1989年から1990年までの「ワールド・ツアー(ゲット・バック・ツアー)」を大成功させて、103回にも及ぶショーから厳選したアナログ3枚組・CD2枚組で全37曲入りのライヴ盤「TRIPPING THE LIVE FANTASTIC」を1990年11月5日にMPL/パーロフォンからリリースしたポール・マッカートニーは、全17曲入りのダイジェスト盤CD1枚の「TRIPPING THE LIVE FANTASTIC:HIGHLIGHTS!」と全12曲入りのアナログ盤もリリースしました。ダイジェスト盤は、どちらも些かビートルズ・ナンバーばかり選曲されているのですが、米国フォーク・ソングのカヴァーである「ALL MY TRIALS」はダイジェスト盤にしか収録されていません。そう云う小技を、ポールはよくやるわけですけれど、流石に1曲の為にライヴ盤を2度買いさせるのは酷いと考えたのか、ソノ地味な「ALL MY TRIALS」を1990年11月26日と12月3日にシングル・カットしてリリースしています。
7インチ盤はA面が1989年10月27日のミラノ公演からの「ALL MY TRIALS」で、B面がアルバム未収録の「C MOON」となっていて、此の「C MOON」のライヴは1989年10月26日のミラノ公演のサウンドチェック音源で、1990年と1991年に欧州諸国や日本でシングル・カットされた「THE LONG AND WINDING ROAD」にも収録されています。故に「THE 7‘’ SINGLES BOX」の配信音源では重複するのでカットされています。12インチ盤には1990年6月23日のグラスゴー公演からのアルバム未収録曲「MULL OF KINTYRE」と、1989年9月28日のイェーテボリ公演からのアルバム収録曲「PUT IT THERE」が収録されています。黒いジャケットのCDシングルにも、12インチと同じ4曲が収録されています。「C MOON」は「第2期ウイングス」時代のシングル「HI, HI, HI」のB面が初出で、「MULL OF KINTYRE」は1977年の「第5.75期ウイングス」による特大ヒット・シングルが初出で、「PUT IT THERE」は1989年のアルバム「FLOWERS IN THE DIRT」に収録されてシングル・カットもされています。
ところが、此のシングルCDは白いジャケットで第2版が出ていて、そちらには「ALL MY TRIALS」と「C MOON」に加えて、1990年6月28日のリバプール公演のみで披露された「STRAWBERRY FIELDS FOREVER〜HELP!〜GIVE PEACE A CHANCE」と云う、通称「ジョン・レノン・メドレー」が収録されているのです。アルバムには未収録だし、コレを単なるシングルのカップリングにしてしまうポールの感覚は分かりません。リバプール公演でしか演奏すらしていないわけで、そりゃあ地元は大騒ぎになった(映像作品「GOING HOME」に収録されているので観れる)のですけれど、コレをセットリストに加えていたならば「GOLDEN SLUMBERS / CARRY THAT WEIGHT / THE END」と同等か、いや、ソレ以上に盛り上がったのは確実ですし、何で「ALL MY TRIALS」がA面で「ジョン・レノン・メドレー」が単なるカップリングなのか、全く理解不能です。そもそもビートルズのアルバム「ABBEY ROAD」からのメドレーも、リハーサルで何となく演奏したらエンジニアが感動して号泣したのでセットリストに加えたと云われていて、ポールは自分を過小評価し過ぎなのです。
更に云えば此の頃に「LET IT BE」をライヴで演奏していたら、観客席の父と娘が肩を抱き合って泣いているのが目に入って「自分は人を感動させる仕事をしているんだなあ」と初めて気が付いたと云うのですから、全くもって天然バカボンです。「STRAWBERRY FIELDS FOREVER」はビートルズの1967年のシングルが初出で、「HELP!」はビートルズの1965年のシングルが初出で、どちらも「レノン=マッカートニー」作ですが、実質的にはジョンが単独で書いた楽曲です。「GIVE PEACE A CHANCE」はプラスティック・オノ・バンドの1969年のシングルが初出で、こちらも以前は「レノン=マッカートニー」作になっていて、近年にジョンの単独作になった楽曲です。此の頃からポールは、かつて自分が創造したビートルズを再評価ではなく、初めて正当に評価する様になったので、こうしてビートルズ・ナンバーも多くライヴで披露する様になったし、ジョンやジョージが書いた曲までライヴで披露する様になったのです。かつて「第2期ウイングス」時代には頑なにビートルズ・ナンバーをライヴで演奏しなかったポールですけれど、ソレは「ビートルズに大した曲はない」と思っていたからなのかもしれません。「THE 7‘’ SINGLES BOX」では53枚目で、英国盤のピクチャー・スリーヴで復刻されています。
(小島イコ)