1971年5月にリリースしたポール&リンダ・マッカートニー名義のアルバム「RAM」が、へっぽこ評論家の酷評にもめげずにロングセラーとなっていた同年8月3日に、ポールは愛妻リンダと、アルバム「RAM」でも叩いているドラマーのデニー・シーウェルと、元・ムーディー・ブルースのマルチプレイヤーであるデニー・レインを加えた4人で、新たなるバンドの結成を発表しました。そして、既に同年7月25日から8月2日までの10日間足らず(ベーシック・トラックはたったの3日と云われている)でレコーディングして、同年12月7日にはデビュー・アルバム「WILD LIFE」をリリースしてしまったのです。当時のリンダは妊娠していて、同年9月13日に難産の末に後に世界的なデザイナーとなるステラ・マッカートニーが誕生して、出産に付き添っていたポールは誕生したステラに天使の羽が生えていると感じて「WINGS(ウイングス)」と云うバンド名を思い付いて、ソレが後々まで紆余曲折があるバンド名となったのでした。
前述の通りに身重であったリンダは、ソレ以前にミュージシャンとしてはド素人だったので、主にヴォーカルでの参加で、演奏はポールと二人のデニーによる3ピースで、しかも「ボブ・ディランをマネした」とポールが語る短期集中でのレコーディングで、全8曲中5曲は一発録りだったので、もうコレもリリース当時はアホな評論家から滅茶苦茶に酷評されました。しかし、ジョン・レノンからは「いいね。悪くないよ。あいつはいい方向に進んでいる。」と高評価されたのですから、ポールにとっては「ジョンの言葉こそはすべて」だったでしょう。そして、「THE 7‘’ SINGLES BOX」の4枚目はアルバム「WILD LIFE」からシングル・カットを予定していた「LOVE IS STRANGE(SINGLE EDIT)/ I AM YOUR SINGER」が、新作7インチ・シングル盤として収録されています。アルバム「RAM」から日本などでシングル・カットされた「出ておいでよ、お嬢さん(EAT AT HOME)/ スマイル・アウェイ(SMILE AWAY)」は無視されて、こちらが新たに制作されたのです。
此のシングルは実際にテスト盤まで作られていて、現在ではアルバム「WILD LIFE」の「アーカイヴ・コレクション」で「LOVE IS STRANGE」のシングル・ヴァージョンも聴く事が出来ます。わざわざシングル・ヴァージョンを編集したのにボツになったのは、5枚目に収録されているシングル盤「GIVE IRELAND BACK TO THE IRISH」を急遽リリースしたからです。「LOVE IS STRANGE」は、ボ・ディドリーが変名・エセル・スミス(当時の奥さんの名前)で書いて1956年にミッキー&シルヴィアが大ヒット(全米R&B首位)させた曲で、エヴァリー・ブラザーズやバディ・ホリーなどもカヴァーしているのですが、此のウイングスでのアルバム・ヴァージョンはイントロが1分半以上もある革新的なアレンジでした。その長過ぎるイントロ(当時の日本のラジオ番組でジングルにも使われた)を大胆にカットして、すぐに歌になるのがシングル・ヴァージョンです。テスト盤を復刻したのでレーベルも白盤で、ピクチャー・スリーヴもなく、黄色の内袋に入っているだけです。
アルバム「WILD LIFE」は、「LOVE IS STRANGE」以外の7曲は例によって作詞作曲は「ポール&リンダ・マッカートニー」名義になっているのですけれど、いやいや、ソコは、ノリ一発みたいな「MUMBO」や「BIP BOP」は兎も角として、「WILD LIFE」や「SOME PEOPLE NEVER KNOW」や「TOMORROW」や「DEAR FRIEND」は、もう、どう聴いたってポールの単独作でしょう。そんな中で、リンダの声がよく聴こえると云うか、ほとんどポールとデュエットしている「I AM YOUR SINGER」は、辛うじて「ポール&リンダ」の共作かと思えます。ソレで、ポールはカヴァーの「LOVE IS STRANGE」もデュエット曲なので、B面は「I AM YOUR SINGER」にして「ポール&リンダ」感を出そうとしていたのかもしれません。が、しかし、あのね、超絶可愛いポールちゃん、そう云う手はアルバム「RAM」での方法論であって、こっちは新たなるバンド「ウイングス」名義のデビュー・シングルの予定だったんですよ。ソレが「バンマスと嫁のデュエット」じゃあ、他のメンバーは頭を抱えてしまったでしょうなあ。
(小島イコ)