w & m:CARL PERKINS
P:ジョージ・マーティン
E:ノーマン・スミス
2E:A.B.リンカーン(10/26)、ケン・スコット(10/27)
録音:1964年10月26日(take 5)
MONO MIX:1964年10月27日
STEREO MIX:1964年10月27日
1964年12月4日 アルバム発売(
「BEATLES FOR SALE」 B-3)
パーロフォン PMC 1240(モノ)、PCS 3062(ステレオ)
タイム・リミットがやって来ました。1964年10月26日は、本来ならアルバム「BEATLES FOR SALE」のモノラル・ミキシングを行う予定だったのでしょう。現に、ツアーの休暇日だったビートルズの四人も立ち会ってのミキシングが行われました。しかし、未だ録音せねばならない楽曲が残っておりました。其れはポールの駄曲
「WHAT YOU'RE DOING」(三曲後に登場します)のリメイクと、ファン倶楽部用の「クリスマス・レコード」、そして「リンゴの唄」でした。特に問題だったのは、当然乍ら何故か「アルバムに壱曲は入れようぜ」と決めていた「リンゴ・スターが歌う作品」でしょう。其れで、苦肉の策で実演で手慣れた此のカヴァーの登場です。
現在では「LIVE AT BBC」で聴ける様に、此のカール・パーキンス作品を歌っていたのは「ジョン・レノン」でした。またしても、親分ジョニーはリンゴへ自分のレパートリーを譲ります。此の関係はレノンが殺されるまで続きました。惜しげも無くジョンはリンゴに曲を贈り続けます。最後に加入したリンゴは、年齢ではジョンと同い年です。ライバル・バンドの看板太鼓叩きだったし、リンゴは音楽で生計を立てているプロでした。リーダーとして、責任感が在ったのでしょう。其の独特な太鼓の才能を買っていた事も、名作「ジョンの魂」で「太鼓はリンゴ、ベースはクラウス、他は誰も要らない」と基本的には「3ピース」で挑んだ事でも分ります。
果たして、リッチーはジョニーの期待に大いに応えました。まぁ、ジョンによる歌唱には劣るものの、此のカヴァーも基本的には完全コピーです。そして、リンゴの溌剌とした歌を大いにサポートしたのが、僕らの「ジョージ・ハリスン」でしょう。間奏に入る時にリンゴが掛け声をかけます。リンゴを熱心に勧誘したのは、ジョージでした。御蔭で、前任ピートのファンに殴られ怪我までさせられました。活き活きとしたジョージのロカビリー奏法が軽やかです。暗いトーンの「BEATLES FOR SALE」ですが、ジョージのギターが救っています。当時、ジョージは未だ21才でした。立場的にも気楽だったでしょう。でも、其の「甘さ」がビートルズには必要でした。1964年の世界では、ジョージは正しく「第三の男」です。(おいおい、リンゴの立場は、、、)
ポール?彼はね、元々リンゴが嫌いなんですよ。デビュー曲の時に太鼓を叩かせなかったのもポールの駄目出しが原因だったし、「ホワイト・アルバム」では殴って脱退させちゃうし、「LIVE 8」では「U2は要るけど、リンゴはイラネ!」と呼ばなかったし、、、だから、リンゴは「ラム」を評して「ポールは自分の才能をスポイルしてる」と云ったのよさ。ってのは「ハーフ・シリアス」です。ま、全部本当の話ですけどね。此の楽曲に関しては、ポールの出番は無しです。普通にベースを弾いているだけです。出たがりのポールにしては、珍しい程に存在感が在りません。きっと此の日のセッションで次にリメイクする自作「WHAT YOU'RE DOING」で頭がいっぱいだったのでしょう。
(小島藺子)