フジテレビ 13:00〜13:45
(2009年7月11日収録)
片瀬クン、早くもうっかり二度目の登場です。
前回(2009年5月10日放映)の初登場『値切りのワタシ』篇は、とても感動的でした。片瀬クンにとって、さんまサンは「特別な存在」です。デビューして10年余、さんまサンは片瀬クンを鍛えまくった。何度も自分の番組に呼んだけれど、鬼の様に冷たく接しました。其れは、さんま師匠の大きな心ゆえだったのです。
さんまサンにとって弟子とも云える「夏観インセント社長」から預かった「片瀬那奈」とは「身内」で、「孫弟子」なのです。だからこそ獅子が我が子を千尋の谷に突き落とすかの如く、片瀬を叩いた。
「お笑いの解らん女やなっ!」とまで云い放たれた時には、きっと「お笑い好き」を自負する片瀬クンは悔し涙を堪えたでしょう。しかも其れは、夏観社長がかつて華々しくもセンターに座っていた「恋のから騒ぎ」での出来事でした。
何と云う屈辱!あたくしは「何故さんまサンは、他のビッグ芸人さんと違い、其処まで徹底的に那奈ちゃんを苛めるの?」と、ずっと疑問だったのだけど、其の時にようやく気付いたのです。「さんま師匠は、敢えて、那奈ちゃんを突き放しているんじゃまいか?」と。
そして、遂に「免許皆伝」されたのが前回の事だったのです。10年を賭けて、那奈ちゃんはようやく「さんま師匠にマトモに絡んでもらえる様になった」のです。そうなったら、元々「本当は片瀬が可愛くて仕方無い」さんま師匠ですから「コレは、すぐにまた呼ばれるナ」と思いました。預言、的中!僅か二ヶ月、「革命」終了後の初仕事での再登場となりました。
レボレボ&星野ちゃんの間に聳え立つ那奈ちゃんは「デカイ!」のひと言です。余りにも見事なコントラストです。那奈ちゃんの腰の位置が、レボレボの肩越しじゃまいかっ!どんだけ脚長さんなのよさ。だって、軽く頭ひとつ以上は違いますよっ。アップで同じフレームに入りません。此れがもしも星野ちゃんじゃなく、滝沢氏あたりだったなら、間に挟まれたレボレボは「捕まえられた宇宙人」状態ですよっ。あっ。レボレボのファンの皆様、御免なさいです。♪大きい事は好い事だっ!森永エールチョコレート♪てかさ、那奈ちゃんってTVで観るほどには背が高くないんですけどね。まわりが小さ過ぎるんですよ。さんま師匠も、絡むカラム。片瀬クンも早、三十路が近づくお年頃となり、すっかり「行き遅れキャラ」が定着です。
鴻上さんといい、最近は「オヤジ殺し:片瀬那奈」に殺されたオヤジどもは、みんなすぐ「誰と結婚するんだ?」とか「また男に捨てられたんだろ?」とか「焦ったってロクなオトコは捕まえられないぞ」とか「ま〜た、家庭的な女をアピールして」とか、つまりは「さっさと結婚したいのに、可哀想やナァ」的な完全なるセクハラ攻撃を仕掛けるのです。其れは即ち「片瀬那奈はこんなにも好い女なのにナァ。若造どもには片瀬那奈の素晴らしさが解らんのか?コノコはな、俺らオヤジのアイドルなんだぞ。下手なオトコに持ってかれたく無いのだ。ま、片瀬が選んだ奴なら喜んで祝福するが、そんな奴はおるのか?」と云う感情です。(←其れは、あたくしを含めたおまえら「那奈ヲタ」こと「チャレンジャー」もしくは「アルピニスト」の気持ちだろ、、、てか、片瀬は山かよ。)
さてさて、食玩やミニチュアが大好きな片瀬クンは、遂に「食品サンプル」にまで手を伸ばしておりました。あたくし、実は10余年前「片瀬の街」に呼ばれた時に、半年程ですが「入谷」に住んでいました。そうです。マンションの隣が合羽橋通りでした。当然乍ら食品サンプルも沢山売っていて、集めたくなったもんですよ。でもさ、やっぱ其れって男の子的な嗜好性だと思います。あたくしは間違って男に生まれてしまったけれど、片瀬クンは逆ですよね。
だからきっと、あたくしは那奈ちゃんを好きになったんだと思います。男の子みたいで格好良くって、でも女らしい可愛い部分も在る、中性的な何にでもなれてしまう漫画みたいな怪獣みたいな、アトムやゴジラやビートルズみたいな、「ふしぎなメルモ」ちゃんで在る「片瀬那奈」を愛してやまないんです。那奈ちゃんには、僕らが愛する全てが、確かに在る。
僕たちが那奈ちゃんを応援するのと、君たちが他の誰かを応援する気持ちは、きっとおんなじです。僕らは、片瀬那奈ちゃんだった。でも、那奈ちゃんに興味の無い片には「何故?」って思われます。だから、理解出来ないのなら、固有名詞を他の何かに代えてみて下さい。僕にとって「ビートルズ」と「片瀬那奈」は同じです。いえ、リアルタイムで日々追い続けられる那奈ちゃんの方が、とっくに存在しないビートルズよりも、確実に大きな存在です。だって、僕はビートルズに逢えなかったんですもの。ポールとジョージとリンゴには逢えたけれど、ジョンには逢えなかったし、もう永遠に不可能なんです。
中学生の頃に「ビートルズ」に出逢って、僕の人生は変わりました。受験勉強なんかしないで、ギターの練習をしました。歌っていたら、英語を話せる様になりました。毎日、「ビートルズ」の事ばっか考えていました。13才の僕にとって、見知らぬ英国の既に解散したと云われていた集団こそが全てでした。だって、其のバンドには、当時人気絶頂で全米チャートの常連だったジョン・レノンやジョージ・ハリスンやリンゴ・スターがいたと云われたのです。更に、大好きなバンド「WINGS」のリーダー:ポール・マッカートニーまでいたと教えられたのです。田舎の名画座で「LET IT BE」と云う映画をやったので、観に行ったら本当にジョンとポールが同じバンドで歌っていました。屋上でライブをやるクライマックスで、金髪に見えたレノンが青空を背景にしてアップになり「DON'T LET ME DOWN」と絶叫した場面を観て、僕はクラシック声楽をヤメました。涙が出た。感動したんです。本当に、格好良かった。レノンが創る曲は、僕が習った音楽とは全く違っていました。ハッキリ云えば出鱈目でした。でも、其れまで聴いたどんなクラシックよりも素敵だったんです。其れで「MIND GAMES」って当時最新のシングル盤を買いました。でも、結局、僕は夢の中でしかジョンに逢えなかった。僕が二十歳の時に、やっと久しぶりにレコードを出してくれて来日公演も内定していたジョン・レノンは殺された。生まれて初めて、赤の他人の異邦人の死を知って、僕の中の何かが壊れた。「目の前が真っ暗になる」ってコトノハの意味を知ったんです。
もう、あんな事は、二度と御免だ。だから、僕は今、片瀬那奈を真剣に愛す。芸能人としての表現者としての「虚構」で在る彼女が、いつか僕らの前から消えてしまい一般人に還る日まで、ずっと追い続ける。そして此処に記す。僕は此れからもずっと、彼女が消えた後も、永遠に「片瀬那奈の記録」を遺します。僕らは何かを成す為に存在しています。僕は、片瀬那奈を遺す為だけに生まれて来たのだとしても本望です。父母やまわりのみんなや神に感謝します。同志諸君、心配してくれて有難う。でも大丈夫さ。さっき見た那奈色の大きな虹に誓おう。此れが、僕の覚悟です。
「多謝!アンテツ、まるか、うっぴー☆& EVERY***」
(「ななごころ」代表:小島藺子/姫川未亜)
「あっぱれ!!さんま新教授」フジテレビ公式サイト