1979年6月にリリースされたポール・マッカートニーが率いるウイングスの7作目のオリジナル・スタジオ・アルバム「BACK TO THE EGG」からは、英米で別々のカップリングでシングル・カットされていて、英国では第1弾が「OLD SIAM, SIR / SPIN IT ON」と尖がった2曲で、第2弾が「GETTING CLOSER / BABY'S REQUEST」だったのに対して、米国では第1弾が「GETTING CLOSER / SPIN IT ON」で第2弾が「ARROW THROUGH ME / OLD SIAM, SIR」でした。欧州各国や日本では米国でのシングル・カットに準じていて、「THE 7‘’ SINGLES BOX」では英国でのシングル・カットに準じているので、26枚目が「OLD SIAM, SIR / SPIN IT ON」で27枚目が「GETTING CLOSER / BABY'S REQUEST」となっています。ところが、ところがですよ、28枚目には「OLD SIAM, SIR」がダブってしまうにも関わらず「ARROW THROUGH ME / OLD SIAM, SIR」が、しかも日本盤のピクチャー・スリーヴで復刻されているのです。「来日記念盤」と「遂に来日が実現したポール・マッカートニー&ウイングスの歴史的最新シングル!」と書かれております。
此のカップリングは、米国では1979年8月14日にコロムビアからリリースされているのですが、日本では翌1980年1月20日に「来日記念盤」として東芝EMIからリリースされています。其の時にポールは何をしていたのかと云うとですね、なんと、まあ、1980年1月16日に確かに来日はしたものの、成田空港の税関で大麻不法所持の現行犯で逮捕されて、9日間拘留されていたので、つまり、此の来日記念盤が出た日には日本の刑務所の中に居たのです。「THE 7‘’ SINGLES BOX」がリリースされたのは2022年12月2日ですから、40年以上も昔の出来事ではあるものの、わざわざ「来日記念盤」の日本盤で復刻している辺りが、天然バカボンのポールらしいところですし、40年以上も前の事を、逆にポールは根に持っているんじゃないでしょうか。大体、大麻を持ち込みたかったのならば、普通は自分の鞄になんか入れずに、スタッフの誰かに頼むんじゃないでしょうか。1975年11月に来日中止になったのも大麻絡みだったのですから、日本では厳しいと認識していたはずなのです。でも、まあ、ポールは「サー」になった時にも「大麻を合法化しろ」などと云っていたので、大麻が悪いとは全く思ってはいないのでしょう。
ソレにしたって日本では御法度なのは分かっていたはずなのに、何故かポールは自分で堂々と持って税関に来たんですから、捕まえてくれと云わんばかりの行動でした。どうやら此の時の公演は、まだリハーサルもキチンと出来ていなくて、来日してからリハーサルをやる突貫工事になる予定だったそうで、ポールは来日公演をやりたくなくて、わざと自分で大麻を持って逮捕されて全公演中止にしたかったのではないのか、とまで云われている「謎の事件」なのです。前年1979年11月から12月には「第7期ウイングス」で英国ツアーをやって、年末には「カンボジア難民救済コンサート」にもトリで「第7期ウイングス」と「ロケストラ」で出演しているわけで、ソレに沿った内容ならば来日公演用に新たにリハーサルなどする必要はないわけで、つまり、新たなセットリストで来日公演をやる心算だったわけですが、ポールはイマイチ気が乗らなかったのでしょう。来日公演は全公演完売していたものの全て中止になり、其の後のウイングスとしてのライヴ予定も全てキャンセルされたので、結果的に1979年で「第7期ウイングス」どころか「ウイングス」は終わってしまうのでした。
さて、そんな曰く付きな「来日記念盤」シングルですけれど、前述の通りこちらではB面となった「OLD SIAM, SIR」が26枚目のA面とダブっています。こう云うダブリがあるので、ブートレグ9枚組では「SINGLES : 80 TRACKS : 159」となっているのかもしれません。其のブートレグでは此のシングルから4枚目となっていて、最初が「ARROW THROUGH ME」と云うのは、かなり新鮮です。「ARROW THROUGH ME」は、隠れた名曲とも云える佳曲(2016年のベスト盤「PURE McCARTNEY」に選曲されたものの、ポールはレコーディングしてから1度も聴き返した事がなかったと云っている)で、レコーディングは、ポール・マッカートニー(リード・ヴォーカル、エレクトリック・ピアノ、シンセサイザー)、スティーヴ・ホリー(ドラムス、フレクサトーン)と「第7期ウイングス」からは二人だけの参加で、ホーン隊で、ハウイー・ケイシー、サディアス・リチャード、スティーブ・ハワード、トニー・ドーシーの4人が加わっています。まあ、ウイングスと云うよりも、ポールのソロですなあ。アルバムではA面の最後が「OLD SIAM, SIR」から「ARROW THROUGH ME」となっていて、ハード・ロック調でパンク風味もある「OLD SIAM, SIR」とソウルフルなロッカバラッドの「ARROW THROUGH ME」の2曲は、楽曲のタイプは全く違うものの、おそらく狙っているイントロは同じです。
(小島イコ)