ジョージ・ハリスンが1987年11月にリリースした5年ぶりのアルバム「CLOUD NINE」は、先行シングル「GOT MY MIND SET ON YOU」が、1973年5月にアルバム「LIVING IN THE MATERIAL WORLD」からの先行シングルだった「GIVE ME LOVE(GIVE ME PEACE ON EARTH)」以来、14年ぶりに全米首位!を獲得するなど大成功となり、ジョージの大復活となった名盤です。エディ・クラーク作でオリジナルはジョニー・レイが歌った「GOT MY MIND SET ON YOU」はカヴァー曲ですが、ジョージの息子である当時9歳だったダニー・ハリスンがシングル・カットを勧めて大ヒット曲となりました。ジョージは昔から他人に提供曲として名曲を書いて、結局は自分でセルフ・カヴァーして大ヒットさせていたりして、ビートルズに対しては客観的な見方をしているのに、自分の曲の素晴らしさに気付いていなかった様です。それは、やはりビートルズ時代に「レノン=マッカートニー」の陰に隠れていて、特にポール・マッカートニーにいじめられていた(ポール本人は、いじっていた心算で、全く悪気はない)ので、自分を過小評価せざる得なかったからでもあるのでしょう。ビートルズ時代の名曲「SOMETHING」では、ポールがリード・ベースかと思える程に過剰にメロディアスなベースを弾いているのですけれど、余りにもベースが目立つのでジョージに止められたらしく、つまりジョージが止めなければもっと目立っていたのでしょう。
ELOのジェフ・リンとジョージが共同プロデュースしたアルバム「CLOUD NINE」からは、第1弾シングル「GOT MY MIND SET ON YOU」、第2弾シングル「WHEN WE WAS FAB」(ビートルズのパロディ)と来て、第3弾シングル「THIS IS LOVE」を1988年6月にリリースするのですが、ジョージはビートルズ流でシングルのB面はアルバム未収録曲を入れていました。それで、シングル「THIS IS LOVE」のB面は「HANDLE WIYH CARE」を予定していて、ジョージ、ジェフ・リン、ボブ・ディラン、トム・ペティ、ロイ・オービソンと云う布陣でレコーディングされたのですけれど、出来栄えが思ったよりも良かったので、5人でバンドを組む事となって、世紀の覆面バンド「トラヴェリング・ウィルベリーズ」が誕生しました。この「正体がバレバレ」な「ジャイアント・マシーン」の様なバンドは、1988年10月と、1990年10月に、2作のアルバムを発表していて、シングルは7作もリリースしています。そんなノリノリな時期に、1988年にはシルヴィア・グリフィンの「LOVE’S A STATE OF MIND」でスライド・ギターを弾いています。同1988年には、ゲーリー・ライトのアルバム「WHO I AM」に収録された「(I DON'T WANNA)HOLD BACK」でスライド・ギターを弾いています。同1988年には、ジム・キャパリディのアルバム「SOME COME RUNNING」に収録された「OH LORD, WHY LORD」にギターで参加しています。
1989年には、バンド仲間となったロイ・オービソンのアルバム「MYSTERY GIRL」に収録された「A LOVE SO BEAUTIFUL」でアコースティック・ギターを弾いています。このアルバムは、1988年12月6日に亡くなったロイ・オービソンの遺作です。同1989年には、やはりバンド仲間であるトム・ペティのアルバム「FULL MOON FEVER」に収録された「I WON'T BACK DOWN」にアコースティック・ギターとバッキング・ヴォーカルで参加しています。同1989年には、ベリンダ・カーライルのアルバム「RUNAWAY HORSE」に収録された「LEAVE A LIGHT ON」でスライド・ギターを弾いて、「DEEP DEEP OCEAN」でギターとベースを弾いています。「LEAVE A LIGHT ON」を聴いたエリック・クラプトンが、ジョージ本人に「ベリンダ・カーライルの曲で君(ジョージ)にソックリなスライド・ギターを弾いている奴がいたんだけど」と云ったら、ジョージが「アレは僕だよ」と応えて、クラプトンが「やっぱり君か」と云っていた程に、ジョージのスライド・ギターは特徴があります。そのエリック・クラプトンの1989年のアルバム「JOURNEYMAN」に収録された「RUN SO FAR」は、ジョージが書いてギターとハーモニー・ヴォーカルで参加しています。この曲は、ジョージの死後に発表されたアルバム「BRAINWASHED」で、ジョージによるセルフ・カヴァー・ヴァージョンが聴けます。同1989年には、トム・ペティと共作してジョージがリリースした「CHEER DOWN」と云う超名曲があって、映画「リーサル・ウェポン2」の主題歌となっています。
1990年には、ヴィッキー・ブラウンのアルバム「ABOUT LOVE AND LIFE」に収録された「LU LE LA」でスライド・ギターを弾いています。同1990年には、ゲイリー・ムーアのアルバム「STILL GOT THE BLUES」に収録された「THE KIND OF WOMAN」を提供して、ギターとバッキング・ヴォーカルで参加しています。この「THE KIND OF WOMAN」は、元々はエリック・クラプトンのアルバム「JOURNEYMAN」用にジョージが書いた曲で、クラプトンによるデモ音源も聴く事が出来ます。同1990年には、ジェフ・ヒーリーのアルバム「HELL TO PAY」に収録されたビートルズ時代のジョージの名曲「WHILE MY GUITAR GENTLY WEEPS」のカヴァーに、アコースティック・ギターとバッキング・ヴォーカルで参加しています。同1990年には、ジム・ホーンのアルバム「WORK IT OUT」に収録された「TAKE AWAY THE SADNESS」でスライド・ギターを弾いています。そして、同1990年にはバンド仲間のジェフ・リンのアルバム「ARMCHAIR THEATRE」に収録された「EVERY LITTLE THING」(ビートルズとは同名異曲)と「LIFT ME UP」にギターとバッキング・ヴォーカルで、「SEPTEMBER SONG」と「STORMY WEATHER」にギターで参加しています。同1990年には、ボブ・ディランのアルバム「UNDER THE RED SKY」に収録された「UNDER THE RED SKY」でスライド・ギターを弾いています。同1990年には、ドノヴァンのアルバム「DONOVAN RISING」に収録されたライヴ・ヴァージョンの「HURDY GURDY MAN」をドノヴァンと歌っています。ジョージの場合、提供曲や参加作は仲間に恩義を返すカタチが多くて、ポールみたいに「何で?」と云うのは余りありません。
(小島イコ)