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2024年08月15日

「ポールの道」#463「FAB4 GAVE AWAY」#07 「I'LL KEEP YOU SATISFIED」

Do You Want to Know a Secret


ビートルズを「デッカ・オーディション」で落選させたのは、新人部門のトップだったディック・ロウですが、実際にビートルズを落としたのは部下のマイク・スミスです。マイク・スミスは、ビートルズとブライアン・プール&ザ・トレメローズの両方と契約すべきだとディック・ロウに云ったのですが、ディック・ロウは「どちらか片方を選べ」と云って、マイク・スミスは「ロンドンを拠点としていたブライアン・プール&ザ・トレメローズの方が、リヴァプールの田舎者であるビートルズよりも近くて良い」と云う理由でビートルズを落としてしまったのです。勿論、責任者はディック・ロウですが、彼はビートルズによるオーディションの演奏すら聴いていなかったらしいのです。そのうえ、マネジャーのブライアン・エプスタインに「ギター・グループはもう時代遅れですよ、リヴァプールで成功しているならそっちで頑張って下さい」などと云ったらしいのです。

ブライアン・エプスタインは「ビートルズはエルヴィス・プレスリーよりも有名になるんです!」と涙ながらに訴えたものの、デッカ・オーディションは落ちてしまい、ビートルズは「ブライアンが云う通りに行儀が良い選曲で大人しく演奏したから落とされた」と云って、ブライアンに二度と音楽面では意見させない様になりました。まあ、兎も角、ディック・ロウは「演奏を聴きもしないでビートルズを落とした世紀のアホ」となったわけですなあ。それなのにジョージ・ハリスンの推薦でローリング・ストーンズと契約しちゃうディック・ロウは、プライドと云うものがなかったのでしょうか。そのローリング・ストーンズに「チラシみたいなもんで、捨て曲」とジョンが公言した「I WANNA BE YOUR MAN」をレノン=マッカートニーは提供して、セルフ・カヴァーでリンゴに歌わせると云う「デッカ憎し」を見せたのですが、同じ1963年11月1日にはビリー・J・クレイマー&ザ・ダコタスに「I'LL KEEP YOU SATISFIED」を提供してリリースしています。

英国ではパーロフォンからのリリースで、プロデュースはサー・ジョージ・マーティンで、マネジャーはブライアン・エプスタインです。米国でも同日にリバティーから出ていて、全英4位・全米30位と売れました。同日発売のローリング・ストーンズによる「I WANNA BE YOUR MAN」は全英12位なので、こっちの方が売れています。ビリー・J・クレイマーはブライアン・エプスタインのお気に入りだった様で、レノン=マッカートニーに良い曲を提供してくれる様に直接お願いしていました。故に、レノン=マッカートニーは「DO YOU WANT TO KNOW A SECRET」や「I'LL BE ON MY WAY」や「BAD TO ME」や「I CALL YOUR NAME」と云った曲を提供していて、特にジョンは「BAD TO ME」と「I CALL YOUR NAME」を書き下ろしていて、後に「I CALL YOUR NAME」はビートルズでセルフ・カヴァーしています。

「I'LL KEEP YOU SATISFIED」はポールが書いた曲ですが、ブライアン・エプスタインからのお願いがあったからか、クズ曲ではなくマトモな提供曲となっています。ところが、ポールの曲なのに歌い方はジョンみたいに聴こえます。コレはですね、おそらくブライアン・エプスタインのお願いで、1963年10月14日にジョンがレコーディングに立ち会っていて、自ら歌唱指導をした為だと思われるのです。B面の「I KNOW」は、ビートルズとは関係がない曲です。ビリー・J・クレイマーはデビューから3作(5曲)がレノン=マッカートニー作品で大ヒットさせていたのですが、余りにもビートルズ頼みだと思ったのか、4作目はモート・シューマン作の「LITTLE CHILDREN」を出して全英首位!全米7位と大ヒットさせています。5作目はまたレノン=マッカートニー作品に戻るのですけれど、「LITTLE CHILDREN」でいい気になったのか、1965年辺りから落ちぶれてゆくのでした。

(小島イコ)

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2024年08月16日

「ポールの道」#464「FAB4 GAVE AWAY」#08 「I’M IN LOVE」

British 60's: Fourmost Poole Fontana


レノン=マッカートニーが提供した数多くある楽曲の中で、最も良いと思われるのが「I’M IN LOVE」です。一聴してジョンが書いたと分かる「I’M IN LOVE」は、フォーモストの2作目のシングルとして、英国では1963年11月15日にサー・ジョージ・マーティンのプロデュースでパーロフォンからリリースされて、全英17位のスマッシュ・ヒットとなっています。マネジャーは、勿論ブライアン・エプスタインです。米国では翌1964年2月10日にアトコからリリースされていますが、チャート入りしていません。B面の「RESPECTABLE」は、ビートルズとは関係がない楽曲です。フォーモストはデビュー・シングルもレノン=マッカートニー作品でジョン作の「HELLO LITTLE GIRL」で全英9位とヒットさせていましたが、ソレはジョンが1957年頃に書いた曲で、1962年1月1日のデッカ・オーディションなどでビートルズでも演奏していた楽曲でした。

対して「I’M IN LOVE」は、ジョンによる書き下ろしの提供曲で、ビリー・J・クレイマー&ザ・ダコタスもレコーディングしています。結局はフォーモストのシングルとなったわけですけれど、コレが良いのです。丁度ビートルズは2作目のアルバム「WITH THE BEATLES」の頃なので、ジョン作の「IT WON’T BE LONG」と「NOT A SECOND TIME」を足して2で割らない感じの名曲です。残念ながらビートルズによる演奏は残されていないのですが、ジョンによるデモ音源は残っていて、2013年12月17日に配信限定でリリースされた「The Beatles Bootleg Recordings 1963」で聴く事が出来ます。ビリー・J・クレイマー&ザ・ダコタスに書いた「BAD TO ME」同様に、ジョンによるデモ音源は後の「THE LOST LENNON TAPES」と感覚が似ていて、ジョンの場合はデモ音源から本番までの制作過程も全てある意味で完成しています。

そう云えば以前に紹介したブートレグ「THE SONGS BEATLES GAVE AWAY(UNHEARD MELODIES)」なんですけれど、提供曲とビートルズ・ヴァージョンを並べているだけではなく、提供曲のライヴ・ヴァージョンも混じっているのです。故に、ビリー・J・クレイマー&ザ・ダコタスやピーター&ゴードンなどに書いた曲を、それぞれが「エド・サリヴァン・ショー」で披露したライヴ音源も聴けるわけですけれど、それがですね、ビートルズもビックリな位に観客席の女の子たちが絶叫しているんですよ。1960年代のローリング・ストーンズやキンクスのライヴ盤を聴いても、やっぱり観客席の女の子たちが絶叫しているわけで、女の子たちにとってはビートルズもローリング・ストーンズもキンクスもハーマンズ・ハーミッツもゾンビーズもデイヴ・クラーク・ファイブも同じだったのでしょうか。英国だけではなく、米国のビーチ・ボーイズのライヴでもやっぱり絶叫しているわけで、当時はライヴと云えば女の子が絶叫する場だったのでしょうか。

ジョンによるデモ音源ではピアノの弾き語りなんですけれど、フォーモストは当然バンドで演奏していて、楽曲はサビの「I'M IN LOVE」がフェイドインしてきて、マイナーな曲調が♪シャラララウィー♪で「I'M IN LOVE」ときて、一転してメジャーになって無茶苦茶に上昇してから、またマイナーになり、キメの「I'M IN LOVE」へ進むと云う「レノン節」が全開です。正に1963年のジョンにしか書けない名曲で、コレはビートルズで正式にレコーディングしても良かったんじゃないでしょうか。「HELLO LITTLE GIRL」と「I'M IN LOVE」はレノン=マッカートニー作品だったフォーモストは、3作目はラス・アルキスト作の「A LITTLE LOVING」を全英6位と大ヒットさせて、脱・レノン=マッカートニー路線へと進むものの、不幸な事に1966年にギター&ヴォーカルのマイク・ミルワードが23歳の若さで白血病で亡くなり、何故か唐突に「HERE, THERE AND EVERYWHERE」をカヴァーしたりして、其の後もメンバー・チェンジを繰り返しますが、2024年の現在でもオリジナル・メンバーはいないのに活動中です。

(小島イコ)

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2024年08月17日

「雲霧仁左衛門」第一回、第二回(再)で内山理名ちゃん

「雲霧仁左衛門」ブルーレイBOX [Blu-ray]


時代劇専門チャンネル 9:00〜11:00

第一回「大盗賊の首領」
第二回「子分の破門」

内山理名 AS 七化けのお千代

「雲霧仁左衛門」第一作の第一回と第二回の、今年2回目の再放送です。其の後にシリーズ化されて、理名ちゃんは2013年の「雲霧仁左衛門」から2022年の「雲霧仁左衛門5」まで「七化けのお千代姐さん」を10年間演じて、当たり役のひとつとなりました。2023年に放送された「雲霧仁左衛門6」は京都を舞台にしていて、七化けのお千代姐さんを始めとした雲霧一党のレギュラー陣の多くが出演しなかったのですけれど、「雲霧仁左衛門7」には帰って来て欲しいです。やっぱり、お千代姐さんがいないと寂しいです。

本放送:2013年10月4日10月11日(NHK BSプレミアム)

(姫川未亜)

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「千鳥のクセがスゴいネタGP2時間SP」(再)



フジテレビONE 13:00〜14:25

那奈ちゃんの出演作の再放送は、ドラマや映画は小まめに追っている心算ですが、バラエティーに番宣で出ていた番組は追い切れていません。此の番組は那奈ちゃんがドラマ「彼女はキレイだった」の番宣もかねてマヂカルラブリーとコントに挑戦していたもので、つまりはもうすぐテレビに出なくなってしまう末期に本放送されています。何故にこの再放送に気付いたかと云うとですね、ゲストで長濱ねるちゃんが出ていて、ねるちゃんの名前で番組がサーチされていたからです。那奈ちゃんがテレビに出なくなって、もう3年も経つんですね。

本放送:2021年9月2日(フジテレビ、関西テレビ)

(小島イコ/姫川未亜)

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「雲霧仁左衛門2」第一回、第二回(再)で内山理名ちゃん



時代劇専門チャンネル 17:00〜19:00

第一回「新たなる戦い」
第二回「堕ちる」

内山理名 AS 七化けのお千代

「雲霧仁左衛門2」第一回と第二回の今年初めての再放送ですが、「黒の斜面」と理名ちゃんバッティングしています。前作の続きで雲霧仁左衛門と安部式部の対決が描かれますが、事実上は第七回からのスタートなので初回から急展開です。第一回では安部式部が理名ちゃんが演じる七化けのお千代姐さんのお株を奪ってお千代姐さんが慕っている盗賊に化けて、雲霧仁左衛門とお千代姐さんと面談し、正体がばれて雲霧一党と火付盗賊改の全面戦争となった結果、お千代姐さんは捕らえられてしまいます。安部式部は女だからと容赦はせず、お千代姐さんは激しい拷問を受けます。雲霧一党は安部式部の密偵であるお京を捕らえ、お千代姐さんとの人質交換をして助け出します。船に乗って「死ぬ覚悟でした」と云うお千代姐さんに、雲霧仁左衛門は「何も云うな」と優しく返し、お千代姐さんの忠誠心は益々深まるのでした。第二回では前作から金と女で安部式部を裏切って雲霧仁左衛門に情報を流していた与力の岡田が、安部式部に疑念を抱かれ雲霧一党の手下を斬ったものの、逆に裏切られた雲霧仁左衛門によって斬り捨てられる展開となっています。理名ちゃんが演じた七化けのお千代姐さんは、雲霧仁左衛門に盗みが終わってもついて行きたいとプロポーズするものの、雲霧仁左衛門に「それはならぬ」と袖にされる切ない場面があります。

本放送:2015年2月6日、2月13日(NHK BSプレミアム)

(姫川未亜)

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「黒の斜面」(再)で内山理名ちゃん

The Black Album


日本映画専門チャンネル 18:15〜20:10

内山理名 AS 川上妙子

「黒の斜面」の今年3回目の再放送ですが、「雲霧仁左衛門2」と理名ちゃんバッティングしています。理名ちゃんが演じた妙子(源氏名・あかり)は場末のスナックのホステスで、原田泰造さんが演じたサラリーマン・辻井の愛人です。物語は辻井が空港に現れた妙子のせいで飛行機に乗れず、其の飛行機が墜落して辻井は死んだ事になり、死人に口無しとばかりに殺人と横領の容疑者になってしまいます。檀れいさんが演じた辻井の妻の圭子は疑念を抱き、夫の生存と無実を信じて独自に調査してゆきます。妙子は理名ちゃんが演じた悪女役の中でも突出して憎たらしい役どころで、圭子の店に行って帽子を買ったり、事故被害者の合同葬にその帽子をかぶって現れたりして、圭子を挑発します。そして、一連の事件には妙子が大きく関わっていたと明かされてゆきます。本放送時の番宣では、理名ちゃんが「嫌いにならないで下さい」とお願いしていました。

本放送:2016年1月24日(テレビ朝日)

(姫川未亜/小島イコ)

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「ポールの道」#465「FAB4 GAVE AWAY」#09 「A WORLD WITHOUT LOVE」

ピーター・アンド・ゴードン・プラス(紙ジャケット仕様)


ビートルズ以外のミュージシャンにレノン=マッカートニーが提供した楽曲の中で、最も成功したのはピーター&ゴードンの「A WORLD WITHOUT LOVE(愛なき世界)」でしょう。1964年2月28日(英国・コロムビア)・同年4月27日(米国・キャピトル)にリリースされた「A WORLD WITHOUT LOVE」は、全英首位!全米首位!と大ヒットしています。レノン=マッカートニー名義の楽曲ですが、書いたのはポールです。平気でクズ曲を他人に提供してしまうポールが、何故にこんな名曲をピーター&ゴードンのデビュー・シングル用に渡したかと云うと、ピーター&ゴードンのピーターことピーター・アッシャーは、当時ポールの恋人であった女優のジェーン・アッシャーの実の兄だったからです。当時のポールは、アッシャー家に「マスオさん状態」で部屋を借りて同居していたのですから、公私混同です。B面の「IF I WERE YOU」は、ピーター&ゴードンの共作オリジナル曲ですが、A面が良過ぎます。

ポールはこの後もピーター&ゴードンには手抜きなしの名曲を何曲か書いてゆくのですけれど、やはり一発目の「A WORLD WITHOUT LOVE」はインパクトがありました。この曲は、ポールが1958年頃に書いたと云われていて、10代半ばでこれほどの名曲を書いていたポールはやはり天才です。ビートルズとしてのレコーディングはなくて、ポールによるデモ音源しか残っていません。義理の兄に名曲を提供して大ヒットさせる美談とも云えますし、初期のレノン=マッカートニーはアッシャー家の部屋でジョンとポールで顔を突き合わせて曲を書いていたとも云われています。ところが、後にポールはジェーン・アッシャーと婚約したのに、ジェーンの方から婚約破棄されています。その理由がですね、ジェーンが女優の仕事で海外へ行って自分の家に帰ってきたら、部屋のベッドでポールが別のおねえさん(リンダではない)とやっている最中だったからだと云われています。正に修羅場で、これぞ本当の「愛なき世界」です。

ピーター&ゴードンが1968年に解散した後に、ポールはピーターをアップルの重役として迎え入れたものの、ジェーンに婚約破棄されて、すぐにリンダと結婚する事になって、ピーターが不信感を持ったら、ピーターを窓際に追いやってしまい、ピーターはアップルを辞めてジェームス・テーラーと共に渡米して、ジェームス・テイラーやリンダ・ロンシュタットのプロデューサーとして大成功するのでした。つまり、ポールの女癖の悪さがなくて大人しくジェーンと結婚していたら、ジェームス・テイラーやリンダ・ロンシュタットの大成功はなかったかもしれないのです。まあ、そんな事を云い出したならば、ポールがリンダと結婚しなければウイングスもないし、ステラ・マッカートニーも生まれていないわけですけれどね。ポールは「A WORLD WITHOUT LOVE」について「ビートルズで演奏するにはイマイチだと思って、ピーター&ゴードンにあげたら、売れちゃったんだよ」などと云っています。ピーター&ゴードンの当時の人気は凄まじく、1965年にはビートルズよりも早く来日公演も行っています。

(小島イコ)

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2024年08月18日

「ポールの道」#466「FAB4 GAVE AWAY」#10 「ONE AND ONE IS TWO」



前回のピーター&ゴードンへポールが書いた「A WORLD WITHOUT LOVE(愛なき世界)」は名曲だと褒めましたが、つづく1964年5月8日に英国フィリップスからリリースされたザ・ストレンジャーズ・ウィズ・マイク・シャノンにポールが書いたレノン=マッカートニー作品である「ONE AND ONE IS TWO」は、ひとことで云って酷い出来栄えです。タイトルからして「1と1で2」って、小学生が書いた様な詞で、曲も滅茶苦茶です。ザ・ストレンジャーズ・ウィズ・マイク・シャノンはヒット曲が1曲もないB級バンドですが、だからと云って天下御免の「レノン=マッカートニー」作品としてこんな駄曲を提供してしまってよいのでしょうか。いやいや、ダメでしょう。案の定、チャート入りしていません。1964年にレノン=マッカートニー作品を提供されて売れないって、そりゃあ大変な事ですよ。

この曲は「ETERNAL GROOVES」からのハーフオフィシャル盤「LENNON & McCARTNEY SONGBOOK」に収録されているので、悪い事は云わないのでソレを買って聴いて下さい。ポールによるデモ音源も入っているし、「BAD TO ME」や「I'M IN LOVE」や「A WORLD WITHOUT LOVE」などの名曲も入っているので、こうしたポールの駄作が混じっていても「ま、仕方ないか」で済みます。ところが、ライナーノーツには「「ONE AND ONE IS TWO」で永遠に記憶されるバンドとなった」とか「ビートルズ・ファンに密かに人気があるこのポールの曲」とか「隠れた名曲「ONE AND ONE IS TWO」」などと持ち上げているのです。が、しかし、ちゃんと「稚拙な歌詞のせいか、ジョンは「ポールの駄作だ」と切り捨てています」と落としています。ヒット曲がないバンドなのでレアですが、それは売れなかっただけですし、B面の「TIME AND THE RIVER」は、ビートルズとは関係がない曲です。

あたくしは「ONE AND ONE IS TWO」がビートルズ・ファンに人気だなんて、このライナーノーツを読むまで知らなかったし、ジョンが云った通りに「ポールの駄作」だと思います。演奏もガチャガチャしていて下手っぴだし、ヴォーカルもジャイアン唱法で聴くに堪えず、リンゴのマネでもしている心算なのかもしれませんが、リンゴが素晴らしい歌手に思えるほどに下手です。1964年5月と云えば、ビートルズは全米制覇を成し遂げて、1964年4月4日の全米ビルボード・チャートで首位!から5位までを独占していたのです。同年7月10日には英国では3作目のアルバム「A HARD DAY'S NIGHT」をリリースして、全13曲全てがレノン=マッカートニー作のオリジナルだったのです。ところが、内訳はジョンが10曲でポールが3曲だったわけで、そりゃあポールが「ONE AND ONE IS TWO」みたいな曲ばっか書いていたんじゃ、そうなりますわなあ。

(小島イコ)

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2024年08月19日

「デスノート the Last name」

DEATH NOTE デスノート the Last name (スペシャルプライス版) [Blu-ray]


WOWOWプラス 21:15〜23:15

2006年公開作品

片瀬那奈 AS 高田清美

(公開:2006年11月3日、撮影:2006年6月2日〜7月31日)

「デスノート the Last name」の、なんとまあ、今年10回目の放送です。第1作から続けて放送されますが、完結編であるこちらは原作マンガとは大きく違った展開となり、那奈ちゃんが演じた高田清美も「第3のキラ」として原作マンガとは名前が同じなだけで全く違った役どころとなっています。原作マンガの複数のキャラクターから摘まんでいるものの、映画オリジナルのキャラクターと云える改変で、非常に印象的な役どころです。那奈ちゃんの銀幕デビュー作だと思われていますが、実は2001年の「冷静と情熱のあいだ」にカメオ出演しているので、こちらは2作目です。


(小島イコ/姫川未亜)

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「ポールの道」#467「FAB4 GAVE AWAY」#11 「NOBODY I KNOW」

Ultimate Collection


全英首位!全米首位!の特大ヒットとなったレノン=マッカートニー作品で実際にはポールが書いた「A WORLD WITHOUT LOVE(愛なき世界)」につづいて2作目のシングルとして、やはりレノン=マッカートニー作品でポールが書いた「NOBODY I KNOW(二人だけのパラダイス)」は、ビートルズとは関係がないB面の「YOU DON'T HAVE TO TELL ME(恋の嘘っぱち)」とのカップリングで、1964年5月29日に英国(EMI・コロムビア)、同年6月15日に米国(キャピトル)でリリースされました。このシングルは、全英10位・全米12位と「A WORLD WITHOUT LOVE」に比べれば低かったものの、充分にヒットしています。ポールは「A WORLD WITHOUT LOVE」が売れたので、思いっ切り二番煎じの曲を提供しています。ピーター&ゴードンは英国よりも米国で人気があったらしいのですけれど、ポールが書いたキャッチー過ぎる曲がウケたのでしょう。

とは云え、相手は義理の兄になるはずだったピーター・アッシャーなので、そこはポールも手抜きなしの佳曲を提供しています。ポールが書いたここまでの提供曲は、ビリー・J・クレイマー&ザ・ダコタスの「I'LL BE ON MY WAY」と、トミー・クイックリーの「TIP OF MY TONGUE」と、シラ・ブラックの「LOVE OF THE LOVED」と、ローリング・ストーンズの「I WANNA BE YOUR MAN」と、ビリー・J・クレイマー&ザ・ダコタスの「I'LL KEEP YOU SATISFIED」と、ピーター&ゴードンの「A WORLD WITHOUT LOVE」と、ザ・ストレンジャーズ・ウィズ・マイク・シャノンの「ONE AND ONE IS TWO」ときて、ピーター&ゴードンの「NOBODY I KNOW」なのですが、ビートルズがメジャー・デビューする前から演奏していた「I'LL BE ON MY WAY」や「LOVE OF THE LOVED」は、ビートルズでやるには些かお粗末だと云う事で提供曲に回されています。そう云う事を、ポールは自分で云ってしまうんですよ。

そして「TIP OF MY TONGUE」と「ONE AND ONE IS TWO」は、ズバリ云ってジョンが云った通りに「ポールの駄作」です。「I WANNA BE YOUR MAN」に関しては、セルフ・カヴァーもしているので、まあまあな出来栄えだと思ったのでしょう。それに比べて「I'LL KEEP YOU SATISFIED」や「A WORLD WITHOUT LOVE」や「NOBODY I KNOW」は出来が良くて、特に世紀の駄作「ONE AND ONE IS TWO」の前後にピーター&ゴードンへ提供した「A WORLD WITHOUT LOVE」と「NOBODY I KNOW」との落差は、ジェットコースター並みです。エヴァリー・ブラザーズを意識したデュオであるピーター&ゴードンへは、もろにエヴァリー・ブラザーズ風の楽曲を書いているのですが、♪NOBODY I KNOW〜♪と歌うとギターが♪ド、シ、ラ、ソ、ファ、ミ、レ、ド♪って合いの手を入れるんですから、ふざけています。ポールはこの技を後に本隊であるビートルズでも「HELLO GOODBYE」でやっていて、そっちではギターが♪ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド♪と合いの手を入れています。

(小島イコ)

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2024年08月20日

「ポールの道」#468「FAB4 GAVE AWAY」#12 「LIKE DREAMERS DO」

アップル・ジャックス


1963年には、ジョンもレノン=マッカートニー作品として「BAD TO ME」や「I CALL YOUR NAME」や「I'M IN LOVE」と云った佳曲を提供していたのですが、1964年になるとビートルズに専念したかったのか提供曲は書かなくなっています。その分、本隊であるビートルズに力を注ぎ、1964年7月10日リリースの英国では3作目のアルバム「A HARD DAY'S NIGHT」ではレノン=マッカートニー作品のオリジナルだけで全13曲を構成していて、其の内の10曲はジョン作で、ポールは3曲しか書いていません。故に、ポールはレノン=マッカートニー名義で1964年には曲を書いても提供曲に回していたのですけれど、どうにもこうにも提供曲の出来栄えに良し悪しの落差が大きくなってしまうのです。ピーター&ゴードンに書いた「A WORLD WITHOUT LOVE(愛なき世界)」や「NOBODY I KNOW(二人だけのパラダイス)」の様な名曲もあるものの、他は酷い曲も多いのです。

1964年6月5日(英国・デッカ)・同年7月6日(米国・ロンドン)にリリースされたアップルジャックスへの提供曲「LIKE DREAMERS DO」も、所謂ひとつの「ポールの駄作」です。この曲は、1962年1月1日に行われた「デッカ・オーディション」でビートルズが演奏していて、現在では「ANTHOLOGY 1」でビートルズ・ヴァージョンが聴けるのですけれど、ポールが♪あんあい、あいあいあいあーあああい、あいるびぜあ、うえいてぃんふぉゆゆゆゆゆゆ♪と歌う歌詞(AND I'LL BE THERE WAITING FOR YOU)が酷過ぎます。これじゃあ、はっぴいえんどの「春よ来い」も吃驚なのです。ポールはよくこう云う出鱈目な事をやっていて、歌詞が思いつかないと鼻歌で誤魔化してしまうのです。後の「YOUR MOTHER SHOULD KNOW」とか「MOTHER NATURE'S SON」などでもやらかしている得意技のひとつで、何となく聴いているとポールの寝ぼけ節にやられてしまうものの、つまりは歌詞が思いつかないから鼻歌にしているんですよ。

そんな駄曲を、自分たちを落としたデッカに所属していたアップルジャックスにやらせたのですから、底意地が悪いのです。アップルジャックスはベースが女性のミーガン・デイヴィスで、キンクスのレイ・デイヴィスとデイヴ・デイヴィスの妹だとか云われているのですけれど、真偽は不明です。アップルジャックスには既に「TELL ME WHEN」と云う全英7位まで上がったヒット曲があったのに、この「LIKE DREAMERS DO」はレノン=マッカートニー作なのに23位までしか上がっていません。デッカのミュージシャンになら、こんな駄曲でいいだろう、と思ったに違いないのです。B面の「EVERYBODY FALL DOWN」は、ビートルズ関連曲ではありません。「LIKE DREAMERS DO」は、「TIP OF MY TONGUE」や「ONE AND ONE IS TWO」と並ぶ「ポールのクズ曲」で、ピーター&ゴードンへの曲は勿論、1964年当時にビートルズで「AND I LOVE HER」と「CAN'T BUY ME LOVE」と「THINGS WE SAID TODAY」を書いた人と同一人物が書いたとは思えません。

(小島イコ)

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2024年08月21日

「ポールの道」#469「FAB4 GAVE AWAY」#13 「FROM A WINDOW」

Abbey Road 1963-1966


1964年になると、提供曲はポールが書いて、ジョンはビートルズに専念してゆきます。そのポールによる提供曲なんですけれど、明らかに駄作と佳曲の落差が大きくなってゆきます。ポールは「ビートルズで演奏するレベルに達していない曲を他人に回していた」などと平気で公言する様な「天然バカボン」なので、トミー・クイックリーの「TIP OF MY TONGUE」とか、シラ・ブラックの「LOVE OF THE LOVED」とか、ザ・ストレンジャー・ウィズ・マイク・シャノンの「ONE AND ONE IS TWO」とか、アップルジャックスの「LIKE DREAMERS DO」と云ったクズ曲も多いのです。そんな中で、ピーター&ゴードンには「A WORLD WITHOUT LOVE」や「NOBODY I KNOW」を、ビリー・J・クレイマー&ザ・ダコタスには「I'LL KEEP YOU SATISFIED」や今回取り上げる「FROM A WINDOW」と云った良い曲を提供しています。

ピーター&ゴードンは義理のアニキであるピーター・アッシャーがいたし、ビリー・J・クレイマーはブライアン・エプスタインのお気に入りだったのでクズ曲は回せなかったのでしょう。1964年7月17日(英国・パーロフォン)・同年8月12日(米国・インペリアル)にリリースされたビリー・J・クレイマー&ザ・ダコタスの5作目のシングル「FROM A WINDOW」は、ポール作の佳曲です。このシングルは全英10位まで上がるヒット曲となりますが、米国では23位でした。B面の「SECOND TO NONE」は、ビートルズ関連曲ではありません。この5作目のシングルを最後に、ビリー・J・クレイマーにはレノン=マッカートニー作品が与えられなくなりました。と申しますのも、1作目シングルが「DO YOU WANT TO KNOW A SECRET / I'LL BE ON MY WAY」で、2作目のシングルが「BAD TO ME / I CALL YOUR NAME」で、3作目のシングルが「I'LL KEEP YOU SATISFIED」で、5作目のシングルが「FROM A WINDOW」だったのです。

つまりは、余りにもレノン=マッカートニー作品頼みである事に悩んだビリー・J・クレイマーは、4作目のシングルをモート・シューマン作の「LITTLE CHILDREN」にしていて、それが全英首位!・全米7位と大ヒットしちゃったのです。それで、もうレノン=マッカートニー作品に頼らなくともやっていけると勘違いしてしまったわけですなあ。その結果、翌1965年から落ちぶれてゆき、ダコタスとも別れて、1966年にはパーロフォンも辞めちゃったのです。ピーター&ゴードンへの曲や、ビリー・J・クレイマーへの曲には佳曲も書いていたポールですが、だからと云ってそれらの曲がビートルズで演奏するレベルに達していたかどうかは疑問です。1964年7月10日リリースの英国では3作目のアルバム「A HARD DAY'S NIGHT」は全13曲がレノン=マッカートニー作のオリジナルですが、ジョンが10曲で、ポールは3曲しか書いていません。

ポールが書いたのは「AND I LOVE HER」と「CAN'T BUY ME LOVE」と「THINGS WE SAID TODAY」だけで、ジョンは「A HARD DAY'S NIGHT」、「I SHOULD HAVE KNOWN BETTER」、「IF I FELL」、「I'M HAPPY JUST TO DANCE WITH YOU」、「TELL ME WHY」、「ANY TIME AT ALL」、「I'LL CRY INSTEAD」、「WHEN I GET HOME」、「YOU CAN'T DO THAT」、「I'LL BE BACK」と10曲も書いています。「A HARD DAY'S NIGHT」は合作だと云う説もありますが、それなら「AND I LOVE HER」も合作なので、10対3の比率は変わりません。その13曲に、果たして「ONE AND ONE IS TWO」や「LIKE DREAMERS DO」は問題外として、「A WORLD WITHOUT LOVE」や「NOBODY I KNOW」や「FROM A WINDOW」などが対抗出来るでしょうか。アルバム「A HARD DAY'S NIGHT」は全13曲入りなので、もう1曲増やせたのに、EP「LONG TALL SALLY」全4曲入りも出したのに、ポールの駄作は収録されていないのが答えでしょう。

(小島イコ)

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2024年08月22日

「ポールの道」#470「FAB4 GAVE AWAY」#14 「IT'S FOR YOU」

Completely Cilla (1963-1973)


1963年9月27日に、英国・パーロフォンからポールが書いたレノン=マッカートニー作品である「LOVE OF THE LOVED」でデビューしたシラ・ブラックは、本名は「プリシラ・マリア・ヴェロニカ・ホワイト」と云います。ところが「マージー・ビート」紙でビル・ハリーが間違えて「シラ・ブラック」と紹介したので、それが芸名になってしまったのです。其の辺は、1960年代らしいいい加減さです。ビートルズの「公式の妹」として、マネジャーはブライアン・エプスタイン、プロデュースはサー・ジョージ・マーティンで、レノン=マッカートニー作品だった「LOVE OF THE LOVED」は、全英35位と微妙な成績だったので、やはりビートルズが演奏しないと売れないと云われたでしょう。しかしながら、翌1964年にリリースされたシラ・ブラックの2作目のシングル「ANYONE WHO HAD A HEART」も、3作目のシングル「YOU'RE MY WORLD」も、全英首位!の大ヒットとなりました。

勿論、マネジャーはブライアン・エプスタインで、プロデュースはサー・ジョージ・マーティンなので、これではポールが書いた「LOVE OF THE LOVED」がヘッポコ曲だったから売れなかったと断じてもよろしいでしょう。それで火がついたのか、1964年7月31日(英国・パーロフォン)、同年8月17日(米国・キャピトル)にリリースされたシラ・ブラックの4作目のシングル「IT'S FOR YOU」は、ポールの書き下ろしの提供曲(ポールによるデモ音源も残っている)のレノン=マッカートニー作品で、全英7位まで上がるヒット曲となっています。B面の「HE WON'T ASK ME」は、ビートルズ関連曲ではありません。ポールとしても、デビュー・シングルだった「LOVE OF THE LOVED」は1962年1月1日の「デッカ・オーディション」でビートルズでも演奏していた蔵出し曲だったので、其の後にシラ・ブラックが歌う曲が連続首位!と売れてしまったので焦ったのでしょう。

ワルツ調の楽曲「IT'S FOR YOU」は、一寸バート・バカラックに寄せすぎだとは思いますが、シラ・ブラックは2作目のシングル「ANYONE WHO HAD A HEART」や1966年には「ALFIE」と云ったバカラック作品を大ヒットさせているので、狙って書いたと思われます。そして「IT'S FOR YOU」がスゴイのは、そうしてポールが真面目にシラ・ブラックの為にヒットを念頭に置いて書いているところです。当然ながら、当時のビートルズでの作風とは異なっていて、こうした楽曲も書けるのがポールであって、1964年のビートルズでは圧倒的にジョンが優っていたのに、ポールは提供曲でじっくりと腕を磨いていて、それは後のビートルズでのポール大爆発!に繋がっています。尚、この曲のプロモ盤では、曲紹介をジョンが担当していて「綺麗な女の子が、綺麗な歌を歌うよ」とか云っています。

(小島イコ)

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2024年08月23日

「ドルチェ」(再)で内山理名ちゃん

ドルチェ (新潮文庫)


チャンネルNECO 19:10〜21:20

内山理名 AS 浜田知美

「ドルチェ」の、今年だけで早くも7回目の再放送です。理名ちゃんが演じた知美さんは汚れ役の風俗嬢で、殺人事件の容疑者となり自供までするものの、真犯人をかばって偽証している役どころです。重要な役どころなので、続けて再放送される「ドルチェ2」にも、理名ちゃんは回想シーンで登場します。

ところで、来週の火曜日(月曜日深夜)と水曜日(火曜日深夜)に、地上波のテレビ朝日で「匿名探偵2」の再放送があります。再放送とは云え、那奈ちゃんが演じた冴島響子が地上波で蘇ります。CSでも2019年以来再放送されていない「匿名探偵2」ですので、貴重です。

本放送:2012年10月12日(フジテレビ)

(姫川未亜/小島イコ)

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「ポールの道」#471「FAB4 GAVE AWAY」#15 「I DON'T WANT TO SEE YOU AGAIN」

Ultimate Peter & Gordon


ポールは女優のジェーン・アッシャーと交際して婚約したのに、其の間にも「YOU WON'T SEE ME」や「I'M LOOKING THROUGH YOU」や「FOR NO ONE」と云ったネガティブな曲を書いています。勿論、「AND I LOVE HER」や「HERE, THERE AND EVERYWHERE」と云った美しい愛の歌も書いてはいますが、どうやらポールは後にジェーンから婚約破棄されるのを予感していた感じもします。それは、つまりは身に覚えがあったからでしょう。前にも書いた通り、ポールはアッシャー家にマスオさん状態で同居していて、ジェーンがポールと婚約破棄したのは、女優の仕事が早く終わって家に帰ったら、自分のベッドでポールが他の女性(リンダではない)とセックスしていたからだと云われていて、婚約破棄後のポールはアッシャー家を追い出されて、新しい家の中を多数の女の子が裸で歩き回り、ポールを巡って掴み合いの喧嘩をしている様な修羅場だったそうです。そんなポールもリンダと知り合って(ポールがわざとぶつかって口説いた)からは、リンダ一筋となって、一緒にいなかった夜は、1980年1月に日本で逮捕されたポールが牢屋にいた時だけだったそうです。

ジェーン・アッシャーの実の兄であるピーター・アッシャーが在籍していた二人組のデュオであるピーター&ゴードンには、ジェーンと交際している内には「A WORLD WITHOUT LOVE(愛なき世界)」や「NOBODY I KNOW(二人だけのパラダイス)」と云った佳曲を提供していたポールですが、1964年9月11日(英国・EMI・コロムビア)、同年9月21日(米国・キャピトル)にリリースされたシングル「I DON'T WANT TO SEE YOU AGAIN(逢いたくないさ)」も、ポールが書いた第3弾で、「愛なき世界」の二番煎じであった「二人だけのパラダイス」のこれまた三番煎じが「逢いたくないさ」です。「I DON'T WANT TO SEE YOU AGAIN」は、英国では余り売れなかったものの、米国では全米16位まで上がっています。ピーター&ゴードンは本国である英国よりも米国での人気が高く、「エド・サリヴァン・ショー」にも出演しています。B面の「I WOULD BUY YOU PRESENT」は、ビートルズ関連曲ではありませんが、何だか「CAN'T BUY ME LOVE」を連想します。

レノン=マッカートニーが他人に曲を書いていたのは、1963年と1964年が圧倒的に多くて、しかもジョンは1963年で書くのを止めてしまったので、1964年にはポールだけが提供曲を担当していました。其の辺の内幕は、後に判明した事実で、当時はレノン=マッカートニーは全てがジョンとポールの合作だと思われていたし、バカな日本人評論家は「詞がジョンで、曲はポール」などと云う出鱈目な事を云っていました。1964年になってジョンが提供曲を書かなくなったのは、ビートルズが忙しかったからで、アルバム「A HARD DAY'S NIGHT」は全13曲中10曲もジョンが書いています。ピーター&ゴードンにポールが書いた提供曲は佳作揃いではありますが、だからと云ってビートルズで演奏するレベルの曲ではない、とポール自身が云っています。だから、そう云う事を自分で云ってしまうのがポールと云う人なので、まわりの連中も自分と同じ様にそうしているだろうと思っているのもポールなのです。「I DON'T WANT TO SEE YOU AGAIN」のプロモ盤ではポールが曲紹介していて、「ジョンと僕が書いた良い曲だよ!」とか自画自賛しています。

(小島イコ)

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2024年08月24日

「299万アクセスのスタンド・バック」



当ブログのアクセス数が、299万を超えました。今後とも、何卒宜しくお願い致します。

(小島イコ/姫川未亜)

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「雲霧仁左衛門」第三回、第四回(再)で内山理名ちゃん

「雲霧仁左衛門」ブルーレイBOX [Blu-ray]


時代劇専門チャンネル 9:00〜11:00

第三回「哀しき妹」
第四回「新たな盗み」

内山理名 AS 七化けのお千代

「雲霧仁左衛門」第三回と第四回の、今年2回目の再放送です。第三回ではサブタイトル通りに、雲霧一党の六之助の妹が登場します。しかしそれは安部式部が派遣した偽者で、正体がばれて六之助の目の前で自害してしまう哀しいお話です。第四回では、理名ちゃんが演じた七化けのお千代姐さんが公家の後家に化けて松屋に潜入します。全六回と短いシリーズなので、もう中盤です。

本放送:2013年10月18日10月25日(NHK BSプレミアム)

(姫川未亜)

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「雲霧仁左衛門2」第三回、第四回(再)で内山理名ちゃん



時代劇専門チャンネル 17:00〜19:00

第三回「盗人の純情」
第四回「生き別れた娘」

内山理名 AS 七化けのお千代

「雲霧仁左衛門2」第三回と第四回の、今年初めての再放送です。第三回では、雲霧一党の富の市に敵対盗賊組織のおかねが近づきます。おかねがスパイだと発覚しますが、冨の市は愛情が湧いていて殺す事が出来ません。そこで海岸で雲霧仁左衛門が自らおかねを斬ろうとして、冨の市が身代わりに斬られると命乞いをして、おかねは雲霧一党に入る事で許されます。理名ちゃんが演じる七化けのお千代姐さんは、「色恋に歳は関係ないですよ」と二人の仲を見抜いたり、海岸で雲霧仁左衛門に刀を渡したり、許されたおかねに手拭いを渡したりと、要所要所で出番があります。

第四回では、雲霧一党の木鼠の吉五郎の生き別れた娘と思われるおひさが登場します。しかし其れは敵対盗賊組織が企んだ芝居で、雲霧仁左衛門たち雲霧一党は敵対盗賊組織を一網打尽にして、おひさも助けます。「家族をも犠牲にしても守る、其れが盗人の掟!」と啖呵を切る吉五郎の見せ場もあります。理名ちゃんが演じた七化けのお千代姐さんは、遊女に化けて敵対盗賊組織殲滅に協力しています。ところで、お千代姐さんは少女時代に雲霧仁左衛門から財布をスリ取ろうとして、それがキッカケで雲霧一党に入って七化けなどの技を仕込まれていて、雲霧仁左衛門もかなりヤバイ奴です。

本放送:2015年2月20日、2月27日(NHK BSプレミアム)

(姫川未亜)

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「ポールの道」#472「FAB4 GAVE AWAY」#16 「THAT MEANS A LOT」

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1963年には「BAD TO ME」や「I CALL YOUR NAME」や「I’M IN LOVE」と云った傑作を提供していたジョンですが、1964年になるとビートルズが忙しくなって他人に曲を書いている暇などなくなりました。1964年7月10日にリリースされたビートルズの3作目のアルバム「A HARD DAY'S NIGHT」は全13曲がレノン=マッカートニー作のオリジナルでしたが、ジョンが10曲でポールは3曲しか書いていません。その分、ポールは1964年になっても提供曲を書いてはいるものの、ポール曰く「ビートルズで演奏するレベルに達していない曲を、他人に回していた」なのです。中にはピーター&ゴードンに書いた「A WORLD WITHOUT LOVE(愛なき世界)」や「NOBODY I KNOW(二人だけのパラダイス)」や「I DON'T WANT TO SEE YOU AGAIN(逢いたくないさ)」の様な佳曲もあるものの、「ONE AND ONE IS TWO」とか「TIP OF MY TONGUE」と云ったタイトルを聞いただけで、ダメだこりゃ、な駄作も多いのです。

1964年12月4日にリリースされたビートルズの4作目のアルバム「BEATLES FOR SALE」は、過酷なツアーやテレビやラジオ出演をこなしながらの制作だった為に、レノン=マッカートニー作のオリジナルは8曲で、残りの6曲はカヴァーでした。そのオリジナルも、ジョン作の「NO REPLY」はトミー・クイックリーへの提供曲の予定をビートルズで演奏してしまったり、ポール作の「I'LL FOLLOW THE SUN」は16歳の頃に書いた蔵出しだったりして、全く余裕がなくなっていました。だからと云って他人に回した「ポールの駄作」をビートルズでやるわけにもいかなかったのです。リンゴ用の曲まで一旦はボツにして、別の曲をレコーディングし直していたのですからね。其の辺を考えると、1965年9月17日(英国・リバティー・B面は「MY PRAYER」)、同年7月5日(米国・リバティー・B面は「LET THE WATER RUN DOWN」)にリリースされたP.J.プロビーへの提供曲となった「THAT MEANS A LOT」が悪い例でしょう。ビートルズによるボツ音源は、現在では「ANTHOLOGY 2」で聴けますが、酷いもんです。

このポールが書いた駄作「THAT MEANS A LOT」は、1965年8月6日にリリースされたビートルズの5作目のアルバム「HELP!」のセッションで、何度も繰り返して演奏された挙句の果てに、ボツになった楽曲です。ポールの悪い癖で、どうしようもない駄作に執着して、他の3人やサー・ジョージ・マーティンにも呆れられる、いつものパターンです。例えばデビュー・アルバム「PLEASE PLEASE ME with Love Me Do and 12 other songs」でボツになった「HOLD ME TIGHT」と云う駄作を、リメイクして2作目のアルバム「WITH THE BEATLES」に収録しちゃったとか、毎度お馴染みのパターンです。駄作「HOLD ME TIGHT」はフィル・スペクターがプロデュースしてトレジャーズがカヴァーしていて、それを元にして大瀧師匠が名曲「白い港」にしちゃったから何がどうなるかは分かりません。しかし「THAT MEANS A LOT」にはそんなドラマもなく、P.J.プロビー盤は全英24位、全米ではチャート入りしていません。アルバム「HELP!」には、ご存知の通り「YESTERDAY」が収録されているのですが、同じ人が書いたとは思えません。

(小島イコ)

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2024年08月25日

「HK/変態仮面」



MONDO TV 12:00〜14:00

2013年公開作品(2013年4月13日公開)

片瀬那奈 AS 色丞魔喜

「HK/変態仮面」の、今年なんと、13回目の放送です。那奈ちゃんが演じたのは、変態仮面の母親でSMの女王様です。日曜日の真昼間に放送する様な内容ではないと思いますし、8ヶ月で13回は流石に多いです。こないだ「シン・仮面ライダー」をテレビでやっていたので観たら、怪人(オーグ)が次々に登場する展開が「変態仮面」と同じで、爆笑してしまいました。アレは明らかに笑わせにかかっていて、シリアスなのかコメディーなのか分からなかったです。それから、庵野監督は何を撮っても「ヱヴァンゲリヲン」だと思いました。

(小島イコ/姫川未亜)

posted by 栗 at 14:00| ACTRESS | 更新情報をチェックする