1974年11月28日に行われたエルトン・ジョンのマディソン・スクエア・ガーデンでのライヴに、ジョン・レノンはシングル「WHATEVER GETS YOU THRU THE NIGHT(真夜中を突っ走れ)」が全米首位!となったので、エルトンとの賭けに負けるカタチで飛び入り参加して、エルトンと共に「WHATEVER GETS YOU THRU THE NIGHT」と「LUCY IN THE SKY WITH DIAMONDS」と、何故か「I SAW HER STANDING THERE」の3曲を歌いました。そのライヴを観に来ていたヨーコさんと再会して、翌1975年2月3日にジョンはヨーコさんの元へ戻って「失われた週末」時代は終わるのです。ジョンはヨーコさんと離れていた期間に、1974年リリースのソロ・アルバム「WALLS AND BRIDGES」と、1975年リリースのカヴァー・アルバム「ROCK ’N' ROLL」を制作していて、1974年にはニルソンのアルバム「PUSSY CATS」をプロデュースしていて、リンゴのアルバム「GOODNIGHT VIENNA」にも表題曲を書いて、カヴァーの「ONLY YOU(AND YOU ALONE)」もジョンのアレンジで協力していて、ジョニー・ウィンターへの「ROCK ’N' ROLL PEOPLE」や、キース・ムーンへの「MOVE OVER MS. L」を提供するなど、音楽活動は充実していました。ヨーコさんとの別居期間がもっと長ければ、更なるジョンの音楽活動があったし、その中にはポールとの共演も含まれていたのです。
そして、1975年3月7日にリリースされたデヴィッド・ボウイの8作目のアルバム「YOUNG AMERICANS」にも、ジョンは協力しています。ジョンが参加したレコーディングは1975年1月12日から15日ですので、ジョンの「失われた週末」時代最後の作品です。アルバムの内容は、A面が、1「YOUNG AMERICANS」、2「WIN(愛の勝利)」、3「FASCINATION」、4「RIGHT」で、B面が、1「SOMEBODY UP THERE LIKE ME(幸運の神)」、2「ACROSS THE UNIVERSE」、3「CAN YOU HERE ME(恋のささやき)」、4「FAME」の、全8曲入りです。アルバムは、全英2位・全米9位とヒットしました。ジョンがレコーディングに参加したのは2曲あって、まずはB面2曲目のビートルズのカヴァー「ACROSS THE UNIVERSE」では、ジョンがアコースティック・ギターを弾いています。ジョンは楽曲としては自信作だった「ACROSS THE UNIVERSE」のビートルズでの演奏に納得していなかったので、このデヴィッド・ボウイのカヴァー・ヴァージョンを大いに気に入っていました。但し、バカな評論家には酷評されていて、確かにスローテンポで些か大仰なアレンジではありますが、コレはコレでアリです。レコーディング・メンバーは、同じ1975年1月のセッションなので、後述する「FAME」とほとんど同じです。
アルバムの最後に収録されている「FAME」は、デヴィッド・ボウイ、カルロス・アロマー、ジョン・レノンの共作です。レコーディング・メンバーは、デヴィッド・ボウイ(ヴォーカル、リズム・ギター、ピアノ、パーカッション)、ジョン・レノン(バッキング・ヴォーカル、アコースティック・ギター)、カルロス・アロマー(リード・ギター、リズム・ギター)、アール・スリック(リズム・ギター)、エミール・カッサン(ベース)、デニス・デイヴィス(ドラムス、ヴィブラスラップ)、ラルフ・マクドマルド(パーカッション)、パブロ・ロザリオ(パーカッション)、ジーン・ファインバーグ(バッキング・ヴォーカル)、ジーン・ミリントン(バッキング・ヴォーカル)です。「FAME」はアルバムから第2弾シングル・カットされて、デヴィッド・ボウイにとって初めての全米首位!獲得曲となりました。ところが、全英では17位までしか上がっていません。1990年には、リミックスされた何種類もの「FAME 90」もリリースされています。それで、その1990年10月に、宮沢りえちゃんが「GAME」と改題した日本語カヴァー・ヴァージョン(カヴァーと云うよりも替え歌)をリリースして、年末の「第41回紅白歌合戦」でステージではなく、屋上に設置された泡風呂に入って歌っています。
(小島イコ)