
ポール・マッカートニーが2022年12月2日にリリースした7インチ・シングル盤80枚組全163曲入り(ブートレグのジャケットには「159曲」と書いてありますが、重複曲が4曲あるのではぶいた、159曲の公式配信音源を元にしているのでしょう)は、やはり此の「ANOTHER DAY」から始まります。此の楽曲は、1970年10月12日にアルバム「RAM」のセッションでレコーディングされていて、レコーディング・メンバーは、ポール・マッカートニー(ヴォーカル、バッキング・ヴォーカル、アコースティック・ギター、ベースギター、エレキ・ギター、パーカッション、シェーカー、タンバリン)、リンダ・マッカートニー(バッキング・ヴォーカル)、デビッド・スピノザ(エレキ・ギター、アコースティック・ギター)、デニー・シーウェル(ドラムス、パーカッション、シェーカー)です。ポールは此の4人でバンド結成を考えますが、デビッド・スピノザに断られ、後釜のセッション・ギタリストだったヒュー・マクラッケンにも断られ、結局はポール&リンダとドラマーのデニー・シーウェルだけが最初のウイングスのメンバーになります。
シングル盤「ANOTHER DAY / OH WOMAN, OH WHY」は、1971年2月19日(英国)・2月22日(米国)にアップルからリリースされていて、アルバム「RAM」のセッション音源なのに、アルバムはポール&リンダ・マッカートニー名義だったのに、シングルはポール・マッカートニー単独名義でのリリースでした。しかしながら「ANOTHER DAY」の作詞作曲は、ポール&リンダ・マッカートニー(Mr. & Mrs. McCartney)となっています。「ANOTHER DAY」は1969年1月のビートルズによる「THE GET BACK SESSIONS」でポールがピアノの弾き語りで披露した音源が残されているので、楽曲自体は既に其の時には出来上がっていて、既にポールはリンダと交際中だったものの、カメラマンで音楽家としては素人だったリンダが1969年1月にポールと此の曲を共作していたとは、俄かに信じられません。結果的には、全英2位・全米5位とヒットしていますが、ジョン・レノンに「HOW DO YOU SLEEP?」で歌い込まれてバカにされてしまいます。ジョンからしたら「どこの誰かも分からない女の歌なんて、俺には作れない」と云う嫉妬心もあるのでしょう。
何の変化もない日常生活を送るOLを歌った詞は、ビートルズ時代からのポールの得意技のひとつで、楽曲が既にビートルズ時代に出来ていたのにも関わらず、1970年リリースの初ソロで宅録アルバム「McCARTNEY」では取り上げず、1971年リリースのアルバム「RAM」にも未収録で先行シングルとしてリリースしたのは、ポールとしても自信作だったのでしょう。確かに、曲は抜群に良く出来ていて、「レコード・コレクターズ」誌2020年9月号でのポールのビートルズ解散後のベスト・ソングスでは堂々の首位でした。但し、前にも書きましたが、此の曲が首位だったのは、選者に「他の奴が選ばないであろう少し意外な曲を首位にしてやろう」と云う捻くれた考え方をする連中が多かったからでしょう。アルバム「RAM」のセッションは、1970年10月12日から翌1971年3月1日まで行われていて、つまり、此の「ANOTHER DAY」はセッション初日にレコーディングされているのです。「THE 7'' SINGLES BOX」にはそれぞれ各国盤の仕様で収録されていて、此の最初のシングル盤はスウェーデン盤のピクチャー・スリーヴです。
アルバム未収録曲だった「ANOTHER DAY」ですが、ポールは後にベスト盤には必ず此の曲を選曲しています。ウイングス名義での最初のベスト盤「WINGS GREATEST」には、ウイングス名義ではないのにA面1曲目に収録しているんですから、お気に入りなのでしょう。さて、B面「OH WOMAN, OH WHY」もアルバム未収録曲で、現在はどちらもアルバム「RAM」のボーナス・トラックとして収録されています。こちらは1970年11月3日のレコーディングですが、デビッド・スピノザがリンダと不仲になってセッションから降りてしまったので、ヒュー・マクラッケンがギターを担当しています。デビッド・スピノザはアルバム「MIND GAMES」で、ヒュー・マクラッケンはアルバム「DOUBLE FANTASY」で、それぞれジョンのアルバムにも参加する事となります。ソレは偶然ではなく、ジョンはアルバム「RAM」を好評価していたので起用したのです。「OH WOMAN, OH WHY」は、まだ若かったポールの野太いシャウトが印象的な楽曲ですが、銃声のSEが入っていて、ソレはポールが実際にスタジオで拳銃をぶっ放しているのが、写真で残っています。そんな事をするのは、フィル・スペクターとポールだけでしょうなあ。それから、現在では当たり前に聴こえるリンダのヴォーカルですけれど、リリース当時の違和感は半端ではなかったでしょう。だってね、それまでポールと一緒に歌っていたのは、ジョン・レノンだったのですよ。
(小島イコ)