1980年8月にポール・マッカートニーは、ウイングスの新作用にデニー・レインとデモをレコーディングして、同年10月にはウイングスとして、リンダ・マッカートニーとドラマーのスティーヴ・ホリーとギタリストのローレンス・ジュバーも加えたリハーサルを開始しました。つまり、後にアルバム「TUG OF WAR」とアルバム「PIPES OF PEACE」となる音源は、最初はウイングスの新作として予定していたのです。しかし、同年10月に久しぶりにサー・ジョージ・マーティンのプロデュースで「WE ALL STAND TOGETHER」を、演奏はポールが一人でレコーディングして(リリースは1984年11月)、良い感触を得たポールはマーティンにウイングスの新作アルバムのプロデュースをお願いしました。すると、マーティンは「ポールのソロ・アルバムならばプロデュースするが、ウイングスだったらやらない」と云い、挙句に「何故、キミ(ポール)は、自分より下手な奴らとばかりレコーディングするんだ?もっと上手いミュージシャンを起用しなくちゃダメだろう」とまで云い放ったのでした。元々ウイングスに限界を感じていたポールは、ソレまでにはない豪華な凄腕ミュージシャンを迎えてのレコーディングに突入しました。しかしながら、前述の通りにまだウイングスへの未練が残っていて、1980年12月にはデニー・レインとレコーディングをしていて、そんな迷っているところにジョン・レノンの死があったのです。大いなるショックを受けて2か月ほど籠っていたポールでしたが、云わばジョンの死によってウイングスへの未練を断ち切り、1981年2月から3月にかけてモントセラト島のマーティンのAIRスタジオでレコーディングを再開しますが、マーティンの発言もあって、ポールと口論になったデニー・レインは途中で帰ってしまい、1981年4月27日に「ウイングス脱退宣言」をして、遂にウイングスは自然消滅と云うカタチで解散しました。
故にレコーディング・メンバーは、ポール・マッカートニー(リード・ヴォーカル、バッキング・ヴォーカル、ベース、アコースティック・ギター、エレクトリック・ギター、スパニッシュ・ギター、ピアノ、シンセサイザー、ドラムス、パーカッション、ボコーダー)、リンダ・マッカートニー(バッキング・ヴォーカル、ピアノ)、デニー・レイン(エレクトリック・ギター、アコースティック・ギター、ベース、シンセサイザー)に加えて、エリック・スチュワート(バッキング・ヴォーカル、エレクトリック・ギター)、リンゴ・スター(ドラムス)、スティーヴ・ガッド(ドラムス、パーカッション)、エイドリアン・シェパード(ドラムス、パーカッション)、スタンリー・クラーク(ベース)、クリス・スペディング(ギター)、アンディ・マッケイ(リリコン)、スティーヴィー・ワンダー(ヴォーカル、バッキング・ヴォーカル、エレクトリック・ピアノ、シンセサイザー、ドラムス、パーカッション)、カール・パーキンス(ヴォーカル、ギター)と云った超豪華絢爛なメンバーをゲストに迎えて、実はコノ段階でマイケル・ジャクソンとの共演も既に行われていました。ソレでまたしてもポールは2枚組を構想するのですが、結局はアルバム「TUG OF WAR」とアルバム「PIPES OF PEACE」の2作に分けられたのでした。まずは、1982年3月29日に先行シングル「EBONY AND IVORY」をリリースして、コノ曲はポールの単独作なのですが、スティーヴィー・ワンダーに当て書きして共演していて、全英・全米首位となりました。歌と演奏は、全てポールとスティーヴィーの二人だけで行われていて、ミュージック・ヴィデオは二人を別々に撮影して合成されています。
そして、1982年4月26日にMPL/パーロフォンからリリースされたのが、ポールのソロとしては3作目で、ビートルズ解散後のウイングスも含めたポールのスタジオ・アルバムとしては11作目となるアルバム「TUG OF WAR」です。内容は、A面が、1「TUG OF WAR」、2「TAKE IT AWAY」、3「SOMEBODY WHO CARES」、4「WHAT'S THAT YOU'RE DOING」、5「HERE TODAY」で、B面が、1「BALLROOM DANCING」、2「THE POUND IS SINKING」、3「WANDERLUST」、4「GET IT」、5「BE WHAT YOU SEE(LINK)」、6「DRESS ME UP AS A ROBBER」、7「EBONY AND IVORY」の、全12曲入りです。最初の「TUG OF WAR」は、第3弾シングルにもなって全英・全米53位まで上がっていますが、まあ、みんなアルバムを買っちゃっていたのでしょう。「TAKE IT AWAY」は第2弾シングルで全英15位、全米10位のヒット曲で、個人的には此のアルバムで最も好きな曲で、当時はまだ10ccに在籍していたエリック・スチュワートのコーラスがギラリと光る名曲ですが、元々リンゴ・スターに提供する予定だった曲です。「WHAT'S THAT YOU'RE DOING」はスティーヴィー・ワンダーとの共作で、まるでスティーヴィーのソロみたいな出来栄えです。「HERE TODAY」はジョン・レノンへの追悼曲で、近年のライヴではポールが泣きながら歌っています。「THE POUND IS SINKING」や「WANDERLUST」はポールにしか書けない傑作だし、カール・パーキンスと共演した「GET IT」もイイ感じで、色々あっても最後に「EBONY AND IVORY」で〆るので、アルバムとしてのまとまりも良く、サー・ジョージ・マーティンがプロデュースして、ジェフ・エメリックがエンジニアで、ポール・マッカートニーが曲を書いて演奏して歌っているので、そりゃあ「ビートリー」な音となっています。なんてったって、本物だし、リンゴ・スターも参加しているんですからね。ジョンの死を乗り越えて、此の時は「絶対に失敗作は出せなかった」わけですが、全英・全米、更に日本でも首位の大傑作アルバムを出したのは、流石はポール・マッカートニーです。
(小島イコ)