ビートルズが1962年10月5日にパーロフォンからリリースしたシングル「LOVE ME DO / P.S. I LOVE YOU」でデビューして、1963年1月11日にリリースした2作目のシングル「PLEASE PLEASE ME / ASK ME WHY」が大ヒットして、その4曲以外の10曲を1963年2月11日にたったの1日でレコーディングしたデビュー・アルバム「PLEASE PLEASE ME with Love Me Do and 12 other songs」を1963年3月22日にリリースして、30週間連続で全英首位!となりました。ビートルズはカヴァー曲も他のバンドがやらない様な楽曲を取り上げてはいたものの、やはり大きな武器は「レノン=マッカートニー」によるオリジナル曲でした。もうデビュー時からジョンかポールが単独で書いた曲もあったものの、それらは「レノン=マッカートニー」作として発表されました。
自作自演だけではなく、他のバンド用に提供した楽曲も、前々回と前回に取り上げたビリー・J・クレイマー&ザ・ダコタスの「DO YOU WANT TO KNOW A SECRET / I'LL BE ON MY WAY」や「BAD TO ME / I CALL YOUR NAME」の様に全英2位や全英首位!となった傑作もあります。「DO YOU WANT TO KNOW A SECRET」と「BAD TO ME」と「I CALL YOUR NAME」の3曲はジョン作なので、ブライアン・エプスタインからの要請があったとは云え、ジョンは良い曲を他人にも提供していたと云えるでしょう。対してポールは、どうもビートルズでやるにはお粗末でボツになりそうな曲を提供している気がします。いえ、まだ「I'LL BE ON MY WAY」しかない段階で結論づけるのは早いとは思いますが、ジョンの曲が佳作揃いなので、そんな気がしてなりません。
そして、それを実証してしまったのが、1963年7月30日に英国・ピカデリーからリリースされたトミー・クイックリーへの提供曲「TIP OF MY TONGUE」です。ビートルズのアルバム「PLEASE PLEASE ME with Love Me Do and 12 other songs」は、1963年5月8日付で全英首位!となり、其の後30週間連続で首位!となり、2位に落ちた時に首位!になったのがビートルズの2作目のアルバム「WITH THE BEATLES」で、そちらも21週間連続首位!となり、つまり全英51週間ビートルズが首位!だったのが1963年初夏から1964年春だったのです。故に、レノン=マッカートニー作品は誰もが提供して欲しかった時期だったのです。それで、ブライアン・エプスタインが推していたビリー・J・クレイマー&ザ・ダコタスには佳曲が提供されて、全英2位・全英首位!と結果も出ていたわけです。
が、しかし、このトミー・クイックリーに提供した「TIP OF MY TONGUE」は何なのでしょうか。一聴して分かる駄作ですし、一聴して分かる悪い時のポールがテキトーに書き殴ったヘッポコリン楽曲です。この楽曲は、実はビートルズがシングル「PLEASE PLEASE ME / ASK ME WHY」をレコーディングした1962年11月26日にレコーディングを予定していて、ボツにしたか、もしくはレコーディング自体やらなかった曲で、それをトミー・クイックリーに横流しにしたのです。故に、この楽曲のビートルズ・ヴァージョンは聴いた事もありません。ボツにするどころか、マトモにレコーディングすらしなかったダメダメ曲なのです。B面の「HEAVEN ONLY KNOWS」は、ビートルズとは何の関連もない曲で、このシングルはトップ30入りせず、45位止まりでした。
英国でビートルズ人気が爆発した時にリリースしたレノン=マッカートニー作品なのに、トップ30入りしないって、どんだけ酷い曲なのかお分かりになられるでしょう。ポールはこう云う事を、よくやります。更に1964年になって、ジョンはトミー・クイックリーに「NO REPLY」を書きますが、ディック・ジェイムズ(ビートルズの版権を管理していたノーザン・ソングスの社長)から褒められる程に出来が良かったので、ビートルズでレコーディングしちゃいました。「ANTHOLOGY 1」で聴けるデモ音源を元にしてトミー・クイックリーがレコーディングして1964年8月7日に発売予定でしたがボツになっていて、トミー・クイックリーは、とことん持っていない男なのでした。
(小島イコ)