(トム・ペティ)で、第1弾シングル「HANDLE WITH CARE」は当時全盛期だったMTVでミュージック・ヴィデオが何度もオンエアされていて、全員が顔出ししていたので、みんながその正体を知りつつも覆面レスラーよろしく「一体、誰が演奏しているんでしょうなあ」と楽しんでいたのです。元々はジョージのシングル「THIS IS LOVE」のカップリング曲として「HANDLE WITH CARE」をレコーディングした事から始まっていて、ワーナーが「そんな勿体ない事をしないで、アルバムを出して下さいよ」と云ってきたわけで、レコード会社の壁があるから覆面バンドとしたのでしょうけれど、5人共に超有名だし歌声に特徴もあるので、聴いたらすぐに正体はバレバレなのです。ジョージ、もといネルソンたちは、覆面バンドを逆手にとって、モンティ・パイソンのマイケル・ペイリンによるインチキ・ライナーノーツを載せたりして、大いに楽しんでいます。

そして、アルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 1」が売れたので、ワーナーは次作アルバムも望んで、本人たちもノリノリで、まずはツアーをやろうと思った矢先に、1988年12月6日にレフティ・ウィルベリー(ロイ・オービソン)が心臓発作で急死してしまいます。それで、ツアーはなくなったのですけれども、今度はデル・シャノンをメンバーに加えて「TRAVELING WILBURYS VOLUME 2」をレコーディングする事となったらしいのですが、なんと、デル・シャノンも1990年2月8日に自殺してしまったのです。トラヴェリング・ウィルベリーズは、2作目のアルバムを「TRAVELING WILBURYS VOLUME 3」として1990年10月にリリースしたので、アルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 2」は幻のアルバムとなりました。トム・ペティやジェフ・リンが1980年代にデル・シャノンとレコーディングしていたり、デル・シャノンの死後の1991年にリリースされた遺作アルバム「ROCK ON」をジェフ・リンが共同プロデュースしていたり、トラヴェリング・ウィルベリーズがシングルのカップリング曲としてデル・シャノンの代表曲である「RUNAWAY(悲しき街角)」を追悼カヴァーしている事から、デル・シャノンが新たなるメンバーだったのではないか、と云われています。

トラヴェリング・ウィルベリーズは、アルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 3」をレコーディング中に、ジョージの妻・オリヴィアさんの発案で、ジョージが企画したルーマニアの孤児救済アルバム「NOBODY'S CHILD」に楽曲を提供していて、シングル・カットもされています。1990年6月18日にリリースされたのが「NOBODY'S CHILD」で、B面にはユーリズミックスのデイヴ・スチュワートの「LUMIERE」が、12インチとCDにはリンゴ・スター&ヒズ・オールスター・バンドの「WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIENDS」のライヴ・ヴァージョンが収録されています。「NOBODY'S CHILD」はサイ・コーベンとメル・フォリー作で、1949年にハンク・スノウがリリースしたのがオリジナルです。この楽曲は、1961年6月にトニー・シェリダンのバック・バンドとしてビートルズがレコーディングした時にも取り上げていた楽曲です。しかしながら、その時のレコーディングでは、ポール・マッカートニーがベースで、ピート・ベストがドラムスで参加しただけで、ジョン・レノンとジョージは不参加で、リンゴはまだ加入していません。「NOBODY'S CHILD」と「RUNAWAY」は、現在では「THE TRAVELING WILBURYS COLLECTION」で聴く事が出来ます。

(小島イコ)

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2024年11月28日

「IP〜サイバー捜査班」第8話(再)で内山理名ちゃん



テレ朝チャンネル1 5:00〜6:00

IP_8「ディープフェイク」

内山理名 AS 桐子香澄

「IP〜サイバー捜査班」第8話の、なんと、今年11回目の再放送です。このドラマも定番化されていて、1年中再放送されていて、今月だけでも2回目です。CSの再放送は、一度始まると何度もリピート放送されますが、またかよ、などと思っていると、パタリと再放送されなくなる事も多いので、お気を付けて下さい。理名ちゃんが演じた桐子香澄警視正は、ディープフェイク動画を使った犯罪に巻き込まれる役どころです。第8話と第9話(最終話)は続いているので、明日に再放送される第9話(最終話)にも、理名ちゃんは継続して出演しています。

本放送:2021年9月9日(テレビ朝日)

(姫川未亜/小島イコ)

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「ポールの道」#568「GEORGE'S SINGLES」#31「SHE'S MY BABY / NEW BLUE MOON / RUNAWAY」TRAVELING WILBURYS

トラヴェリング・ウィルベリーズ Vol.3


ジョージ・ハリスンは、1982年リリースのアルバム「GONE TROPPO」から1987年リリースのアルバム「CLOUD NINE」まで、5年間もアルバムをリリースしませんでした。ジョージの個人レーベルと化したダーク・ホースを抱えたワーナーは、よく辛抱したものだと思います。しかしながら、1987年リリースのアルバム「CLOUD NINE」でジョージが大復活を遂げた事で、1988年には「TRAVELING WILBURYS VOLUME 1」を、1989年にはベスト盤「BEST OF DARK HORSE 1976-1989」を、1990年には「TRAVELING WILBURYS VOLUME 3」と、毎年アルバムをリリースしていて、1992年には2枚組の「LIVE IN JAPAN」をリリースしているので、6年間で6枚出していて、それまでのスローペースを取り返しています。さて、覆面バンドであるトラヴェリング・ウィルベリーズは、1作目がヒットした事でツアーも計画されるのですけれど、1988年12月6日にレフティ・ウィルベリーことロイ・オービソンが心臓発作で急死したのでツアーはなくなりました。それでも、1作目がヒットしたので、ワーナーは2作目もイケると考えて、レコーディングする事となりました。当初は、当然ですが「TRAVELING WILBURYS VOLUME 2」としてレコーディングされています。

ところが、ロイ・オービソンが亡くなった事や、ボブ・ディランがごねたとか、ロイ・オービソンの代わりにデル・シャノンを加えたら1990年2月8日に自殺してしまったとか、諸説あるものの、結局は「TRAVELING WILBURYS VOLUME 2」はお蔵入りとなったのです。それでも、トラヴェリング・ウィルベリーズの活動は続いていて、1990年10月29日に2作目のアルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 3」をリリースしたのです。亡くなったレフティ(ロイ・オービソン)以外の4人によるこのアルバムの内容は、1「SHE'S MY BABY」、2「INSIDE OUT」、3「IF YOU BELONGED TO ME」、4「THE DEVIL'S BEEN BUSY」、5「DEADLY SINS」、6「POOR HOUSE」、7「WHERE WERE YOU LAST NIGHT?」、8「COOL DRY PLACE」、9「NEW BLUE MOON」、10「YOU TOOK MY BREATH AWAY」、11「WILBURY TWIST」の、全11曲入りです。アルバムは、全英14位・全米11位とヒットしていて、同時期にポール・マッカートニーがリリースしたアルバム「FLOWERS IN THE DIRT」(全英首位!・全米21位)と比べても、米国ではトラヴェリング・ウィルベリーズが勝っています。

2作目のアルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 3」では、亡くなったレフティ以外のメンバーが、それぞれ、スパイク・ウィルベリー(ジョージ・ハリスン)、クレイトン・ウィルベリー(ジェフ・リン)、ブー・ウィルベリー(ボブ・ディラン)、マディ・ウィルベリー(トム・ペティ)、と改名していて、ボブ・ディランなんか「ブー」ですから、もはや日本のドリフターズです。どうやら「ブー」ことボブ・ディランが自分のツアーをやる為に脱退を望んでいたらしく、ジャケットで他の3人はサングラスをかけているのに、ブーはやる気がなくなったのか顔出ししていて、ボブ・ディランそのまんまです。第1弾シングルはアルバム冒頭の「SHE'S MY BABY」で、7インチ盤、12インチ盤、CDの3種類が出ています。ゲイリー・ムーアが参加したA面の「SHE'S MY BABY」は、1976年リリースのウイングスとは同名異曲です。7インチ盤のB面は、インストゥルメンタル曲「NEW BLUE MOON」で、12インチ盤とCDには、アルバム未収録でデル・シャノンのカヴァー「RUNAWAY(悲しき街角)」が追悼曲として収録されています。「RUNAWAY」は、現在ではボーナス・トラックで聴ける様になりました。

(小島イコ)

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2024年11月29日

「IP〜サイバー捜査班」第9話(最終話)(再)で内山理名ちゃん



テレ朝チャンネル1 5:00〜6:00

IP_FINAL「ディープフェイク」

内山理名 AS 桐子香澄

「IP〜サイバー捜査班」第9話(最終話)の、今年11回目の再放送です。前回からのつづきで、理名ちゃんが演じた桐子香澄警視正は、機密情報漏洩をネタに犯人に脅されて、ディープフェイク動画を使った犯罪に加担させられていたと判明します。その証言をしたところで出番は終了で、後半は拉致監禁された「まいんちゃんを救え!」になっています。それで、桐子香澄警視正が最後に「絶対に犯人を捕まえて下さい!」と云ったら、佐々木蔵之介さんが演じた安洛主任が「そんな当たり前の事を聞いている暇はない!」とか返して、酷い事を云うなあ、と思ったら、どうやらその云い回しが決めセリフだったみたいです。まいんちゃんが安洛主任の娘だと云う事も、何故かみんな知っていて、まいんちゃんが「知っていたんですか!」とか驚いたりしていて、第8話と最終話だけ観ているとよく分からないところも、当たり前ですが、あります。

本放送:2021年9月16日(テレビ朝日)

(姫川未亜/小島イコ)

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「雲霧仁左衛門3」第三回、第四回(再)で内山理名ちゃん

キャロル・キング・ミュージック(紙ジャケット仕様)


時代劇専門チャンネル 14:00〜15:45

第三回「ほおずきの調べ」
第四回「忘れ形見」

内山理名 AS 七化けのお千代

「雲霧仁左衛門3」第三回と第四回の、今年3回目の再放送です。第三回では、冒頭から江戸の町を歩く理名ちゃんが演じる七化けのお千代姐さんが登場します。お頭の指図で、豊田屋の内偵にむかいます。安部式部も内偵をもちいて、探り合いとなります。騙し合いの末、引き分けと云ったところでしょう。

第四回での雲霧一党の標的は、丸子屋です。早速、お千代姐さんが内偵に入ります。今回も、七化けぶりを魅せてくれました。別の盗賊も丸子屋を狙っていて、雲霧一党は難を逃れます。裏をかいてまんまと大金をせしめました。おなみが殺される以外は、雲霧の思惑通りでした。雲霧一党は悪党なのに主役で、正義のはずの安部式部たちが悪者に見えてしまいます。

本放送:2017年1月20日1月27日(NHK BSプレミアム)

(姫川未亜)

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「ポールの道」#569「GEORGE'S SINGLES」#32「WILBURY TWIST / NEW BLUE MOON / COOL DRY PLACE」「INSIDE OUT / NEW BLUE MOON / COOL DRY PLACE」TRAVELING WILBURYS

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トラヴェリング・ウィルベリーズの2作目なのに3番目となったアルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 3」からは、第2弾シングルとして1991年3月25日に「WILBURY TWIST」がリリースされました。但し、ヨーロッパ諸国では1990年の年末頃に「INSIDE OUT」がシングル・カットされています。シングル「WILBURY TWIST」は、7インチ盤と12インチ盤とCDが出ていて、7インチ盤のB面がインストゥルメンタル曲の「NEW BLUE MOON」で、第1弾シングル「SHE'S MY BABY」のB面と同じです。12インチ盤とCDには、それに加えて「COOL DRY PLACE」が収録されていますが、全てがアルバムと同じヴァージョンです。「INSIDE OUT」は7インチ盤とCDが出ていますが、B面がまたしても「NEW BLUE MOON」で、CDには「COOL DRY PLACE」が加わっています。つまり、シングル「WILBURY TWIST」とシングル「INSIDE OUT」は、表題曲とジャケットが違うだけで、カップリング曲は全て同じなのです。ジャケットはそれぞれ凝ったデザインなので、手抜きをしたわけではないのでしょうけれど、音だけ聴くならばアルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 3」を持っていれば事足りてしまいます。前回に紹介した第1弾シングル「WILBURY TWIST」の12インチ盤とCDに収録されたデル・シャノンのカヴァー「RUNAWAY(悲しき街角)」だけがアルバム未収録曲でした。

メンバーが大物揃いで、レコード会社との契約の問題があって、トラヴェリング・ウィルベリーズのアルバムは暫くの間は廃盤状態だったのですけれど、2007年にライノから「THE TRAVELING WILBURYS COLLECTION」がCD2枚にDVD1枚の3枚組でリイシューされたので、そのセットを買えばアルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 1」とアルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 3」は勿論、未発表曲の「MAXINE」と「LIKE A SHIP」と、アルバム未収録曲の「NOBODY'S CHILD」と「RUNAWAY」の4曲もボーナス・トラックで聴けます。更に、DVDにはインチキ・ストーリーの「THE TRUE HISTORY OF THE TRAVELING WILBURYS」と、シングル・カットされた「HANDLE WITH CARE」と「END OF THE LINE」と「SHE'S MY BABY」と「INSIDE OUT」と「WILBURY TWIST」の5曲のミュージック・ヴィデオをまとめて観る事が出来ます。DISC1がアルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 1」で、DISC3がアルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 3」で、DISC2で幻のアルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 2」のところにDVDが入っているのも、気が利いています。

史上最強のスーパー・バンドとも称された「トラヴェリング・ウィルベリーズ」は、元々はジョージ・ハリスンのシングルB面曲の予定で「HANDLE WITH CARE」をレコーディングしたのが発端で、それが結局はアルバムを2作も発表する事となったのです。「TRAVELING WILBURYS VOLUME 3」は、ロイ・オービソンがいなくなった為か、よりストレートなロックンロールが聴けます。「ブー」ことボブ・ディランの声がよく聴こえるのは、ブーが先にレコーディングしていて、後でオーバーダビングした時にそのまんまにしたからだそうです。ジョージは1970年リリースのアルバム「ALL THINGS MUST PASS」で、ボブ・ディランとの共作である「I'D HAVE YOU ANYTIME」と、ボブ・ディランのカヴァー「IF NOT FOR YOU」を収録していて、1971年の「THE CONCERT FOR BANGLA DESH」でも共演した旧知の仲でした。ジョージが1985年にリリースした「I DON'T WANT TO DO IT」も、ボブ・ディランの作品です。そのボブ・ディランは、1986年のアルバム「KNOCKED OUT LOADED」でトム・ペティと共演していて、1987年にジョージのアルバム「CLOUD NINE」をジョージとジェフ・リンで共同プロデュースしていて、面子が揃っていたところに共通のヒーローであるロイ・オービソンが加わって、バンドへと繋がっていったのでしょう。トラヴェリング・ウィルベリーズは、現在ではボブ・ディランとジェフ・リンしかこの世にいませんけれど、正式に解散はしていません。

(小島イコ)

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2024年11月30日

「限界突破の12時間 あれもこれもお任せやねん!SP」

ヴィーナス・アンド・マース (スーパー・デラックス・エディション)(DVD付)


MBS 5:00〜17:00

片瀬社員が、関西ローカルの番組に「ロコンド社員」として出演した事がニュースになっています。大谷選手の記念ボールを落札した田中社長の秘書として、ボールを披露する為に出演したらしいのですけれど、こうしたカタチでしかテレビでは観れないのでしょう。まあ、普通に地上波番組に出れますよ、と云う事ならば吉報ではあります。

(小島イコ/姫川未亜)

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「ポールの道」#570「GEORGE'S SINGLES」#33「HERE COMES THE SUN(LIVE) / MY SWEET LORD」「MY SWEET LORD(LIVE)」

Live in Japan (Hybr)


1982年リリースのアルバム「GONE TROPPO」から1987年リリースのアルバム「CLOUD NINE」まで5年間も新作アルバムをリリースしなかったジョージ・ハリスンは、その後は怒涛のリリース・ラッシュとなりました。1988年にはトラヴェリング・ウィルベリーズの1作目のアルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 1」を、1989年には新曲を3曲も入れたベスト盤「BEST OF DARK HORSE 1976-1989」を、1990年にはトラヴェリング・ウィルベリーズの2作目のアルバム「TRAVELING WILBURYS VOLUME 3」と、4年続けてアルバムをリリースしていて、1991年12月にはソロとしては初めての来日公演を行ったのです。1991年12月1日の横浜アリーナ(初日で追加公演)から12月17日の東京ドームまで、横浜、大阪、名古屋、広島、福岡、東京、と6カ所で計12公演が行われて、当初はレコーディングしていなかったものの、終盤の大坂城ホール公演と東京ドーム公演はジョージの意向でレコーディングされました。エリック・クラプトンが熱心にジョージに勧めた事で実現した来日公演で、クラプトンのバンドが演奏して、ジョージはギターを弾いて歌うだけで、その他はクラプトンに丸投げしています。そして、1992年7月10日に2枚組のライヴ盤「LIVE IN JAPAN」が、ダーク・ホース/ワーナーからリリースされたのです。

内容は、CD1が、1「I WANT TO TELL YOU」、2「OLD BROWN SHOE」、3「TAXMAN」、4「GIVE ME LOVE(GIVE ME PEACE ON EARTH)」、5「IF I NEEDED SOMEONE」、6「SOMETHING」、7「WHAT IS LIFE」、8「DARK HORSE」、9「PIGGIES」、10「GOT MY MIND SET ON YOU」で、CD2が、1「CLOUD 9」、2「HERE COMES THE SUN」、3「MY SWEET LORD」、4「ALL THOSE YEARS AGO」、5「CHEER DOWN」、6「DEVIL'S RADIO」、7「ISN'T IT A PITY」、8「WHILE MY GUITAR GENTLY WEEPS」、9「ROLL OVER BEETHOVEN」の、全19曲入りです。横浜では披露していた「FISH ON THE SAND」と「LOVE COMES TO EVERYONE」はレコーディングしていなかったのでカットされて、「PIGGIES」と「GOT MY MIND SET ON YOU」の間にあったクラプトン・コーナーの4曲(「PRETENDING」と「OLD LOVE」と「BADGE」と「WONDERFUL TONIGHT」)も抜けているものの、他はステージの演奏順に収録されています。プロデュースはスパイク&ネルソン・ウィルベリーで、つまりはトラヴェリング・ウィルベリーズでのジョージの変名です。このライヴからは「HERE COMES THE SUN」がフランスでシングル・カットされていて、「MY SWEET LORD」がプロモーション・シングルでリリースされています。

名曲「HERE COMES THE SUN」は、1969年リリースのビートルズのアルバム「ABBEY ROAD」に収録されていて、日本では1970年にシングルB面(A面は「OH! DARLING」)にもなっています。1971年のライヴ盤「THE CONCERT FOR BANGLA DESH」でのヴァージョン(バッドフィンガーのピート・ハムと共演)もレコード化されていて、1976年にテレビ番組「サタデー・ナイト・ライヴ」でポール・サイモンと二人で披露したヴァージョンもブートレグでは有名です。更に1987年の「プリンス・トラスト」でもジェフ・リンと共に披露していて、この1991年のクラプトン・バンドとのライヴ・ヴァージョンもライヴ盤となったので、定番曲のひとつですし、1979年リリースのアルバム「GEORGE HARRISON(慈愛の輝き)」では「HERE COMES THE MOON」と云うセルフ・パロディまで発表しています。元々がアップルの会議をサボってクラプトンの家に遊びに行って、クラプトンのギターを借りて書いた曲なので、納まるところに納まった感じです。「MY SWEET LORD」も云わずと知れたジョージの代表曲で、1970年リリースのアルバム「ALL THINGS MUST PASS」に収録され、1971年のライヴ盤「THE CONCERT FOR BANGLA DESH」や、1974年の北米ツアーでも披露されていましたが、元々は、ビリー・プレストンへの提供曲です。

この来日公演は、初日の横浜アリーナと最終日の東京ドームに足を運んだのですけれど、どちらも色んな意味で想い出深いライヴです。初日は、どんな曲を演奏するのかも全く分からなかったので、いきなり「I WANT TO TELL YOU」から「OLD BROWN SHOE」ときての「TAXMAN」とビートルズ・ナンバー3連発には驚きましたし、「IF I NEEDED SOMEONE」や「SOMETHING」や「HERE COMES THE SUN」や「WHILE MY GUITAR GENTLY WEEPS」は予想出来ても、「PIGGIES」や「ROLL OVER BEETHOVEN」まで演奏するとは思わなかったですし、ソロの曲も「GIVE ME LOVE(GIVE ME PEACE ON EARTH)」や「WHAT IS LIFE」や「GOT MY MIND SET ON YOU」や「MY SWEET LORD」や「CHEER DOWN」などは予想していたものの、本編の最後が「ISN'T IT A PITY」なんて、当時は完全に予想外でした。ジョージはかなり緊張していたけれど、終わってみればビートルズからソロまで、満遍なく選曲されていて、神ライヴでした。まさか、その後にジョージがツアーをやらなくなるとは思っていなかったし、ライヴ盤を出してくれるとも思っていませんでした。

最終日の東京ドームは、各地でツアーをやって自信満々となったジョージに変貌していて、なんと、前列に渋谷陽一さんと松村雄策さんが座っていて、お二人の反応も同時に楽しめる席だったのですけれど、松村さんが先に来ていて、渋谷さんが開演ギリギリに来て「おっと、渋松対談だ」と思ったら、二人共に行儀良く挨拶していて、ちっとも「渋松対談」みたいな面白い話はしないのです。当時は明かされていなかったけれど、ああ、アレは架空対談なんだな、と思いましたよ。大仰な前奏付きの「SOMETHING」が始まったら、渋谷さんが「おおおっ!」とか声を出していて、何だかんだ云ってもビートルズが大好きなんだな、と思いました。それから、渋谷さんはアンコールの「WHILE MY GUITAR GENTLY WEEPS」が終わって「ROLL OVER BEETHOVEN」が始まったら、松村さんを置いて、さっさと帰ってしまいました。最終日にはダニー・ハリスンが一緒にギターを弾く親子共演も観れたのに、勿体ないなあ、と思いましたよ。実はター坊のライヴなどでも渋谷さんが前の席に座っていた事が何度かあって、いつも開演ギリギリにやって来て、アンコールが終わるとメディアだからセットリストを知っているからなんでしょうけれど、ひとりだけさっさと帰ってしまうので、変に目立っているし、忙しい人なんだなあ、と云う印象です。

(小島イコ)

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