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2024年04月03日

「ポールの道」#239「THE 7‘’ SINGLES BOX」#05「GIVE IRELAND BACK TO THE IRISH / GIVE IRELAND BACK TO THE IRISH(VERSION)」



1971年8月3日にウイングスの結成を発表したポール・マッカートニーは、同年7月25日から8月2日の10日足らずでほとんどが一発録りでのデビュー・アルバム「WILD LIFE」を12月3日にリリースしてしまいました。1971年5月にリリースしたポール&リンダ・マッカートニー名義のアルバム「RAM」が評論家の酷評にもめげずにロングセラーを続けていたのに、そしてバンドにはまだリード・ギタリストが不在だったのに、ポールはバンド結成の初期衝動のみで、またしても問題作を世に問うてしまい、待ってましたとばかりに評論家は酷評すると云う、お馴染みの展開となったのです。1970年代となって、ビートルズは解散して、ジョージ・ハリスンとジョン・レノンとついでにリンゴ・スターのアルバムは評論家からも好意的に迎えられたのに、最もビートルズを愛して、最もビートルズに近いと云うかビートルズそのまんまであるポール・マッカートニーだけが貶されていたのです。

ポール・マッカートニーの音楽とは、即ちビートルズなわけで、つまり評論家は「ビートルズは終わった」と書きたかったのでポールを貶したのです。ジョージはビートルズ時代にアルバムに2曲か3曲しか取り上げてもらえなかったので、1970年リリースのアナログ3枚組のアルバム「ALL THINGS MUST PASS」は「ビートルズ時代のジョージ」が爆発したわけで、そのまんま「脱ビートルズ」だったし、ジョンは1970年リリースのアルバム「JOHN LENNON / PLASTIC ONO BAND(ジョンの魂)」でハッキリと「ビートルズを信じない、夢は終わった」と云い切ってしまったので、評論家はそっちに乗ったわけですなあ。ビートルズそのものであるポールを貶すのは、ビートルズを先頭とした1960年代のロックを否定する事とイコールなので、ポールは何をやっても貶されたのです。「第1期ウイングス」での唯一のアルバム「WILD LIFE」は、ジャケットから内容まで完全にアルバム「ジョンの魂」と同じ方向を向いているのですが、ジョンがやれば正義で、ポールがやれば悪とされたのです。

もうね、何をやっても評論家は「ポール、やってんなあ」と冷ややかな目で見て居たのです。ソコで、ポールは前回の「LOVE IS STRANGE(SINGLE EDIT)/ I AM YOUR SINGER」をシングル・カットしようと実際にテスト盤まで作ったのですが、もうリード・ギタリストとしてヘンリー・マカロックをメンバーに加えて「第2期ウイングス」となっていたのに、ソノ前の音源をシングルで出すと云うのはヘンリーは面白くなかったでしょう。ところが、1972年1月30日にアイルランドで「血の日曜日事件(北アイルランドのロンドンデリーで非武装の市民権デモ隊にイギリス軍が発砲し13人が死亡)」が起こり、ポールは翌1月31日にすぐに「GIVE IRELAND BACK TO THE IRISH(アイルランドに平和を)」を書いて、翌々日の同年2月1日にはレコーディングして、同年2月25日にアップルから速攻でリリースする事になり、ウイングス名義のデビュー・シングルとなったわけです。作詞作曲は「マッカートニー&マッカートニー(ポール&リンダ)」で、両面共にアルバム未収録曲でしたが、現在ではアルバム「WILD LIFE」の「アーカイヴ・コレクション」にボーナス・トラックとして収録されています。

ジョンも此の事件には憤慨して、同年9月にリリースしたアルバム「SOMETIME IN NEW YORK CITY」収録の「SUNDAY BLOODY SUNDAY」と「THE LUCK OF THE IRISH」を書いていて、ポールの「GIVE IRELAND BACK TO THE IRISH」に対しては「詞が幼稚」と酷評していますが、一方で盟友ポールの心意気には肯定してもいます。プロテスト・ソングに関しては、既に「GIVE PEACE A CHANCE」や「POWER TO THE PEOPLE」などを発表していたジョンは、自分の得意技と思っていたでしょうから、何だか呑気な曲で中学生が書いた様な単純な詞のウイングスを鼻で笑ったのでしょう。しかしながら、ポールの純粋な気持ちは、後の「9・11」での行動にも表れています。と云うわけで「THE 7‘’ SINGLES BOX」の5枚目はコレで、英国盤仕様の復刻なのでピクチャー・スリーヴはなくて、黄色のウイングス仕様の内袋に入っていて、クローバー模様のレーベルです。B面の「GIVE IRELAND BACK TO THE IRISH(VERSION)」は、A面のインストゥルメンタルですが、単なるカラオケではなくて別テイクで、インスト曲の「VERSION」はジャマイカのシングルをマネした表記です。

レコーディング・メンバーは、ポール・マッカートニー(ヴォーカル、ベースギター、エレキ・ギター)、リンダ・マッカートニー(バッキング・ヴォーカル、キーボード)、デニー・レイン(バッキング・ヴォーカル、エレキ・ギター)、ヘンリー・マカロック(エレキ・ギター)、デニー・シーウェル(ドラムス)で、ヘンリーも加わった「第2期ウイングス」です。「GIVE IRELAND BACK TO THE IRISH」は、放送禁止曲にもめげず、全英16位・全米21位で、アイルランドとスペインと日本の洋楽チャートでは首位となっています。個人的には、ポール、リンダ、二人のデニー、ヘンリーの5人による「第2期ウイングス」が、バンドとしての緊張感があって、カヴァー曲である「LONG TALL SALLY」以外は「一切ビートルズ・ナンバーをセットリストに加えずに、ドサ回りをして、新曲ばかり演奏していたライヴ」も含めて、非常に前向きで前のめりで良いなあ、と思っています。

(小島イコ)

posted by 栗 at 23:00| FAB4 | 更新情報をチェックする

「大奥〜華の乱〜」第九話、第十話(最終話)(再)で内山理名ちゃん



フジテレビTWO 3:40〜5:30

第九話「遺言」
第十話(最終話)「乱心」

内山理名(主演) AS 安子

「大奥〜華の乱〜」第九話と第十話(最終話)の、今年4回目の再放送です。本放送時には最終回の翌週に2時間スペシャルが放送されていて、本編よりも前の話が描かれていて、伏線回収もしていました。故に、何故か終盤になって覚醒して「生まれ変わったら花になりたい」などと云った上様の死で終わるのではなく、生き残った柳沢の其の後と過去が分かる続編でした。そちらでは、理名ちゃんは二役を演じています。

本放送:2005年12月15日、12月22日(フジテレビ)

(姫川未亜/小島イコ)

posted by 栗 at 05:30| RINA | 更新情報をチェックする