1980年5月にリリースされたポール・マッカートニーの2作目のソロ・アルバム「McCARTNEY U」からは、第1弾の「COMING UP」(全英2位)と第2弾の「WATERFALLS」(全英9位)がシングル・カットされて、英国では共に大ヒットしました。しかしながら、米国では「COMING UP」のウイングスとしてのライヴ・ヴァージョンが首位!になって、「WATERFALLS」は106位と低迷しています。後追いでポールのファンになった方々は、1979年リリースのアルバム「BACK TO THE EGG」を最後にウイングスは解散して、1980年リリースのアルバム「McCARTNEY U」から新たなるポールのソロ活動が始まったと思っているかもしれません。確かに、大雑把に見ればその通りではあるものの、1980年にアルバム「McCARTNEY U」をリリースした頃には、ポールはまだウイングスを諦めてはいなかったのです。ソレは、シングル「COMING UP」で、ソロ・ヴァージョンだけではなくウイングスでのライヴ音源もカップリングした事でも明らかです。
更に云えば、翌1981年にリリースされたリンゴ・スターのソロ・アルバム「STOP AND SMELL THE ROSES(バラの香りを)」にポールは楽曲を提供して参加しているのですが、1980年7月に行われたフランスでのレコーディングには、ポール&リンダ・マッカートニーと共に「第7期ウイングス」のリード・ギタリストであるローレンス・ジューバーがポールの要請で参加しています。そして、同年8月にはポールはデニー・レインとデモ・レコーディングを開始して、同年10月にはソレを元にして「第7期ウイングス」の5人でリハーサルを行っています。ソレが後に1982年にリリースされるポールのソロ名義での3作目のアルバム「TUG OF WAR」の始まりだったわけです。つまり、アルバム「TUG OF WAR」は、当初は「ウイングスの8作目のアルバム」として構想されていたわけです。翌1981年1月には未発表曲集「COLD CUTS」用に「第7期ウイングス」でオーバーダビングをしています。ウイングスの終焉は、1981年4月27日にデニー・レインが脱退宣言をした事で決定的になったものの、ポールは明確な解散宣言をしていないので、自然消滅しています。
さて、アルバム「McCARTNEY U」からは、英国のみで1980年9月15日に「TEMPORARY SECRETARY / SECRET FRIEND」が2万5千枚限定の12インチ・シングル盤でリリースされています。作詞作曲はポールの単独で、演奏も歌も全てがポールによる多重録音によるシングル両面で、「TEMPORARY SECRETARY」はアルバムでは「COMING UP」につづくA面2曲目でした。大ヒット曲「COMING UP」に釣られてアルバムを買った方々は、此の2曲目の奇妙奇天烈なテクノ・ポップからの流れに大いに困惑させられる事態となったのです。ポールは2010年代中頃のライヴで披露していて、何で此の曲を?と思ったものです。B面の「SECRET FRIEND」は、12インチ・シングルでは「10分30秒」もあるハウスで、アルバムには未収録曲でしたが、後にアルバム「McCARTNEY U」の「ザ・ポール・マッカートニー・コレクション」や「アーカイヴ・コレクション」のボーナス・トラックとして収録されています。後々に「THE FIREMAN」などでやらかす「アンビエント・ハウス」を、1979年に既にポールはやっていたわけで、心底、怖ろしい奴ですなあ。ポールが「天才」と云われるのは、シレっとこう云うトンデモな楽曲をシングルB面に入れてしまうからなのです。
アルバム「McCARTNEY U」の「アーカイヴ・コレクション」には、此の「SECRET FRIEND」だけではなく、「FULL LENGTH VERSION」として長尺な編集前の楽曲が多く収録されていて、おそらく、ポールは「テクノ」や「ハウス」の手法でのそれらの長尺ヴァージョンを収録した2枚組を構想していたのでしょう。ところが、やはりと云うか、当然ながらレコード会社に反対されたので、1枚にまとめなければならなくなってしまい、些か中途半端なアルバムとなってしまったわけですよ。いずれにせよ、此のアルバムをリリースした段階では、ポールはウイングスを諦めてはいなかったので、ウイングスでの「BACK TO THE EGG」よりも宅録の方が売れてしまった事実には困ったちゃんになって、遂に伝家の宝刀であるサー・ジョージ・マーティンに「ウイングス再生」を頼む事となるのでした。12インチ盤のみだったので、「THE 7‘’ SINGLES BOX」では32枚目で、新たに7インチ盤として小さくなったピクチャー・スリーヴで加わっていますが、やはり「SECRET FRIEND」は短縮版ではなく、オリジナルの「10分30秒」で聴くべきでしょう。
(小島イコ)