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2009年03月25日

「カタセ式」

ねじ式 (小学館文庫)


昨日は、WBC連覇で沸き返りました。職場でも、みんな結果が出るまでは仕事が手に付かなかった。丁度、昼休みの時間に先取点を取ってくれたのは好いのだけど、畳み掛けるべき時なのに「4番:城島」凡退で転けた。ドンマイ!と「漢・原監督」は我慢したが、次のチャンスだった無死一三塁から「4番:城島」が、まさかの三振。つづく「5番:小笠原」までも「ヒット&ラン」を失敗して三振、併殺。ドンヨリとした「オヤジの負のパワー」に包まれた食堂に、僕は居たたまれなくなりました。「こりゃ、今日の午後は日本のオヤジはやる気でねーぞ。」と思わざるを得ませんでした。

其の後、14時半からの休憩までは、誰かがトイレに行くとかの口実で途中経過を報告する展開となりました。おやつ時間の休憩で食堂へ行ったら、TVの前にオヤジが連なっていましたよ。「同点で延長になった」って情報までしか知らなかった僕らは「5:3」と云うスコアに「何が起こったんだ?」と思った。でも、リアル・タイムの展開にこそ「オヤジ心(いや、其れがすなわち「片瀬那奈ちゃん的な心」なのだ)」は疼く。

其の時のリアルは、「3番:青木」が敬遠された処だったのです。「はあ?参番を敬遠して、四番で勝負?おい、城島、舐められてるぞっ!確かに、此処まで全打席凡退で好機を逃した戦犯だ。でもさ、何が起こったのか知らないけど、二点勝ってんじゃん。気楽じゃん。ランナー二人いるじゃん。リラックス、リラックス。でも、此処で三振しやがったら、在る意味『神』だな。」なんぞと「悪魔くん心」で観てたら、期待通りの「三振」ですよ。まわりのオヤジどもが「城島、氏ねよっ!」と喚く中、あたくしは「城島ちゃん、外さないナァ。期待以上のダメ振りじゃん。流石は、那奈ちゃんと闘い敗れた過去を持つ漢ですよっ。」と、小さくガッツ・ポーズをとりました。

優勝の瞬間、食堂には「おいおい、おまえら本当に休憩時間なのかよ?」と思う程のオヤジども(其れは男子だけでは無く、女子も含め、たかが野球の展開に仕事が手に付かない程に夢中になっていた連中の総称です)は、狂喜乱舞した。「やる気まんまん」になって、「さぁ、バリバリ仕事して、さっさと帰ってゆっくり夜の再放送特番を観るぞっ!」と顔に書いて在ったよ。かく云うあたくしも、ハラハラドキドキで、ダルが三振を取って決まった瞬間には「うぉっしっ!やったぁーっ!!」とか口走っていたのです。

あのさ、あたくしって「オヤジ」じゃなかったのよさ。いや、今でも普通は「女の子よりも女の子らしい」って人格を持つ人なのよさ。なのに、ダンダンダンと「新橋で呑んでるオヤジ」みたいな側面が出て来たわけよ。其れは、今回みたいにスポーツ観戦している時とか、お莫迦さんな若造を叱っている時とかに顕著に現れるのよさ。

其の理由を、僕は知ってる。其れは、

「片瀬那奈ちゃんの影響です。」(キッパリ!)


(姫川未亜/小島藺子)



posted by 栗 at 01:35| IKO | 更新情報をチェックする

「Poco'ce」2009年4月号

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発行・編集/株式会社ネオメディア

(フリーペーパー)

表紙、及び「Cover Interview」に登場。カラー3頁(表1、P8〜P9)、目次にも別ショットあり。

「ダメだなって時は、一回テキトーになる(笑)
 ふとした瞬間にトンネルを抜ける道があるんです」


 モデル:片瀬那奈
 撮影:久保真二
 取材・文:Poco'ce 編集部
 ヘアメイク:青山理恵(nude.)
 スタイリスト:大沼こずえ(Kind)


本日は20数日振りに、うっかりと地下鉄に乗りました。当然、此の雑誌をゲットする為です。コンビニに配送されるよりも駅が早いってのは、一応「物流」も生業にしておりますゆえ、解っておりました。狙いは「大江戸線の汐留駅」です。在ったよ。むふふふ

此の春から夏に賭ける「2009年小野時代」を爽やかにスタートさせる那奈ちゃんの美しい写真(鮮やかな黄色いワンピに蒼いタイツ姿の全身ショットには、暫し見蕩れますよっ!)に、「革命」再演に向けた意気込みを中心にした最新インタビューは、「滅多に乗らない電車に乗った甲斐が在ったぜっ!」と思わせるに充分過ぎました。

「一緒に楽しんでいきましょうね!」

と高らかに那奈ヲタにアジテーションする御本尊様に、目頭が熱くなりました。

那奈ちゃんって、本当に素晴らしいナァ。此れが「0円」って、世の中、捨てたもんじゃないですよっ。ネットでも観れますが、是非、紙媒体でも持っていたいアイテムです。

此れは「ちょっと幸せ(poco felice)」じゃないです。「至福」ですよっ。


(姫川未亜)



[ポコチェ] free magazine Poco'ce


posted by 栗 at 20:44| MAGAZINE | 更新情報をチェックする

「片瀬那奈マネ日記」#430

ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実 <新装版>


サブタイトル「Poco''ce」


以上。

「女子マネちゃん、グッジョブ☆」

アウト・テイクを知り得るのは、スタッフのみです。僕らには難儀なのだよ。女子マネちゃんは、THE BEATLES に例えれば「ジェフ・エマリック」みたいな立場なのですから、こうした情報を公開して下さるのは嬉しいです。

僕らは、「マーク・ルウィーソン」です。「片瀬那奈研究家」に過ぎません。只、「あたくし(未亜/イコ)」とか「アンテツ」とか、10年間も「日々是カタセ日和」で生きて来た輩は、那奈ちゃんが「脚だけでサッカー選手を当てられる」と同じ様に、色んな「魔法」が使える様になるのです。アントニオ猪木さんも語って下さいましたけど「此の道だと決めて、10年位其れに邁進すれば、絶対に夢は叶う!」のですよ。

親愛なる片瀬那奈ちゃん。こんなにも、僕らを夢中にさせてくれて、有難う!僕らはみんな、君と出逢って幸せになったよ。そして、もっともっと幸せになるんだ。君は、素敵だ。那奈ちゃんが銀河系で壱番だよ。那奈ちゃんを追えば「楽しい未来」が待っている。此れは、絶対的な「真理」です。


「感謝!◎+」 (小島藺子/姫川未亜)



posted by 栗 at 21:12| pre-UNYO | 更新情報をチェックする

「僕はプロレス者(キナサイへの誘い)」

猪木語録 元気ですか!一日一叫び!


「プロレス者」としての僕は、アントニオ猪木の引退と共に終わったと思っていました。かつては、年間50興行位は軽く生観戦していたのです。後楽園ホールに行くのは、毎週日曜日のルーティン・ワークでした。一日に三興行を梯子したのだって、一度や二度では在りません。地方へも逆密航していました。現在、片瀬那奈ちゃんのイベントの為に仕事を休む様に、平気でプロレス観戦の為に有給を取っていたのです。

関東地区で行かなかった会場は無いし、観戦しなかった団体も在りません。テケツ代だって安くはないのに、映像作品やグッズなども、鬼の様に購入していました。一体、どーやって当時の給料でやり繰りしていたのか自分でも不思議ですよ。プロレスの現場へ行くって事に関しては「やり尽くした」と思っていました。通算で、おそらく最低でも500興行は生観戦したはずです。14年間、クソ真面目に生観戦したのです。もういいじゃないか、猪木も引退したんだし、もう充分だろう、そう思って10年が経ちました。

なのに、僕の「プロレス心」は、鎮静しなかった。僕の大好きだった「昭和プロレス」は、もうDVDの中にしかないのに。雨の日も風の日も、駅まで自転車で買いに行った「週刊ファイト」も休刊してしまったのに。其れが何故なのかなんて、僕にも分りません。でも、きっと「プロレス者」として生き続けなければならないと決意したキッカケだけは、分っているんです。

僕が住む下町(通称:片瀬の街)の近所(「てか、隣なんだけどさ」)の煙草屋サンで、毎週「週刊ファイト」を買っていました。「ニッカン」も「デイリー」も「東スポ」も、歩いて1分の隣の其処で買っていたんです。でも一昨年、御主人が亡くなって、新聞を取り扱ってくれなくなったんです。

未亡人に僕は「なんで新聞を置かなくなっちゃったんですか?」と訊きました。彼女は、こう応えました。「だってさ、たった一人しか買わないのに、ずっとウチのひとったら『あいつが買いに来るから置かなきゃダメなんだ』って云ってさ、売れ残りの返品とか大変だからヤメちゃったのよ」と。

変だナァ、とは感じてたんですよ。「何で、スポーツ紙の朝刊も夕刊も全部置いてくれて、プロレス新聞まで常備してんだろ?」ってさ。亡くなった御主人は、こうも云ったそうです。「なんかさ、そいつは、たまにスポーツ新聞を全部買うんだよ。俺はさ、どうも、女優かなんかの贔屓なんじゃねぇかって思ってんだよ。誰だか分らないんだけど、兎に角、そいつが買うんだから置かなきゃイケナイだろ?」と。

「あの、其の『たった一人』って、僕のことだと思います。」と僕は云いました。「なんだ、あんただったのかよっ!」と、未亡人は笑いました。

そして、僕は「プロレス者」に復帰したのでした。


(小島藺子/姫川未亜)



初出:「COPY CONTROL AGAIN」2008-5-26

(原題:「僕はプロレス者」)



(REMIX by 小島藺子/姫川未亜)2009-3-25



posted by 栗 at 23:12| KINASAI | 更新情報をチェックする

2009年03月26日

FAB4-005:I SAW HER STANDING THERE

Three Hearts To Be Continued Tiffany


 w & m:McCARTNEY / LENNON

 P:ジョージ・マーティン
 E:ノーマン・スミス
 2E:リチャード・ランガム(2/11)、A.B.リンカーン(2/25)
 録音:1963年2月11日、MIX:1963年2月25日

 1963年3月22日 アルバム発売、パーロフォン PMC 1201(モノ)
 1963年4月26日 ステレオ盤発売、パーロフォン PCS 3042
 (「PLEASE PLEASE ME」 A-1)


シングル「PLEASE PLEASE ME」がバカ売れしちゃったので、ジョージ・マーティンは賭けに出ました。「兎に角、さっさとアルバムを出そう。こいつらの旬を逃してはイカン!」シングル二枚の四曲が、既に在りました。当時の英国では14曲入りがアルバムの定番です。残り、10曲が足りません。切羽詰まったマーティンは、ビートルズに、スタジオ・ライヴで、たったの一日で10曲を録音させたのです。

そうなのです。ビートルズの記念すべきデビュー・アルバムで在る「PLEASE PLEASE ME」は、基本的には「たったの一日で録音された」のです。デビュー・シングル同様、デビュー・アルバムの最初もポール・マッカートニーの作品から始まります。原題は「SEVENTEEN」と云い、実際に録音時も其の名前でコールされていました。ベーシストで在るポールのカウントから始まる、サイコーなロケンロールですけど、普通はカウントってドラマーがやるんだよね。ビートルズの場合、リンゴは滅多にカウントを担当出来ません。カウント入りの曲を思い浮かべて下さいナ。一番多いのがポール、次がジョン・レノン、そんでもってジョージ・ハリスン。

「哀れなり、リンゴ・スター☆」

冒頭のカウントは別テイクからの流用ですが、演奏自体はオーヴァー・ダビングを加えたものの基本的には同一テイクの一発録りです。ホウイチくん(敢えて名は伏せるが「中山康樹」氏で在る)が「途中で繋いでいる」なんぞとエラソーに書いておりますが、耳が在ればそんな愚かな見解は出て来ません。大体やね、此の時代って「2トラック」なんですよ。あーたさ、録音した事ないし、聴いて無いでしょ?オーヴァー・ダビングするのと、別テイクを繋ぎ合せるのは、全く違うのよさ。

「アンソロジー」関連音源を貶すのは構わないけど、実は聴いて無いね。バレバレじゃん。挙句に2009年のリマスター祭りに便乗して旧作を焼直しただけのダメ本を出した時には「モノラルの箱しか買わない」と堂々とぬかしやがったのだよ。アノね、あーた、一般的に流通しているのはステレオのリマスター盤であって、其れに便乗してクズ本を全く再検証もせずに再販しやがって、盗人猛々しいぞ。聴きもせずにガイド本を出すって何じゃらホイ。悲劇としか云えないのが、そんな敢えて名は伏せないが「中山康樹」氏のビートルズ本が安いからとばかりに図書館などにもあって、いたいけな初心者が出鱈目を信じてしまう事なのだ。ま、其れも修行かもしれませんね。あたくしも、昔は散々「インチキ・ガイド本」に騙されました。でも、21世紀にもなって其れはないざんしょ。

最近でもポールは此の曲を演奏していますが、ビートルズ解散以降、長い間封印していた楽曲でもあったのです。解禁したのは、1986年6月20日の「プリンス・トラスト」でした。客席で立ち上がり踊る「故・ダイアナ妃」の姿に萌えたナァ。

「ポールが歌えば、ダイアナも踊る!」

いえ、其れは本当に「衝撃的な映像」だったのだよ。だって、此の日本でおんなじ事なんて許されないじゃん。アノコ様とかコノコ様とかがさ、例えば「矢沢サンの武道館に貴賓席とかが在って、其処でキャロル時代のロケンロールとか演られて、思わずタオルを投げ乍ら踊り狂っちゃいましたよっ!」なんて事なわけだ。そりゃ、マズイでしょ?でもさ、ダイアナは「其れをやっちまった」んだよ。

「王子の立場無しですよっ!」
(虎キチの弁当屋声で)(もっと云うなら、麗しの「うらら姫」声で!)

さて、此の楽曲は、「珍しくもジョンがカヴァーした数少ないポール作品」でも在ります。1974年にエルトン・ジョンのライヴに飛び入りしたジョンは、こんな格好良過ぎる台詞をぬかしやがって、此の曲を演奏したのです。

「いつもは別れたフィアンセ(ポール)が歌うけど、今宵は僕が歌うよ」


(小島藺子/姫川未亜)


初出:「COPY CONTROL AGAIN」2008-6-14
REMIX-1:「COPY CONTROL」2008-9-4

(REMIX-2-4 by 小島藺子)2009-9-9



posted by 栗 at 00:02| FAB4 | 更新情報をチェックする

「片瀬那奈マネ日記」#431

PIANO&BEST(初回生産限定盤)(DVD付)


サブタイトル「TSUTAYAにて」


以上。

「あっ。マイマイのベスト盤、もう出てたんだ。」

あたくし「ハッキリ云って、☆クンどころじゃありませんですっ!」(キッパリと断言)思えば、前作で最高傑作「MY LIFE」DVD付き初回盤も、購入し壱度も視聴してなかったのに聖母様に、うっかりプレゼントしちゃいました。

買いますよ、ベスト盤。昨年のマイマイのソロ実演にも行ったんですからね。でも、其の時も、僕は久しぶりに「青うにょ師匠」に逢えて「片瀬サン担当時代には、大変お世話になりました」と御挨拶出来た事が壱番印象に残っているんです。

ええ、「全ては那奈ちゃんゆえ」なんですよ。

でもさ、本来ならウチの「☆クン番記者」が、投稿すべきなんですよ。全く何やってんだかナァ、JETちゃん。君は「アストロ球団」って漫画を読んだ事が無い様だ。あのさ、那奈ヲタなら漫画やアニメから学ぼうぜ。

「僕は、漫画なんだよ」


「◎+、ドモアリガト」 (小島藺子/姫川未亜)



posted by 栗 at 19:44| pre-UNYO | 更新情報をチェックする

2009年03月27日

FAB4-006:MISERY

アット・アビー・ロード Nothing But the Real Thing


 w & m:McCARTNEY / LENNON

 P:ジョージ・マーティン
 E:ノーマン・スミス(2/11、2/25)、スチュワート・エルサム(2/20)
 2E:リチャード・ランガム(2/11)、ジェフ・エマリック(2/20)、 A.B.リンカーン(2/25)
 録音:1963年2月11日、20日、MIX:1963年2月25日

 1963年3月22日 アルバム発売、パーロフォン PMC 1201(モノ)
 1963年4月26日 ステレオ盤発売、パーロフォン PCS 3042
 (「PLEASE PLEASE ME」 A-2)


ジョン・レノンとポール・マッカートニーが共作した此の楽曲は、当時彼らが前座を務めていた「ヘレン・シャピロ」の為に書かれたと云われています。言わば「憧れのお姉ちゃん」の為に、書いたのです。されど、彼女の歌唱によるヴァージョンを聴いたことが在りませんので(実際に録音して居れば「アット・アビイロード」に収録されたはずですので、歌ってないのでしょう)、つまり、「歌詞が暗いから歌いたくないわ」と、ボツになった曲です。

「F、G、C、Am」 と云う、たったの「4コード」で展開する楽曲なのですが、其処は「天下のレノン・マッカートニー」なのです。正に、まさに、「隠れた名曲」と呼ぶに相応しい作品になっております。其れは、此の時点で「レノン・マッカートニーはソングライター・チームとして完成されていた」事を教えてくれます。此の曲は「憧れの女性歌手の為に、職業作家として書いた」作品だったのです。其れがボツにされたから「セルフ・カヴァー」したのよさ。ちなみに「FROM ME TO YOU」も、当初はヘレン用に書かれたらしいです。後に、ヘレンは「歌ってあげれば好かった!」と地団駄を踏んだんじゃまいか?

たった壱日で録音されたデビュー盤ですが、此の楽曲には「スーパー・インポジション(現在で云うところのオーヴァー・ダビング)」で、ジョージ・マーティンがピアノを加えています。後に語る「BABY IT'S YOU」と合わせて「二曲にマーティンが音を重ねた」セッションには、後の「ザ・ビートルズ物語」で重要な役割を果たす青年が初めて「セカンド・エンジニア(よーするに、エンジニア助手)」で参加しました。(其の辺の様子は、近年、彼が書いた辞書みたいに分厚い本に詳しく書いて在ります。)

彼の名は「ジェフ・エマリック」と云います。

其の時にマーティンが弾いたピアノのフレーズは、日本のグループ・サウンズの草分けのひとつで在る「ザ・ワイルドワンズ(永遠の若大将:加山雄三サン命名)」の名曲「青空がある限り」で、ギター・フレーズとなって輪廻転生するのですが、其れはずっと後のお話です。


(小島藺子/姫川未亜)


初出:「COPY CONTROL AGAIN」2008-6-14
REMIX-1:「COPY CONTROL」2008-9-5

(and this is REMIX-2 by 小島藺子)



posted by 栗 at 00:06| FAB4 | 更新情報をチェックする

「片瀬那奈マネ日記」#432

Pet Sounds


サブタイトル「ペット大集合!ポチたま」


以上。

那奈ちゃん「落ち」じゃん!
【注】お笑い好きの片瀬クンは、以前より「トリ」の事を「落ち」と云います。例えば、歌手時代に☆クンたちと「SHiNY GIRLS」のイベントをやった時なんかに「あたしが落ちだったから」などと使います。此の「片瀬言語」は、片瀬クンが「酉」が苦手だって云う理由も在るのではないか?とあたくしは睨んでおります。(小島藺子・談)

あっ。女子マネちゃん、「宣伝、乙」です。


「THANX 4 maruca」 (小島藺子/姫川未亜)



posted by 栗 at 20:35| pre-UNYO | 更新情報をチェックする

「ペット大集合!ポチたま2時間SP」

Pet Sounds


テレビ東京 19:00〜20:54

ゲスト出演:片瀬那奈&マロン


愛犬・マロンと共に那奈ちゃんが「オチ」で登場!モンブランも同行していたらしいのですが、ご機嫌が悪くて出演できなかった模様です。


(姫川未亜)



「ペット大集合!ポチたま」テレビ東京公式サイト


posted by 栗 at 20:57| TV | 更新情報をチェックする

「2009年3月のTVで那奈ちゃん☆」

歌のおにいさん オリジナルサウンドトラック


3/6(金) 「歌のおにいさん 7」 テレビ朝日 23:15〜24:10
3/7(土) 「朝食亭(再)」 WOWOW 12:00〜13:00
3/13(金) 「歌のおにいさん 8(最終回)」 テレビ朝日 23:15〜24:10
3/15(日) 「FOOTBALL CX チャンピオンズリーグダイジェスト 08/09」 フジテレビ 2:20〜3:20
3/22(日) 「ジャンクSPORTS WE LOVE SPORTS スペシャル!」 フジテレビ 19:00〜20:54
3/27(金) 「ペット大集合!ポチたま2時間SP」 テレビ東京 19:00〜20:54


此の当時って、特にバラエティ番組の記事で「詳細は後ほど」が増えましたね。此のフレーズは当初は「実際に忙しくて書けなかった」ってホントの理由から出たのですが、いつの間にか「別に詳しく書くほどでもねーか」って意味に変化しました。


(小島藺子)



posted by 栗 at 23:57| TV | 更新情報をチェックする

2009年03月28日

FAB4-00那奈:ANNA(GO TO HIM)

Unusual普通じゃない―内山理名写真集〈上〉 THE GREATEST ARTHUR ALEXNDER


 w & m:ARTHUR ALEXNDER

 P:ジョージ・マーティン
 E:ノーマン・スミス
 2E:リチャード・ランガム(2/11)、 A.B.リンカーン(2/25)
 録音:1963年2月11日、MIX:1963年2月25日

 1963年3月22日 アルバム発売、パーロフォン PMC 1201(モノ)
 1963年4月26日 ステレオ盤発売、パーロフォン PCS 3042
 (「PLEASE PLEASE ME」 A-3)


ビートルズのレコードは、あたくしが彼らに夢中になった1970年代前半には「トンデモない事」になっていました。今でこそ、基本的には英国オリジナルに統一されていますが、現役時代からCD化される1980年代後半までは、各国盤が好き放題に発売されていたのです。特に、日本では解散した1970年に一気に米国盤がリリースされちゃったので「もう何が何だか訳分りませんがな」って状況の1973年に赤盤青盤でヤラレちゃった僕らの世代が、きっと一番痛い目に逢ったんですよ。現に、リアル・タイムで聴いていたキヨシちゃんが「スートンズとかはダブってんだけどさ、ビートルズはアルバムのダブり曲が無いんだよ。ああ、こいつらは信用出来るって思ったナァ」と述懐しております。本当に、ビートルズは二度売りは一切合切しなかったんですよ。英国オリジナル盤を詳らかにすれば、一目瞭然です。日本でも、現役時代は「基本的には英国フォーマット」で発売されて居たんです。でも、諸外国(特に米国)は違った。

アルバムを各国でテキトーに編集して出してたんですから、シングル盤なんてもっと酷かったんです。当時は四曲入りのコンパクト盤も出ていて、中学生には魅力的な商品でした。此の「アンナ」も、日本では「ディジー・ミス・リジー」とのカップリングでシングル発売されています。調べると、1965年9月に出ています。そりゃそーだ、A面は「HELP !(1965年8月発売)」からの収録じゃん。でも、B面の「アンナ」は、英国のデビュー盤(1963年1月発売)からのカットなのです。そんでもって、両面ともカヴァー曲です。

当時の日本では、毎月、ビートルズのシングル盤が発売されていた様です。其れも、毎月壱枚じゃなく、三枚とか四枚とか出ていたみたいなのですよ。「ビーチ・ボーイズの山下達郎」と呼ばれる男ですら、うっかり買ってしまったシングルが「ディジー・ミス・リジー / アンナ」だったりもするのです。(大瀧師匠が「山下クンが買ったってのが凄いね」と妙に感心!)アルバムでは英国盤に準じ乍ら、シングル盤やコンパクト盤を乱発し、解散前後には各国盤のアルバムまで復刻し、挙げ句に「西新宿」も在るって「日本」は、間違い無く「貴方が世界一」の「ビートルズの音盤を販売して居る国家」でしょう。トホホ。

さてさて、前置きが長くなりましたが、記念すべき「那奈曲目」に紹介する「アンナ」は、「カヴァーの王様:ジョン・レノン」此処に在り!を示すに持って来いの名唱が聴ける楽曲です。後に詳しく述べますが、たった一日で録音された「PLEASE PLEASE ME」の録音当日に、在ろう事かジョンは風邪をひいていました。ゆえに、此のアルバムでの彼は完全なる「鼻声」です。

しかし、其処が好いっ!

一日でのやっつけ仕事の為、既にオリジナルが豊富だった彼らも歌いなれたカヴァー曲を多く取り上げる結果となりました。でも、其れすらも「結果オーライ」でした。此のジョンの熱唱を聴いて、アーサー・アレキサンダーと云うアーティストを知った片は少なくないと思います。洋楽人生がビートルズから始まって、本当に幸運でした。彼ら以前にも、彼ら以後にも、すべてに繋がる道が目の前に広がったのです。だって、当時中学生だったし、時は1970年代前半だったのですもの。


(小島藺子/姫川未亜)


初出:「COPY CONTROL AGAIN」2008-6-15
REMIX-1:「COPY CONTROL」2008-9-6

(and this is REMIX-2 by 小島藺子)



posted by 栗 at 01:39| FAB4 | 更新情報をチェックする

「日刊・片瀬時代開始だっ!TVで那奈ちゃん☆」

ゴーストフレンズ DVD-BOX


☆片瀬那奈ちゃん☆TV出演予定☆最新版☆

■ 4月1日(水) フジテレビ 14:07〜15:00
 チャンネルα「離婚弁護士II〜ハンサム ウーマン〜(再)#01『対決!最強弁護士』」
  NEW !
 (緒方亜紀 役)

■ 4月1日(水) 読売テレビ 15:50〜16:48
 「行列のできる法律相談所」 NEW !
 (ゲスト出演)

■ 4月2日(木)スタート! NHK総合 毎週木曜日 20:00〜20:43
 ドラマ8「ゴーストフレンズ」 NEW !
 (助演、小野あやか 役。いよいよ、登場です。)

■ 4月3日(金) フジテレビ 14:07〜15:00
 チャンネルα「離婚弁護士II〜ハンサム ウーマン〜(再)#02『壮絶慰謝料合戦』」
  NEW !
 (緒方亜紀 役)

■ 4月6日(月) フジテレビ 14:07〜15:00
 チャンネルα「離婚弁護士II〜ハンサム ウーマン〜(再)#3『離婚詐欺』」
  NEW !
 (緒方亜紀 役)

■ 4月7日(火) フジテレビ 14:07〜15:00
 チャンネルα「離婚弁護士II〜ハンサム ウーマン〜(再)#4『夫の土下座』」
  NEW !
 (緒方亜紀 役)

■ 4月8日(水) フジテレビ 14:07〜15:00
 チャンネルα「離婚弁護士II〜ハンサム ウーマン〜(再)#5『涙の親権争い!』」
  NEW !
 (緒方亜紀 役)
 以降、当然、最終回まで毎日「つづく」でしょう。

■ 4月11日(土) NHK総合 14:00〜15:00
 「土曜スタジオパーク」 NEW !
 (ゲスト出演)
 「えっと、生放送ですか?」


■ 舞台情報

KOKAMI @ network vol.10
「僕たちの好きだった革命」再演!!


 演出、脚本:鴻上尚史

 出演:革命同志諸君(半分入れ替えアリ)、ヒロインは当然、
 
 片瀬那奈 as 小野未来

 2009年5月19日(火)〜5月31日(日)

 @ 東京芸術劇場中ホール(池袋)全17公演

 絶賛発売中!


 【全国公演】 NEW !

 期間:2009年6月1日(月)〜7月5日(日)(予定)

 北海道(詳細不明)6/1(月)、
 北海道(札幌 )6/2(火)@札幌市教育文化会館 大ホール、
 北海道(詳細不明)、
 宮城(石巻 )6/13(土)@石巻市民会館、
 福島(福島)6/14(日)@福島県文化センター 大ホール、
 岩手(詳細不明)、
 愛知(名古屋)6/21(日)@愛知県勤労会館、
 大阪(大阪)6/27(土)〜6/28(日)@サンケイホールブリーゼ
 全3公演 3/20(祝)一般発売開始!
 山口(山口)6/29(月)@山口市民会館 大ホール
 
 ※4/5(日)に山口情報芸術センターにて、
 劇作家・鴻上尚史が語る舞台「僕たちの好きだった革命」(無料イベント)が在りますよっ!

 広島(広島)7/1(水)@アステールプラザ 大ホール、
 兵庫 7/5(日)詳細不明、ほか。

 ぞくぞくと、先行発売中!近日、一般発売開始!!





映画「20世紀少年」第2章: 最後の希望
未だ未だ、絶賛公開中でゴンス。



(小島藺子)



posted by 栗 at 21:40| TV | 更新情報をチェックする

2009年03月29日

FAB4-008:CHAINS

The Complete Cookies パールズ


 w & m:GOFFIN / KING

 P:ジョージ・マーティン
 E:ノーマン・スミス
 2E:リチャード・ランガム(2/11)、 A.B.リンカーン(2/25)
 録音:1963年2月11日、MIX:1963年2月25日

 1963年3月22日 アルバム発売、パーロフォン PMC 1201(モノ)
 1963年4月26日 ステレオ盤発売、パーロフォン PCS 3042
 (「PLEASE PLEASE ME」 A-4)


ビートルズは、メムバーが四人全員が歌えた。

其れゆえに、普通のバンドでは有り得ない事が、解散後に起こりました。なんとまあ、メムバー全員が、ソロ歌手としても成功してしまったのです。はっきり云って、そんなバンドは他に思い当たりません。解散後に四人ともソロでも全米チャート首位を獲得してしまったバンドなんて、他に在るでしょうか?いや、無い。

EMIと契約する前に、1962年の元旦、彼らは正月返上で「デッカ・オーディション」に挑み、無惨にも落とされました。其の時のドラマーは、ピート・ベストです。彼は歌わせてもらえなかったので(理由は定かではないけど、太鼓も今イチだったことから察するに、歌はもっと酷かったのでしょう)、ジョン、ポール、そしてジョージが歌っています。

現在では容易に聴ける其の音源では、緊張しちゃったのか、ジョンとポールは実力の半分も出せていません。只一人、一番若いジョージが生き生きと歌っています。特に、ゴフィン&キング作品のカヴァー「TAKE GOOD CARE OF MY BABY」は名唱です。現に結局はオーディションを落とした「世紀のホウイチ:デッカ」は、当時の慣例から誰かひとりをリード歌手に据えようと考えましたが、其れは「ジョージ」が第一候補だった模様です。

デビュー・アルバム「PLEASE PLEASE ME」から、基本的に「ジョン&ポール」が核で在ったビートルズですが、バンドは四人平等がモットーだったと思えます。ジャケットには解散まで、常に四人が同じ大きさで映っていますし、ジョージとリンゴにも僅かな例外を除いて、リード・ヴォーカルを最低壱曲は担当させています。ゴフィン&キング作品で、オリジナルは黒人三人娘の「クッキーズ」が歌ったスマッシュ・ヒット曲で在る「愛の鎖」を、ジョン、ポール&ジョージが歌います。リードを取るのは、最年少のジョージです。此の三人によるハーモニーは、最後の「ABBEY ROAD」まで彼らの大きな武器のひとつとなります。

ビートルズは、ガールズ・グループのマイナー曲を好んでカヴァーするかなり「へんちくりんなバンド」でした。現在の日本なら、新人男性ロック・バンドが、例えば「風間三姉妹のシングルB面曲をカヴァーしちゃう」みたいな感覚です。(おいおい、それじゃ「浅香唯メドレー」じゃん!)他の連中とは違うレパートリーを演奏して目立ちたかったからだと云う理由だけではなく、彼ら三人によるコーラスには、間違いなくガールズ・グループからの影響が多大に感じられます。そんな「ユニセックス的な魅力」も、彼らを化け物にした要因のひとつだと思います。ちなみに、作者のキャロル・キング姐御本人が、最近のステージでも「ま、ビートルズも、所詮はあたしの弟みたいな連中なのよ(はーと」とか云って、此の曲を楽しそうに演奏しています。


(小島藺子/姫川未亜)


初出:「COPY CONTROL AGAIN」2008-6-15
REMIX-1:「COPY CONTROL」2008-9-7

(and this is REMIX-2 by 小島藺子)



posted by 栗 at 00:15| FAB4 | 更新情報をチェックする

「My Cherie MAYAYA」

My Cherie Amour


まやや、御誕生日おめでとう。

君と出逢って、もう10年になるんだね。出逢った頃には、お互いに反目してた。年齢も19も違って、とても10年後の未来に「永遠の友」になっているなんて夢想だにしなかった。

女子大生だった君も、気が付けば「三十路」で、結婚も決まった。君の旦那さんの凱旋公演を観たのは、僕だけだった。空港に見送りに行ったら、見送りは僕だけだった。いつの間に、そんな仲良しになっていたんだろう?

僕は、君を心から愛しているよ。来日したら、また呑もうぜ、ライバル。

あっ。那奈ちゃんのワンピ、着れる様になったかい?


(小島藺子/姫川未亜)



posted by 栗 at 01:15| FUNKY | 更新情報をチェックする

2009年03月30日

FAB4-009:BOYS

Will You Love Me Tomorrow 1998-2003


 w & m:DIXON / FARRELL

 P:ジョージ・マーティン
 E:ノーマン・スミス
 2E:リチャード・ランガム(2/11)、 A.B.リンカーン(2/25)
 録音:1963年2月11日、MIX:1963年2月25日

 1963年3月22日 アルバム発売、パーロフォン PMC 1201(モノ)
 1963年4月26日 ステレオ盤発売、パーロフォン PCS 3042
 (「PLEASE PLEASE ME」 A-5)


幾ら時間が無かったとは云え、1テイクしか録音しないってのはナァ。しかも其れが、

「リンゴ」のうたですから。

いや、リンゴ・スターことリチャード・スターキーは「ロリー・ストーム&ザ・ハリケーン」と云う「ビートルズ」と人気を二分するバンドの「歌えるドラマー」だったのです。しかも、既に太鼓叩きを生業とする「プロ」でした。金持ちのボンボンで練習場を貸してくれていた前任ドラマーのピート・ベストは、最もハンサムで女の子にも絶大な人気を得て居ました。しかし、、、

「ドラムが下手だった。」(サー・ジョージ・マーティン声で)

ジョン、ポール、そして二人のジョージの合議で「ピート追放」が決定します。時は、メジャー・レコード・デビュー直前でした。デッカ・オーディションも、EMIでの初セッションも、ピートが太鼓を叩いたのです。いよいよ本番!って時に「おまい、クビな」ですよっ。酷い。ピートの心はズタズタだったでしょう。更に、ジョンとポールは其の「憎まれ役」を、使いパシリ同様だったジョージ・ハリスンに任せたのです。

「鬼か、レノン・マッカートニー!」

世紀の天才二人を追い続けたジョージには、仲間が必要でした。彼は迷わず、リチャードを誘います。破格の条件でリチャードは引き抜かれ「名前が長いから、リンゴにしろ。あと、其の汚らしい髭を剃れ」と命じられました。「THE BEATLES」の誕生です。さてさて、そんなリンゴですが、新たなバンドはとても自分が前に居たバンドと同等だったとは思えませんでした。

「ラベルが違い過ぎた!」(村田せんせい声で)

「好いよ、オラ、歌が下手ですた〜林檎すった〜」とばかりに、完璧な脇役人生を選択します。不幸な生い立ちが、彼に処世術を自然と身につけさせたのでした。当時のリンゴの夢は「美容院を経営する事」だったのですよ。音楽なんかでメシが喰えるなんて誇大妄想は信じていなかったのです。だって、リンゴはジョンと同い年なんですから。引き抜かれた時に既に22才です。10代中頃から苦楽を共にした他の三人とは違って「現実主義者」だったのです。とりあえず、太鼓叩いて食っていたわけです。ま、其れが普通でしょう。ジョンやポール、そしてジョージの方が「狂っていた」のでしょう。

「BOYS」も、ガールズ・グループ「シレルズ」のカヴァーです。兎に角、彼らは「おねえちゃんグループの曲」が好きでした。デビュー盤では、もう壱曲「BABY IT'S YOU」をカヴァーしていますので、シレルズはかなり好きだったのでしょう。しかも、メンバー四人全員が「女の子のカヴァーも歌っていた」わけでして、奇妙な集団だったと云わざるを得ません。そして、此の曲は、おそらくビートルズ史上で最初に「放送禁止」になった曲だと思われます。理由は、原曲のまんまの歌詞で歌ったからです。(普通なら、女の子の歌をカヴァーするのだから「BOYS」では無く「GIRLS」と歌い代えます。)「男の子の話をしようぜ!」と太鼓を叩きまくるリンゴの天然バカ歌を聴いて、良識ある大人は眉をひそめたのです。

「おい、なんだ此れはっ。ホモのうたじゃないか!」

ま、マネジャーがアレだったから、当たらずとも遠からずでしたね。


(小島藺子)


初出:「COPY CONTROL AGAIN」2008-6-15
REMIX-1:「COPY CONTROL」2008-9-8

(and this is REMIX-2 by 小島藺子)



posted by 栗 at 00:15| FAB4 | 更新情報をチェックする

「蒼き虎」2009-RE-MIX

アイ・オブ・ザ・タイガー


「伝説の虎戦士スーパータイガー」が、半額以下で売られていたので、迷わず購入しました。此の二枚組DVDには、第一次UWF時代のスーパータイガー(佐山サトル)のシングルマッチが17試合、ほとんどノーカットで収録されています。藤原戦、木戸戦、前田戦、高田戦、山崎戦は現存するものならほぼ完璧でしょう。つまりは、コンプリートと云っても差し支えない「311分」です。

御存知の通り、所謂ひとつの「Uスタイル」を作ったのは佐山です。彼は其の為に、人気絶頂でタイガーマスクを辞めました。私たち「プロレス者」が「タイガーマスク」と云う時、其れは他の誰でもなく「佐山」を指します。彼は「タイガーマスク」を名乗れなくなりましたが、人々が「タイガー!」と声援を贈る先には、ずっと彼がいました。其の「スーパータイガー」だけが、新日へUターンしなかった。創始者とも云うべき彼の不在は、必然的に「U」を前田を頂点とする軍団へと変えていきました。

しかし、やはり「U」を「U」にしたのは、佐山です。彼こそが、猪木をも凌駕した唯一の存在でした。現に、新日に出戻りした時(1986〜1987)も、其の後の新生U時代(1988〜1991)も、更には再び分裂し「U系」と呼ばれた多団体時代と総合格闘技へ吸収されて云った現在までもが、全ては「佐山の絵図通り」でした。師で在り、根っからの「天然で閃きの人」で在る「アントニオ猪木」とは違い、佐山の構想は常に理論的です。佐山のプロレスには「色気」が在ります。其れは、猪木とも共通しますし、猪木の「艶」を、いやもっとハッキリと云えば「娼婦(かつて、古館は負けたら引退と喧伝された藤波戦(1988-8-8)の実況で「猪木は、世紀(じだい)の娼婦なのかぁっ!」と絶叫しました)」とも云うべき「妖しさ」を受け継いだのが佐山でした。

然し乍ら、おんなじ「色気」でも、猪木の其れは「何をやらかすか解らない(本人も理解していない)」カタセ式に云えば「小早川妙子」なのです。対して、佐山は知的です。「ちゃんと考えている」し「理にかなっている」のです。カタセ式に云えば「平山まどか先生」的な地点まで来ています。(余談ですが、あたくしは「プロレスラー」と「ストリッパー」は、おんなじ志を持っていると考えております。其れに関しては、また別の項で語ります。)

もう25年近く前の試合です。勿論、タイガーマスクの佐山も大好きです。でも、此の時代の「蒼い」佐山がもっと好きです。此れらの試合を観ていると、最近のプロレス中継なんて、ちゃんちゃら可笑しくって観てられませんし、今宵の「K-1」も見なくていいやって思っちゃうんだよね。(一応、格闘技は好きなので観るのだけど、つまんないのよさ。こないだの「K-1」も観てたんだけど、試合よりも藤原紀香が目立ってんだもん。なんじゃ、アノ衣装は?!エロなんて、絶対、リングサイドの紀香に気を取られて負けたのよさ。アーツはチューしてナンパしてるしさ。離婚して株上がってモテモテじゃん。完全なる「紀香の為の番組」みたいになっちゃっててさ、途中で寝ちゃったわよ。)

其れでですね、当時の「U」は当然「ノーTV」だから実況なんて入っていないわけですよ。会場の歓声(ヤジ)がモロに聞こえるわけですよ。まぁ、あたくしも会場で観ている時にはこーゆー状態だったと思うのですけどね、例えば佐山が前田の腕を決めますね、すると客が云うんですよ。

「折れ!」(←興奮した感じじゃなく、冷静な野太い声で)

ひぇ〜、おっかね〜。


初出:「COPY CONTROL AGAIN」 (小島藺子)



posted by 栗 at 12:57| KINASAI | 更新情報をチェックする

「いきなりだナァ」
〜月刊・未亜〜<突然復活篇>

CoCo☆うたの大百科その1


未亜:あのですね、、、何なのよさ、最近の此処。

イコ:あんた、莫迦ぁ?「CoCo」なんて何十年前の噺よ?

未亜:瀬能あずさちゃん&三浦理恵子ちゃん派でした。じゃなくって、此処の展開が変だって噺ですよ。那奈ちゃんがメインなのにさ、何やら妖しげな感じになってませんかっ。

イコ:乙女塾って好かったよね。どれ、理恵子の「水平線でつかまえて」でも聴く?

未亜:♪くろーるくろーるしてぇー♪、あのね、、、そーじゃなくってさ、

イコ:あっ、御免ね、未亜たんはやっぱ「キューティーズ」だよね、元祖「みあみあ」のレアなカヴァー曲でも如何かしら?

未亜:姐御、、、本気と書いてマジになったわけですか。

イコ:おやまあ、随分と素直になったわね、未亜たん。

未亜:いえ、長年コムビ組んでいますからね。分りました。ついてゆきます。

イコ:なんか、つまんねーナ☆もっと絡めよ。けけらけらけら。

未亜:じゃあ、云うけどさ。もう此処、滅茶苦茶じゃん!那奈ちゃんは、何処へ?

イコ:片瀬クンは、此処にいるよ。

未亜:いえ、多分さ、いたいけな那奈ちゃんファンは理解してませんって。

イコ:「いたいけな那奈ちゃんファン」って、誰よ?

未亜:だからぁ、若いヤングの、、、

イコ:今年で28才!キャリア10年以上のベテラン女優だぞ、片瀬クンは。

未亜:あっ。

イコ:こんな処まで辿り着く輩はさ、擦れっ枯らしのコアな那奈ヲタだけだろ?

未亜:うぐぐ。

イコ:あのさ、此処って何か知ってる?単なる個人が書いている「BLOG」だぞ。

未亜:いや、そりゃそーだけどさ、今や、あのその、へどもど、、、

イコ:あたくしが自分の場所で何を書こうと勝手でしょ?其れに、全部「片瀬噺」じゃん。

未亜:そりゃそーなんですけどぉ、一応「ゼンキロ」じゃん。那奈ちゃんの記録が、、、

イコ:だから、全部「片瀬那奈の記録」でしょーが。

未亜:はぁ?姐御、其れは一寸、、、

イコ:此の世は「カタセカイ」でしょ?其の時代を記録する事になるのは当然よ。

未亜:何だか、訳分んないんです。

イコ:分んなくって好いのよ。未亜たん、楽しい?

未亜:はい、訳分んないけど、楽しいです。

イコ:うん、楽しければ宜しい。


(小島藺子/姫川未亜)



posted by 栗 at 22:07| MIAMIA | 更新情報をチェックする

2009年03月31日

FAB4-010:BABY IT'S YOU

The Look of Love: The Burt Bacharach Collection Out of Our Idiot Baby It's You/The Shirelles and King Curtis Give a Twist Party


 w & m:MACK DAVID/ BARNEY WILLIAMS / BURT BACHARACH

 P:ジョージ・マーティン
 E:ノーマン・スミス(2/11、2/25)、スチュワート・エルサム(2/20)
 2E:リチャード・ランガム(2/11)、ジェフ・エマリック(2/20)、A.B.リンカーン(2/25)
 録音:1963年2月11日、20日、MIX:1963年2月25日

 1963年3月22日 アルバム発売、パーロフォン PMC 1201(モノ)
 1963年4月26日 ステレオ盤発売、パーロフォン PCS 3042
 (「PLEASE PLEASE ME」 B-3)


此の連載では、基本的に英国オリジナル発売順に楽曲を紹介しています。デビュー・アルバム「PLEASE PLEASE ME」のA面は、「BOYS」の後にセカンド・シングル「PLEASE PLEASE ME」から両面、そしてB面はデビュー・シングル「LOVE ME DO」から両面と、畳み掛ける様に中盤の山場がやって来ます。ヒット・シングルをアルバムにも収録するのは、当時の通例でした。と云うよりも、アルバムはシングルの寄せ集めと云って良い時代だったのです。されど、ビートルズが其の通例に従ったのは、此のデビュー盤だけでした。

此処で注目すべきは、彼等が既に「アルバムとシングルは別」と考えていたと思える曲順です。御馴染みのヒット曲と其れに負けず劣らずのB面曲が、合わせて四曲も在りました。其れなのに、其れらを真ん中にまとめて収録してしまったのです。其の前後が、たった壱日で録音された10曲なのです。其の理由は、録音をした事が在る片ならお分かりでしょう。真ん中の四曲こそが、実は「違和感」が在るのです。其れは、其の前後が実質的には、「1963年2月11日(日)の、実況録音盤」だからです。だから、敢えて分けた。其れが、彼等の其の後に繋がります。

さて、怒涛のシングル曲四連発を受けて、ふたたびシレルズのカヴァーが登場します。たったの一日で10曲も録音を強行した1963年2月11日、前述の通り、当時は圧倒的なリーダーで在った「天下無敵のジョン・レノン」は風邪をこじらせていました。夢にまでみた「初のアルバム」を録音する当日に、在ろう事か声が出ないかもしれない事態に陥ったジョン。其のプレッシャーは想像を絶するものだったでしょう。実際に、午前中のセッションではポールがほとんどの曲を歌います。ジョージ、リンゴも歌います。ジョンは、歌えないのか?午後になってさらに高熱に悩まされたジョンは、底力を発揮します。此の名唱を聴いて下さい!此れが、今にも倒れそうな人間が歌ったとは、到底思えません。ジョンは、デビュー以前に出来上がっていました。

やっつけ仕事の10曲中で「MISERY」と此の曲だけ、20日にジョージ・マーティンがオーバーダビングをしています。此の曲には、チェレスタとピアノを加えたのですが、結局はピアノは消去されました。此の楽曲は、シレルズのカヴァーと云うよりも、「THE BEATLES MEETS BART BACHARACH」と呼ぶべき名カヴァーでしょう。あたくしにとって「20世紀最大の作曲家」は、レノン・マッカートニーでも、ブライアン・ウイルソンでも、キャロル・キングでも、スティーヴィー・ワンダーでも、他の誰でも在りません。最も影響を受けた作曲家は「バート・バカラック」です。

2008年は、尊敬する作曲家である「バカラック先生(2月)」と「キャロル姐御(11月)」に逢えた年でもありました。でも、当時66才のキャロル姐御は「CHAINS」を誇らしげに披露したけれど、当時79才のバカラックは此の曲を演奏しなかったっ!御存知の通り、此の楽曲はビートルズ以外にも数多くのカヴァーが存在する「世紀を超えた名曲」です。参ったよ、バカラック先生。「俺様は、未だ未だ、ビートルズなんぞに介護される気はねぇよ」って事なんでしょう。恐るべき80才です。

其れにしても、レノンの此のヴォーカルの色っぽさは、何なんだ?ガールズ・グループが歌うよりも、遥かに艶っぽい。♪おほ〜んっ!♪とか、しゃくり上げる部分が堪りませんっ!完全に「他人が書いた曲を、手篭めにして居る」んですよっ。

正に、ジョンは「カヴァーの天才」でした。


(小島藺子/姫川未亜)


初出:「COPY CONTROL AGAIN」2008-6-16
REMIX-1:「COPY CONTROL」2008-9-9

(and this is REMIX-2 by 小島藺子)



posted by 栗 at 00:07| FAB4 | 更新情報をチェックする

「片瀬那奈マネ日記」#433

僕たちの好きだった革命


サブタイトル「『僕たちの好きだった革命』HP 開設」


以上。

「僕たちの好きだった革命」フジテレビ公式サイト

「女子マネちゃん、てんきゅ☆」

今回は、フジテレビが主催なのね。其れで「リコベン」か?じゃあ、全部、再放送しちゃってよ。フジは持ってるぞっ。「遠い夏」だけでも好いから再放送してくんしぇいっ!!てか、あにい。「FLY」と「遠い夏」くんしぇい。「水着ショー完全版」あげたじゃん。

また、よくお逢いする日々が来ますよ、女子マネちゃん。

「睨まないでね、怯えないでねっ。」むふふふ。(猪木声で)


「感謝!◎+」 (小島藺子)



posted by 栗 at 20:56| pre-UNYO | 更新情報をチェックする