「GET BACK」を観て最も驚いたのは、ビリー・プレストンが加入する経緯です。これまではマーク・ルウィーソンの「レコーディング・セッション」にある様に、ビリーがたまたまアップルのロビーに居たのでジョージが連れて来て参加させたと云われていました。ところが「GET BACK」には全く違った事実が映像と音声で記録されています。確かにオーバーダビング無しで演奏してアルバムを制作するので4人だけでは不安だった様子で、トゥイッケナムでのリハーサルの時からキーボード奏者の必要性は感じていた様で、ジョージがレイ・チャールズのライヴでのビリーを絶賛して、ジョンとポールは既に「REVOLUTION」に参加したニッキー・ホプキンスが適任だみたいな会話をしています。ビリーは1962年のハンブルグ時代からのビートルズとは旧知の仲でしたが、脱退して戻って来たジョージの推薦と云うのは納得出来る展開とも思えました。ジョージはビリーがアップルに移籍した後にアルバムをプロデュースしているし、アノ大ヒット曲「MY SWEET LORD」も元々はビリーへの提供曲だったので、まんまと騙されていました。
ところが真相は、たまたまTV収録でロンドンに来ていたビリーが、ビートルズに自ら挨拶に来たのです。正にカモがネギしょってやって来たヤァ!ヤァ!ヤァ!状態となったビリーに、ジョンが「実は今、オーバーダビング無しの新作を制作中なのだが、普通はキーボードを後でダビングするのだけれど、其れは出来ないから参加してはくれないか?」と誘って「幾つかの曲を渡すから聴いて覚えて欲しい」と話を進めると、ジョージが「今、実際に演奏して合わせてみる方が早い」と提案して、ビリーが弾いて其の結果に大満足したジョンが「君は仲間だ!」と迎え入れるのです。更にビリーがいないところでは、ジョージが「ギャラはどうしよう?」などと生々しい話をしています。ビリーが参加した事で演奏は格段に向上して、ジョンは「ライヴにも参加して欲しい」とドンドン話を持ってゆきますが、ビリーは嬉しくて堪らないと思える笑顔満開で全てを承諾し、ジョンはいきなりやる気マンマンになってしまい、ジョージ・マーティンやマイケル監督に「ビリーが入って完璧になった。アルバムも出来るし、此れは映画になる」とマジモードで宣言するのでした。
こうした真実を知ると、ビリーが「駆出しだった1962年も末期の1969年も、ビートルズのリーダーはジョンだった」と断言した理由が分かります。確かに後期ビートルズの音楽的なリーダーはポールで「GET BACK」でも本人が認めていて「僕だって仕切りたくてやっているわけじゃない」などとも云っていますが、グループのリーダーはジョンでした。リハーサルでは全くやる気がなさそうだったジョンですが、ビリーを入れてからは豹変して、屋上でのライヴにも最も意欲的になって、実際に本番でもビシッとキメてしまいます。ポールも何とかジョンを本気にさせたくて孤軍奮闘していたのですが、ジョージと口喧嘩してジョージが脱退して話し合いも決裂してポールとリンゴしかスタジオに来なくなり「ジョンはヨーコとビートルズならばヨーコを選ぶ」と云って男泣きして、リンゴももらい泣きするのですが、ポールの横にはリンダが居て「世界中が待っているんだからビートルズでライヴをやって!」と励まされています。元々はジョンがヨーコを連れて来たのに、ポールもジョージもリンゴも何も文句は云えず、ジョンがやっているからとばかりにポールは恋人のリンダと娘のヘザーまで連れて来るし、ジョージも妻のパティを、リンゴも妻のモーリンを連れて来ます。つまり、3人共にジョンには逆らえないのです。そして、ビートルズの行く末は「ジョンのやる気次第」だったのだと分かります。
ところで映画「LET IT BE」にはあって今回の「GET BACK」には無い場面は前述の1月31日の演奏の他には、ポールがジョンに「I'VE GOT A FEELING」のギターを何度もやらせた挙句の果てにひとりで盛り上がってしまう場面とか、ジョンが「ACROSS THE UNIVERSE」と「DIG A PONY」をかったるくやる気ゼロ状態で演奏するとポールが欠伸しちゃう場面とか、ポールがひとりで盛り上がって「BESAME MUCHO」を熱唱して他のメンバーはドッチラケの場面とか、ジョンとジョージが「YOU'VE REALLY GOT A HOLD ON ME」をダレダレでデュエットする場面とか、まあ、つまり映画「LET IT BE」が散漫で退屈で暗いと云われる場面なのです。それらを巧みにオミットしたのが「GET BACK」なのですが、ジョージの脱退の経緯なんかはより深く描かれていて、有名なジョンの「ジョージが戻って来なかったら、クラプトンを呼ぼう」を映像付きでバッチリと聞けたりもしてエグイです。あたくしが最も笑ったのはリンダの娘ヘザーが参加して絶叫するブートレグの「JAMMING WITH HEATHER」で音源は聴いていた部分で、ヘザーが叫んだらジョンが嬉しそうに「ヨーコ!」と云う場面です。ジョンは大喜びでノリノリですが、たぶんヘザーはヨーコを小馬鹿にして真似しているんじゃないかと思いました。まあ、子どもは残酷ですよ。
(小島イコ)