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2009年10月19日

「夢みる歌謡曲」第那奈章: 片瀬那奈がきこえる
#047:「Teardrops」

TELEPATHY(初回)(CCCD)(DVD付) TELEPATHY (CCCD)


 Lyrics:rom△ntic high
 Music:Jun Sasaki
 Arrangement:Jun Sasaki

 Mix:Masashi Matsubayashi(Think Sync Integral)

 Produced & Arranged by Jun Sasaki
 for ROUG TOUGH PRODUCTION
 Chorus:Junko Hirotani

 品番:AVCD-17291/B、AVCD-17292(アルバム「TELEPATHY」10)

 発売日:2003年6月25日(オリコン最高位17位)


「R&B楽曲で、朝本さん同様に佐々木さんがスタジオに来られての制作だったので空気感が違った。アルバムでも異色の大人っぽい感じ」と片瀬が解説した「Teardrops」で、アルバムは終盤を迎えます。佐々木サンは MISIA への楽曲提供で御馴染みで、確かに朝本サン同様に「既に名の知れた存在」でしたから、此の楽曲も目玉のひとつとして用意されたのでしょう。朝本氏も佐々木氏も実際にスタジオへ出向き、片瀬と共に楽曲を制作しました。片瀬に賭けた周囲の大きな期待感が伺えます。

確かに「Babe」のカップリング曲「for you」以上に本格的な「R&B バラッド」である「Teardrops」は、収録された位置がアッパー系四連発の直後で在る事からも明らかに異色ですが、其れも「片瀬の企み」でした。ダンスフロアならチークタイムへと、見事に片瀬は誘います。「The Wings」から「Teardrops」へ繋がる時とは、アルバム「TELEPATHY」で最もスリリングな部分です。「静」から「動」へと変換した「Shine」〜「Babe」も見事でしたが、其れ以上に「動」から「静」へと帰着させた「The Wings」のエンディングから「Teardrops」へ移行する展開は素晴らしいと思います。

片瀬那奈のアルバム「TELEPATHY」は、構成された楽曲がフェイドアウトを頑なに拒否し、常に次曲へ繋ぐ為のアウトロで終ります。全13曲中の11曲目までが本編として在り、次曲の「REVENGE〜未来への誓い〜」で美しい終止和音でアルバムは完結します。其の後の2曲はアンコールのボーナス・トラックですので「FANTASY」はフェイドインで始まり、二度目の登場となる「Shine」はフェイドアウトで終るのです。個々の楽曲の完成度も其の多くがヒット・シングルとしても成立した程に高く(アルバム「TELEPATHY」に再収録された6曲が収められた先行シングル三枚は、すべてチャートで「トップ20」内にランクインした堂々たるヒット作品です)、かつ全体で大きな叙情詩をも思わせる連続した組曲にも成っています。此れこそを「トータル・アルバム」と呼ばなければ、僕は「ロックの人」として生きて来た半世紀近い自分の音楽観や美意識を、いえ、芸術を愛し続けた人生すらをも、全否定する事になるのです。正直に云えば、僕自身が片瀬那奈に其処までは期待していなかった。当時、実は、僕が最も困惑していたのです。「僕が好きなアイドルは、途轍も無い存在なんじゃまいか?」と「この気持ちをどうしたらみんなに伝えられるんだろう?」と、僕は途方に暮れました。其れでも、確かに片瀬那奈のアルバムは、僕にとって至上の名作として対峙したのです。

其処に貫かれたのは、楽曲的には片瀬那奈の頑固なまでにこだわり抜かれた「電気式音楽嗜好」ですが、彼女自身も多くを担当した作詞にも一貫性が在ると云えます。前述した様に、片瀬那奈のオリジナル楽曲には「ネガティブ」な詩が皆無です。其れが象徴されるのが、片瀬本人も「バラードだけどポジティブな詩を書いた」と云ってのけた名曲「Shine」ですが、此の本格的な「R&B バラッド」である「Teardrops」の詩もより深く其の事実を伝えます。「Shine」を共作した「rom△ntic high」氏による歌詞で印象的なのは、感傷的な美しい旋律に乗せて過去を懐古する内容も含みタイトルも「涙」と一見後ろ向きな展開になり勝ちなのに、現在進行形のカップルを観た場面で「あの日の二人を重ねたら思わず笑顔になる」と歌われる部分です。更に「涙の数だけ輝いたあの想い出」は「変わらない真実」で在り「未来の僕らに捧げよう」とまで云い切られてしまいます。何と云う「前向き思考」なのだ、イズントイット?ですよっ。

後に奇跡の初舞台と賞賛された「僕たちの好きだった革命」で彼女が演じたのは「未来(みく)」で、彼女から「何故、そんなに熱くなれるの?」と問われた主人公の山崎クンが「僕は未来(みらい)を信じている」と云い切る名場面が在りました。でも、其の遥か以前から、片瀬那奈は常に「未来を信じて居た」のです。彼女は「未来」と云うコトノハを多く歌いました。確信を持って「未来を信じている」と明言したのです。根拠なく云うのでは無く「過去を肯定しハプニングさえも強さに変えたからだ」と云ったわけだよ。事実、片瀬那奈はそうして生きて来ました。そして、五年近い女優としてのキャリアを捨ててまで音楽活動に賭けたのですから、説得力が違った。正直に云えば、逢った事も無いジョンやジョージやブライアンの人生観を歌った作品よりも、僕にとって片瀬那奈の人生観を歌ったアルバム「TELEPATHY」は、より衝撃的でした。僕はおそらく「ロック」や「ポップス」と同じ位に、人並み以上に「アイドル歌謡」も聴いて来たとは思いますけど、こんな世界観を持つアルバムを聴いたのは初めてでした。其処には明確に片瀬那奈自身の主張が在りました。「ハダカのカタセ」が立って居た。正に「片瀬の魂」が込められた傑作だったのです。

片瀬がアルバム「TELEPATHY」で歌うのは、絶対的な「性善説」で在り、其れは「人間の存在不安(自我が在る故に、自己の存在矛盾に悩む)」に対する「宣戦布告」です。彼女は「己が何故生まれ存在するのか?」を「人は何処から来て、何処へゆくのか?」を歌いました。其れは自作解説でもハッキリと語られていて、決して無自覚で行った事では在りません。片瀬那奈は自らの意志で、永遠なる哲学的なテーマを歌ったトータル・アルバムを創ったのです。「あたしは何故、此処に居るのだろう?」と自らに問いかけ、其れまでの21年間で得た思考を世に問うたのです。「21才の片瀬那奈のすべて」を、音楽作品として提示しました。此処まで徹底的に個人の内面を歌い更には他者との繋がりを求め生きることの素晴らしさを全肯定した作品は、稀有です。何が一体其処まで片瀬那奈を前向きにさせたのでしょう?何故、片瀬那奈は過去も現在も未来も全てを肯定するのでしょう?「涙」さえも「未来」へと昇華させた片瀬は「REVENGE〜未来への誓い〜」へと繋ぎます。答えは其処に在りました。


(小島藺子/姫川未亜)



posted by 栗 at 00:07| YUMEKAYO | 更新情報をチェックする