片瀬那奈ちゃんは「ジョジョの奇妙な冒険」や「GANTZ」を読んでいるとの事で、マンガの趣味も男の子みたいですね。あたくしは学生時代に「漫画研究会」に所属していたのですけど、最近のマンガ事情にはすっかり疎くなりました。図書館で「このマンガがすごい!2013」を借りて眺めたら、知っている作品がほとんどありません。本棚に並ぶのは、手塚治虫先生とつげ義春さんと「あしたのジョー」などなど「昭和のマンガ」ばかり。最近のマンガで買っているのは「闇金ウシジマくん」しかないではありませんか。聴いているのは1960年代から1970年代の洋楽中心で、観るプロレスは「昭和プロレス」ばかりで、映画も古いものが好きで、マンガも大昔のもんばっか後生大事に読み返す・・・「でもね、芸術なんてもんは、古いもんの方が好いんだよん。」(大瀧師匠声で)。マンガなんて読み捨てられるもんと云われていたし、親にはマンガを破られたり燃やされたりしたけれど、そんなわけなかったのは歴史が証明しました。日本のマンガを切り拓いたのは、手塚治虫先生です。小野洋子さんは「もしも英国に手塚治虫さんが居たなら、ジョンはビートルズを結成せず、漫画家になっていたでしょう」とおっしゃいました。
手塚先生の作品で特に好きなのは、「ブラック・ジャック」と「三つ目がとおる」で奇跡の大復活を遂げるまで数年間に渡ってスランプとなり、読者アンケートでも人気が低迷し、「手塚はもう古い!終わった!」と編集者に罵られていた時代の「暗い劇画風の作品群」です。「火の鳥」だと「宇宙編」「鳳凰編」「復活編」などを描き、青年誌では「きりひと讃歌」や「奇子」などの大傑作を描いていたのに、少年誌でのヒット作が出ずに打ち切りが続いていたのです。所謂ひとつの「性教育マンガ」路線も、其の時代に挑戦しました。「ダッチワイフに魂が宿る」とか「オープニングが精子たちが女王卵子へ突撃する場面から始まる、永遠に結ばれない男女の悲劇」とかを少年誌でやらかして、アニメでも「メルモちゃん」でいたいけな少年少女に生涯消えない「トラウマ」を残しやがったのだ。えっと、どこが「終わった!」なのかしらん。其の暗黒時代に、手塚先生はプライドをかなぐり捨てて依頼があるならどんな雑誌にも短編を発表していました。女性週刊誌にまで描いていたのですから、驚きます。其れがまた、面白いのだから困っちゃうのよさ。後に長編となるアイディアなども惜しげもなく短いストーリーに凝縮されていて、スゴイでゴンス。
元々が暗く残酷な手塚作品ではありますが、作風は益々重く暗いものが多くなりました。でも、やっぱり「ヒョウタンツギ」が出て来るんだよナァ。単行本ではカットされたけど「火の鳥 鳳凰編」の我王は、岩に彫られた巨大なヒョウタンツギと遭遇しました。「火の鳥」で特に好きなのは「復活編」で、「未来編」に猿田博士の助手として登場し、ロックにあっさりとぶっこわされてしまったロビタが再登場します。ところが物語は「レオナとチヒロ」の「人間とロボットの禁断のラヴ・ストーリー」と「大量生産されたロビタが集団自殺するストーリー」が時系列を無視して展開されていき、あっ。と驚く結末へと向います。其のスリリングな構成力には、何度読み返しても唸らされます。交通事故によって脳髄の半分以上が人造製となったレオナに映る世界の描写など余りにも独創的で、とても40年以上も前に描かれた作品とは思えません。手塚先生は、其の豊潤な物語を「たったの300頁余り」で描き切ってしまったのだ。「未来編」でマザー・コンピューターによって生み出された「試験管ベイビー」であるロックが、最後のロビタを破壊してしまった「悲劇の重さ」がズシリと圧し掛かり、小学生時代に初めて読んだ時には愕然としてしまいました。「復活編」が発表されたのは、1970年から1971年に掛けてです。日本には、エルヴィスもザ・ビートルズもいなかった。でも、手塚治虫がいました。
「THANX 4 うっぴー☆」 (小島藺子)