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2009年03月14日

「NANA DIARY」モバイル版 #061

歌のおにいさん オリジナルサウンドトラック


サブタイトル:「こんにちは」

「未来への助走」篇



なな、なんと、御本尊様から二日続けての日記が届きましたよっ。

「うたおね」の打ち上げで「ラッキー・ガール」振りを発揮したお話から始まり、共演された「滝沢氏&氷室王子」が出演中の舞台観て、其れを大いにを宣伝する那奈ちゃんらしい「本気の気配り」へ繋ぎ、其の流れで、いよいよ五月から再演される「革命」への誘いへ、と絶妙な展開を魅せる日記です。

そうです。残念ながら「来るべきデラックス特番」まで「美月うらら姫」とはお別れです。されど、那奈ちゃんの心は、すでに「小野の季節」へ向かいました。

那奈ヲタへ告ぐ。
「片瀬那奈の真髄は、LIVE です。皐月、池袋でお逢いしましょう。」



「LOVE 4 ◎+」 (小島藺子/姫川未亜)



posted by 栗 at 18:38| 7D | 更新情報をチェックする

「So close, 7」Spring Style vol.5 更新!

ゴールデン・ベスト


So close, 7、更新


Spring Style vol.5

春はポップな色遊び&柄が
ブームの予感



あらら、9日に更新してたのね。でも、ホワイト・デイだから今日書いちゃうよっ!(森田ちゃん声で)てかさ、御本尊様、、、

「COPY おんなじやん。」
「いっこだけじゃん!」
「手抜きじゃん!!」


あっ。すいません、那奈ちゃん、すいません。お忙しいのに更新して下さって有り難やぁ〜、ははぁ〜!(エレナ様直伝の土下座)

流石に、今回のは買えませんです。似合いそうなGFがいない。那奈ちゃんだからこそ似合うワンピです。でもね、前回の「ロゴ刺しゅう入り配色パーカ」は、勿論、即購入し愛用中です。


(小島藺子/姫川未亜)



posted by 栗 at 20:47| PRODUCE | 更新情報をチェックする

2009年03月16日

「HAPPY MONDAY」

エッセンシャル


「000」+「009」+「010」=「HAPPY」

本日はお日柄も好く、とても「記念すべき日」となりました。楽しかったナァ。小野時代が来る「2009年春」は、すぐ其処なのよさ。

「行くぜ、兄弟&姉妹。やるぞ。」


(小島藺子/姫川未亜)



posted by 栗 at 23:15| HAPPY☆ | 更新情報をチェックする

2009年03月17日

「片瀬那奈マネ日記」#429

歌のおにいさん オリジナルサウンドトラック


サブタイトル「うららおねえさん」


以上。

4歳の女の子ファンですか。那奈ちゃんって、本当に「老若男女」全てのみんなに好かれています。イベントに行けば、一目瞭然ですよ。かつて、16歳でモデルとしてデビューした頃に、那奈ちゃんは云った。「女の子にも男の子にもみんなに好かれる人になりたいです」と。那奈ちゃんは、其の夢を実現しました。「夢は叶えるモノ」だと、僕は片瀬那奈ちゃんに教わった。

「那奈ちゃん、有難う!」


(姫川未亜)



posted by 栗 at 22:56| pre-UNYO | 更新情報をチェックする

2009年03月18日

「小野時代到来だっ!TVで那奈ちゃん☆」

ゴーストフレンズ DVD-BOX


☆片瀬那奈ちゃん☆TV出演予定☆最新版☆

■ 3月22日(日)フジテレビ 19:00〜20:54
 「ジャンクSPORTS 2時間SP」
 (ゲスト出演)

■ 3月27日(金)テレビ東京 19:00〜20:54
 「ペット大集合!ポチたま2時間SP」
 (ゲスト出演)

■ 4月2日(木)スタート! NHK総合 毎週木曜日 20:00〜20:43
 ドラマ8「ゴーストフレンズ」 NEW !
 (助演、小野あやか 役。制作発表されました。今年の春は「小野サン」です。
  でも、「OH NO」ではなく「YES !」なのだ☆)

■ 4月11日(土) NHK総合 14:00〜15:00
 「土曜スタジオパーク」 NEW !
 (ゲスト出演)
 「えっと、生放送ですか?」


■ 舞台情報

KOKAMI @ network vol.10
「僕たちの好きだった革命」再演!!


 演出、脚本:鴻上尚史

 出演:革命同志諸君(半分入れ替えアリ)、ヒロインは当然、
 
 片瀬那奈 as 小野未来

 2009年5月19日(火)〜5月31日(日)

 @ 東京芸術劇場中ホール(池袋)全17公演

 絶賛発売中!


 【全国公演】 NEW !

 期間:2009年6月1日(月)〜7月5日(日)(予定)

 北海道(詳細不明)6/1(月)、
 北海道(札幌 )6/2(火)@札幌市教育文化会館 大ホール、
 北海道(詳細不明)、
 宮城(石巻 )6/13(土)@石巻市民会館、
 福島(福島)6/14(日)@福島県文化センター 大ホール、
 岩手(詳細不明)、
 愛知(名古屋)6/21(日)@愛知県勤労会館、
 大阪(大阪)6/27(土)〜6/28(日)@サンケイホールブリーゼ
 全3公演 3/20(祝)一般発売開始!
 山口(山口)6/29(月)@山口市民会館 大ホール
 >営業部長:「2 to 0」=「018」に告ぐ
 ※4/5(日)に山口情報芸術センターにて、
 劇作家・鴻上尚史が語る舞台「僕たちの好きだった革命」(無料イベント)が在りますよっ!

 広島(広島)7/1(水)@アステールプラザ 大ホール、
 兵庫 7/5(日)詳細不明、ほか。

 先行発売中!近日、一般発売開始!!





映画「20世紀少年」第2章: 最後の希望
未だ未だ、絶賛公開中でゴンス。



(小島藺子)



posted by 栗 at 00:07| TV | 更新情報をチェックする

「COMING SOON」ふたたび。

Comin’Soon


♪もーすぐはーるですねぇ♪

2009年の春から初夏は「小野の季節」です。正に「春うらら」なのです。及川クンまで「うららぁーっ!」と絶叫しました。

「片瀬那奈、27歳」、勝負の「10周年」が来ました。

御存知の通り、片瀬那奈ちゃんのデビューは「片瀬那奈」としてでも「1998年」ですし、実際には「1984年」です。されど、御本人が「デビューは1999年」と公言しました。其れはつまり「女優デビュー時」を指すのでしょう。某子供番組に出た過去も、其の後のモデル活動も、華々しくお披露目された「片瀬那奈」としての伝説のショーも、彼女にとっては「大いなる助走」だったのです。

片瀬那奈は、裏方志向でした。クリエーターとしての道を模索していました。でも、あんな「才能」を単なる裏方にするわけにはいかなかった。其れでスカウトされました。其れも一度や二度では無かった。幾度もスカウトされ、固辞し、遂に根負けして「そんなにも必要としてくれるなら」と「将来の夢(ヘアメイクさん)に繋がるから」と、言わば「腰掛け気分」で芸能界に入ってしまったのです。

余談ですけど、あたくしが好きな女優サンは、ほとんどが「スカウト組」なんです。いや、一部の例外(エリカ様とか)を除けば、「オーディション組」の方々が苦手なんですよ。だってさ、彼女たちって、自分の意志で芸能界に入ったってわけでして、其れって「あたしは、なんちゃらシンデレラだ」とか「我こそは、国民的美少女だ」って自覚が在るわけじゃん。驕ってるじゃん。おそらく、ファンに冷たいんじゃまいか?「下々の輩」とか「キモヲタ」とか思ってそーじゃん。てかさ、「才能」って、まわりが決めるんですよ。「伝説」とかってさ、本人じゃなく、他人が認めて創るのよさ。

さてさて、モデルもグラビアもCMも簡単に出来てしまった「16歳の片瀬那奈」は、当然の様に「女優」へと進まされます。17歳の高校生は「簡単じゃん!」と、うっかり「女優デビュー」します。「美少女H2」の終焉間際に登場した「最後のデート」での其れは、「ズブの素人娘によるデビュー作」としてなら「驚く程に完成された演技」でした。普通なら、其れで好かった。みんな、其処から始まったんです。でも、17歳の片瀬那奈は絶望したのだよ。

「あたしは、なんてブスで酷い演技をしてるんだ?!」

と、まわりの賞賛には耳を貸さず、駄目出しをしたのです。そして、本気になった。

だから、あたくしは、彼女の本当のデビュー作は二作目の「GTO ドラマ・スペシャル」だと思います。其れからの歴史は、那奈ちゃんを愛するみんななら知っているよね。

先日、惜しまれつつ最終回を迎えた最新作での「美月うらら姫」は、「女優:片瀬那奈」の10年間の全てが込められた「史上最強キャラ」でした。「芸歴10余年のモデルやデザイナー、音楽家など多彩な才能を発揮している美人女優(きれいなおねえさん)が、全身タイツで着ぐるみを着てオペラ風に童謡を歌う。」と云う、俄に信じ難いキャラクターを、「僕たちの大好きな那奈ちゃん」は、活き活きと演じました。可愛くって綺麗で面白くって、只、観ているだけでファンでなくとも「シアワセ」な気持ちにさせられる、本当に素晴らしい役柄でした。アノ「西豪寺エレナ様」すら、軽やかに超えて魅せました。

あたくしは懺悔します。御本尊様こと「片瀬那奈ちゃん」を、僕こそが甘く見過ぎておりました。彼女の未来は、其の才能と努力は、計り知れない。あたくしは、自信を持って、彼女の現時点の最高傑作が「美月うらら姫」だと万人に喧伝します。でもね、そんなもんじゃないんだよ。今後は、最早、かつて「映画王:チャップリン」が応えたのとおんなじ事を云わざるを得ません。

「片瀬那奈ちゃんの最高傑作は、NEXT ONE です。」


初出:「COPY CONTROL」 (小島藺子/姫川未亜)



posted by 栗 at 21:29| ACTRESS | 更新情報をチェックする

2009年03月19日

「愛の行方」

AVENTURE


帰宅したら、例の「定額給付金のご案内」が届いておりました。「片瀬の街」では、壱萬弐千円の振込みに加え、「プレミアムサポート券」ってのが販売されるのです。其れは、簡単に云えば「壱萬壱阡円分の商品券(片瀬の街の1,500店舗2009年限定)」を四月と五月の四日間に「壱萬円」で販売して下さる券なのです。つまり、千円お得なわけですが、だったら初めから千円分の商品券を配れば好いのではないでしょうか?たった四日間で限定商品なんですから、大変な事になります。

閑話休題。其れで、お役所仕事ですから実際に振り込まれるのが何時なのかは解りません。ま、一ヶ月は掛かるんじゃまいか。「プレミアムサポート券」を買わせる気なんだから、其の発売日初日(4/24)までには振り込まれてなきゃ意味無いじゃん。だから、最悪でもすぐに申請したあたくしには「4/23(木)」までには給付しなきゃイケナイぞ。入って無かったら訴えるからね。高い住民税を払ってんだからさ、宜しく頼みますよ、「片瀬の街の区長サン」(はーと☆

送られて来た書類を読んだけどさ、結局、主旨のひとつで在る「低所得者救済」には直結しない仕組みですね。現金で区役所であげなさいよ。あたくしだって、区役所に書類持って行けば貰えるなら明日にでも行くわよ。何で振り込みのみなの?そんな仕組みにしといて「振込み詐欺に気をつけて下さい」って、ハッキリ云うけどオカシイでしょ?商品券の件も含めて、莫迦にしてんのかよ。

「那奈ちゃん、独立国家を創ってはくれないか?」

マジで、此の国、ヤバイです。

で、其のお金はどーなるか?「消費税を上げるから、其の前に金をやる。其れで、消費してくれたまえ。」って銭ズラ。貯めちゃイケナイのよさ。使わなきゃならないのよさ。あたくしの場合は、決定しております。云うまでも無い事です。選択肢は幾つかは在りますが、其れは、例えば「革命の未だ入手していない全国公演のテケツ代」とか、「来週にはカタログが送られて来て発覚する『so close, 7』の新作購入代」とか、はたまた「小野未来ちゃんへのお花代」とか、and so on. なのだ。

「片瀬那奈ちゃんに、全額、貢がさせて戴きます。」

其れ以外に、僕ら「那奈ヲタ」が有効に此の「不可思議なお金」を使い、国が望む様に「経済を活性化させる手」は、無い。(断言)


(小島藺子/姫川未亜)



posted by 栗 at 21:21| IKO | 更新情報をチェックする

2009年03月20日

「超人バロム1」

超人バロム・1 VOL.1 [DVD]


此の度、目出度く此処「the diary of nana katase(通称:片瀬那奈全記録、略称:ゼンキロ)」は、此処の原点で在った「COPY CONTROL(通称:コピコン)」を吸収合併致しました。其れに伴い、此処は「私設ファン倶楽部『ななごころ(那奈心)』公式ブログ」で在ると同時に、我が社「株式会社 NO IMAGE 公式サイト」となります。

元々「コピコン」こと「COPY CONTROL / 空想音楽(2004-8〜2009-3)」(【注】途中、2007-12〜2008-8「COPY CONTROL AGAIN / 空想音楽ふたたび(通称:アゲン)」と改題)は、「片瀬那奈ちゃんを語る為に立ち上げた場所」でした。

其の前身で在った「月刊・未亜(2002-6〜2005-11)」や「某巨大掲示板での1999年頃よりの書き込み(イコが担当)」及び「研音様公式BBSでの2003年からの書き込み(未亜が担当)」などと同様、洋楽や映画やプロレスなど芸術全般に関する文章も書いておりましたが、あたくしは「全ては片瀬那奈ちゃんを中心とした世界観」として、「那奈ちゃん噺の枝葉」として書いたのです。全部、「片瀬噺」だったのです。

【注】ちなみに、「どんな噺でも気付いたら那奈ちゃんの話題に持って行く」と云う「必殺カタセ固め(ナナチャン・ストラングルド・ホールド)」は、草プロレスラーとしてのイコ(リング・ネーム:トリケラトプス小島)が開発した必殺技である。(「プロレス者」:小島藺子・談)

されど、読者は違った。那奈ちゃんファンで無い方々には「何故、ロックの噺に片瀬那奈が出て来るの?」と、更には、那奈ヲタ仲間には「もっと那奈ちゃんの事だけ書けよ、ごらぁっ!」と、こちらの思惑とは真逆の批判を受けたのです。其れで、那奈ちゃんの噺だけを分家させたのでした。

ですから、此処がメインになり「コピコン」が消えるのは、自明の理です。「当然なる帰結」なのだよ。やっと、10年掛けて辿り着いたのです。「コピコン」フリークの諸君に告ぐ。君たちの愛してくれた「僕の心」=「コピコン」は、完結した。

「心配しないで。僕の心は『ゼンキロ』に在る。」


(小島藺子/姫川未亜)



「COPY CONTROL」の過去記事に関しては、「片瀬那奈ちゃんに関するモノ」は「記録」面を重視して発表当時の日付で再録して来ましたが、その他の連載「FAB4(THE BEATLES 全曲解説)」「KINASAI(プロレス評論)」などは、リマスターした日付で、新作として公開してゆきます。其れは、其の時点での「片瀬那奈・論」として生まれ変わるでしょう。宜しくです。


posted by 栗 at 20:14| IKO | 更新情報をチェックする

2009年03月21日

「出前一丁」

NIAGARA CM SPECIAL


グーグルちゃんが「あらよっ!」と、
片瀬那奈 - プロフィール - Yahoo!人物名鑑
を出前してくれました。

便利なので、活用しましょう。



(小島藺子)



posted by 栗 at 19:18| MAGAZINE | 更新情報をチェックする

2009年03月22日

「友よ!〜私達の望むものは〜」

Revolution ~私たちの望むものは~


昨日(3/21、ナイアガラ記念日)、帰宅したあたくしは、レノンの教えを守りTVを稼働させました。(ジョン・レノンが起きて部屋にいる時には視聴していなくとも必ずTVを付けっ放しにしていた事は、ビーヲタの常識です。)

すると、画面には10チャンネルの料理番組が映し出されました。何故「テレ朝」だったのかと云うと、録画予約していた最新の番組が「ベスト・ヒット・USA 2009(地上波版)」だったからです。普通なら音声を消してレコードをかけたりするのだけど、あたくしは一寸だけ見入ってしましました。

其れは、かつて片瀬那奈ちゃんも出た事の在る「二人の食卓」と云う番組でした。友人や憧れの女性タレントの為に男性タレントが料理を振る舞うと云う内容の番組で、昨日のゲストは歌手の「アグネス・チャン」さんと、俳優の「今井雅之」さんでした。

アグネスと今井さん、俄に関連性を想像出来ない組み合わせに興味を持ち、うっかり観てしまったんです。そしたら、今井さんは子供の頃からの熱狂的な「アグネス信者」だと云うじゃないのよさ。強面のバイプレイヤーで在る今井サンが、すっかり少年に戻り、アグネスを「女神様、マリア様、アグネス様」と呼び炒飯を作る姿だけでも涙モノでしたが、彼の実家の部屋(現在も少年時代の侭で保存されている、、、)の写真が公開された時に、僕は我が目を疑ったぞ。

其処は、壁全面に貼り巡らされたアグネス等身大ポスターや、彼女のグッズ等が辺り一面に存在する、正に「アグネスの部屋」でした。対象が「片瀬那奈ちゃん」に変わっただけで、あたくしが住む「片瀬の館」とおんなじでした。更に、「信者:今井」は云った。

「此の真ん中の写真が壱番のお気に入りで、僕はマリア様と呼んでいまして、アグネス様が好きな御言葉『愛と平和に溢れた世界』を、毎日此のポスターを拝んで唱えていたんです。」と。おいおい、其処までおんなじじゃん。

【注】未亜は、那奈ちゃんの等身大POPに「那奈ちゃんに関わる世界がみんな幸せになりますように」と、毎日拝んでおります。御本尊様本人にお逢いした時には、自然と跪き拝んでしまった経験が何度も在ります。そんな時、未亜の隣には、決まって「打ち合わせも無く同じ様に拝んでいる:アンテツ」がいます。其れが「那奈ちゃん拝み隊(電エース&未亜/イコによるユニット)」結成へ繋がったのでした。(事情通・小島藺子・談)

対象は違えど、君と僕たちはおんなじ事をやって来たんだ。だから、云う。

「今井雅之よ、君は、同志だ」


(小島藺子/姫川未亜)



posted by 栗 at 17:34| IKO | 更新情報をチェックする

FAB4-001:LOVE ME DO

Love Me Do Reviewing the Situation


 w & m:McCARTNEY / LENNON

 P:ジョージ・マーティン(9/4、'63-2/25)、ロン・リチャーズ(9/11)
 E:ノーマン・スミス
 2E:A.B.リンカーン('63-2/25)
 録音:1962年9月4日(リンゴ)、11日(アンディ)
 MONO MIX:1962年9月4日(リンゴ)、11日(アンディ)
 STEREO MIX:1963年2月25日(アンディ)

 1962年10月5日 シングル発売(最高位17位)
 パーロフォン 45-R 4949(モノ)

 1963年3月22日 アルバム発売、パーロフォン PMC 1201(モノ)
 1963年4月26日 ステレオ盤発売、パーロフォン PCS 3042
 (「PLEASE PLEASE ME」 B-1)


さあ、満を持して始まります「ビートルズ全曲解説」の最初は、当然乍ら、記念すべき 、

ビートルズのメジャー・デビュー曲です。

彼らの楽曲には「ミックス違い」は多いのですが、明白な「テイク違い」はほとんど存在しません。あの「ACROSS THE UNIVERSE」ですら、すべて同一テイクから作られたミックス違いなのです。此の曲は、そんな彼らには珍しく2テイクが聴ける楽曲です。英国シングル初回プレスのみが、リンゴ・スターが太鼓を叩かせてもらえたヴァージョンで、其れ以後のシングルとアルバムは、セッション・ドラマー:アンディ・ホワイトが叩いています。リンゴはタンバリン担当に格下げされました。(現在では、両ヴァージョンに加え、前任のピート・ベストが叩いたヴァージョンまで容易にCDで聴けます。)よっぽど屈辱的だったのか、リンゴは40年後にソロ・アルバムで此の曲をカヴァーするのですが、何故か其の時も自分では太鼓を叩いていません。

兎も角、彼等(ジョン&ポール)が出逢い、既に、苦節五年余の下積みを経ておりました。遂に、怪物が世に出たのです。が、、、何じゃこりゃ?天下無敵のビートルズのデビュー曲にしては、些かお粗末なポール作(ジョンも多分に協力したので合作なのだけど)の「LOVE ME DO」ですが、流石の彼らも極度のプレッシャーでガチガチになっています。特にリンゴが太鼓を叩いたヴァージョンは酷い演奏です。ジョンはハモニカを吹きすぎて、投げちゃっていますよ。と云いますのも、本来、此の楽曲は無敵の「レノマカ」によるデュエットだったのです。Aメロでの決めの低音で♪LOVE ME DO〜♪と歌うのは、当然ながらジョンでした。然し乍ら、当時のバンドは「ソロ歌手と楽団」が慣例で、EMIが選んだのは社交家のポールだったわけですよ。当時、絶対的なリーダーだったジョンは「重役サン達に疎まれる存在」でした。故に、ハモニカを吹かせ楽団員の立場へと落とし込められたわけです。だから「キーが高いポール」じゃ間抜けな感じになっちゃったわけよ。ポールは「いきなりだナァ、とジョンのパートを歌わされて面食らったよ。アレはやっぱりジョンが歌うべきだった」と語っております。

ちなみに、リンゴのドラムに駄目出しをしたのは、、、

「ポール・マッカートニーですっ」

後の「ホワイト・アルバム録音時の、リンゴ脱退事件」や、近年の「ライヴ8での、リンゴいらない事件」の首謀者でも在るポールは、最初からリンゴの太鼓がお気に召さなかった御様子です。きっとポールはこう思ったのでしょう。

「俺様の方が、もっと太鼓も上手いぜ!」

後にジョージ・マーティンはリンゴに詫びて、リンゴは「オラ、そんなこたぁ気にしてないよ」と笑って済ませたらしいのですが、ポールが悪いわけじゃん。ポールが謝らなきゃイカンのに、有ろう事かリンゴを殴って脱退させ自分で太鼓を叩く暴挙までやらかすのだよ。さてさて、地味なデビュー曲がチャートで17位にまで行ったのにも「カラクリ」が在ります。敏腕マネジャーのブライアン・エプスタインは、リヴァプールの大きなレコード店で支配人をしていました。ジョンに「逢った途端にひと目惚れ」して、マネジャーに転職したのです。そうです、その通りです。彼は愛しのジョンの為に、ポケット・マネーで「LOVE ME DO」を壱萬枚買い占めたのでした。


(小島藺子)


初出:「COPY CONTROL AGAIN」2008-6-12
REMIX-1:「COPY CONTROL」2008-8-30

(and this is REMIX-2 by 小島藺子)



posted by 栗 at 18:57| FAB4 | 更新情報をチェックする

「ジャンク SPORTS WE LOVE SPORTS スペシャル!」

心の壁,愛の橋


フジテレビ 19:00〜20:54

MC:
浜田雅功、内田恭子、三宅正治(フジテレビアナウンサー)
スタジオゲスト:
 古田敦也、哀川 翔、上地雄輔、テリー伊藤、土田晃之、見栄晴、
 片瀬那奈渡辺満里奈、横野レイコ

哀川翔のラリー愛!?VS美人女優○○フェチに古田ア然
女優の片瀬那奈は大のサッカーファン。昨年、スーパースターのクリスティアーノ・ロナウド(マンチェスター・ユナイテッドFC)と仕事で会い、大興奮したという。片瀬がロナウドと会っている間、勝手に妄想した“赤面”の内容とは?
(以上、重要部分のみ番組案内より引用。)



本日開催の「東京マラソン 2009」絡みのスペシャルですので、「すわっ!生放送?いざ、お台場か?!」と色めき立ちましたが、片瀬那奈ちゃん登場部分は録画です。

で、とりあえず云うけどさ。那奈ちゃんが喜々として「サッカーを語る事」、例えば「リアルタイムで観なきゃ」とか、「脚だけで誰か解る」とかってさ。

「那奈ヲタが那奈ちゃんに対してやってんのと、おんなじじゃんっ!」

更には、「同志:土田クン」が評した「片瀬はオヤジ論」とかってさ、そのまんま「那奈ヲタ論」でも在るわけさ。「飼い犬は飼い主に似る」とは云いますが、、、

「那奈ヲタは、片瀬クンに似るのだ」

いや、那奈ちゃんだけじゃなく、此の番組で語られているのは「ファン論」です。「ファン」とは「追っかけ」とは、如何なるモノか?を、其の対象にもなっている著名人がほとんど仕事を忘れて夢中に語りまくっているのですよ。

そして、其の姿勢が、対象が「サッカー」と「片瀬那奈」と云う違いだけで、僕らと那奈ちゃんは全く以て「同一」なのです。だからこそ、僕らは彼女を選び、彼女を愛して来たんです。那奈ちゃんの「考え」は、彼女の真摯な「願い」は、僕らの「理想」です。

「立てっ!那奈ヲタよ。此の世界を救えっ!!」


(小島藺子/姫川未亜)



「ジャンクSPORTS」フジテレビ番組案内
「ジャンクSPORTS」フジテレビ公式サイト


posted by 栗 at 20:57| TV | 更新情報をチェックする

2009年03月23日

「ワタシハ、ロビタ」改訂版

火の鳥 復活・羽衣編


「チヒロ」で在った此処は、「レオナ」で在った「コピコン」と「ひとつ」になりました。

片瀬那奈ちゃんに関する「NANA」カテゴリは、既に「来るべき世界」に向けて此処へ補完済みです。現在は「月刊・未亜」や「アゲン時代のNANAカテゴリ」、そして「公式BBS時代の未亜発言(公式データ消失)」や「2ちゃんねる時代のイコ発言(●無しだと読めなかったり、スレッド全削除されたモノも含む)」を復刻中です。

問題は、「コピコン」での連載で「片瀬那奈ちゃんを冠にしていないモノ」です。具体的には「FAB4(THE BEATLES 全曲解説)」「PARIS(FLEETWOOD MAC 論)」「KINASAI(プロレス時評)」などですが、時評で在るモノ(「KINASAI(プロレス時評)」等)に関しては当時の日付で復刻し、時事ネタとは関係の無いモノ(「FAB4(THE BEATLES 全曲解説)」等)はリマスター版で新作として順次発表する事にしました。「コピコン」は、現在から過去と未来へ向けて復刻されます。

現時点で、此処「ゼンキロ」の記事は「約3,500」です。其れに「コピコン〜アゲン〜コピコン」の、言わば「裏・ゼンキロ」の「約2,000」が加わるのです。更に、「月刊・未亜」等の「コピコン以前の記事(約1,000)」も此処へ帰結します。

つまり、現時点で「六千五百件」もの「片瀬那奈ちゃんに関する記録」が、確かに此処に印されるのです。我ながら、呆れ返る程の「那奈ヲタ」振りです。アンテツあにいは、あたくしが此処を始めた頃に云いました。

「未亜さんが始めたのは、立派な文化事業ですよっ!
 きっと、将来、教科書にも載りますよっ!!」


僕は、「何を大袈裟な事を云ってるんだ?」と笑った。でも、嬉しかった。「那奈ちゃんも、きっと喜んでくれてますよっ!」と彼や仲間たちが励ましてくれた。その気にさせられた。其れで、此処は此処を始めた時よりも以前をも内包する「片瀬那奈が誕生してからの全記録」へと変貌した。

此処は、「片瀬那奈全記録」です。でも、敬愛する大切な人を追う記録は「時代」を映す。そして、何かを探究すれば其れは「思想」になる。僕は、此処にいる。此処は、「片瀬那奈ちゃんを愛する那奈ヲタの描く記録」だ。でも、其れが、僕の存在証明だ。僕の心だ。僕は、那奈ちゃんを追う。其れこそが、僕に天が与えた「使命」だ。さあ、最後通告だ。

「SHINE ! ! 」


初出:「COPY CONTROL」 (小島藺子/姫川未亜)



posted by 栗 at 00:12| IKO | 更新情報をチェックする

FAB4-002:P.S. I LOVE YOU

オリジナル・サウンドトラック 『P.S. アイラヴュー』 MEET THE BAD BOYS


 w & m:McCARTNEY / LENNON

 P:ロン・リチャーズ(9/11)、ジョージ・マーティン('63-2/25)
 E:ノーマン・スミス
 2E:A.B.リンカーン('63-2/25)
 録音:1962年9月11日
 MONO MIX:1962年9月11日
 STEREO MIX:1963年2月25日

 1962年10月5日 シングル発売
 パーロフォン 45-R 4949(モノ)

 1963年3月22日 アルバム発売、パーロフォン PMC 1201(モノ)
 1963年4月26日 ステレオ盤発売、パーロフォン PCS 3042
 (「PLEASE PLEASE ME」 B-2)


デビュー・シングルのB面も、ポールの曲が選ばれました。矢張り当時の慣例から、ビートルズも「ポール・マッカートニーとザ・ビートルズ」として売り出したかった上層部の思惑が伺えるチョイスです。初期の彼らでは、明らかにジョンの才能が突出していたのですが、何せ「天下無敵のジョン・レノン」です。EMIサイドが用意して居たデビュー曲候補の「HOW DO YOU DO IT」を歌わせたら「他人の曲なんかやってらんねーっ!」とばかりに投げっ放しでやる気を見せません。ちなみに「HOW DO YOU DO IT」は「Gerry & the Pacemakers」に回されジョージ・マーティンのプロデュースで英国1位の大ヒット曲となりますので、マーティンの選曲センスは全く間違っていなかったわけです。ただ、ジョン・レノンが「こんな曲でデビューするのは御免だ!」と嫌がったのですよ。

其の点、ポールはお利口サンでした。持って生まれた社交性を駆使し、まんまと自作曲でデビュー・シングル両面を埋める事に成功します。でも、ジョンはもっと上手でした。此の時のセッションで、彼は次のシングルとなり、初のナンバー1を獲得する曲を既に披露していました。其の曲は「PLEASE PLEASE ME」と云います。今更当たり前すぎて説明するのもアレなんですけど、「LENNON / McCARTNEY」(デビュー当時は「McCARTNEY / LENNON」だった!)とクレジットされた曲の大部分は、どちらか片方が書いた作品です。彼ら二人は、未だ10代の頃に「此れからは片方だけで書いた曲もすべて合作として発表しよう」と云う取り決めをしました。此の連載では「太字で記した方が主に書いた」としています。「P.S. I LOVE YOU」は、所謂ひとつの「此のB面を聴け!」的な名曲です。こっちをA面にするって話も出たそうですが、此れはB面だからこそ光る曲なのです。イントロなしで唐突に始まり、ジョンのコーラスをバックに間奏すらなく朗々と一気に歌い上げるポール節炸裂!の可愛い作品です。

確かに、後の例えば「I WILL」(1968)などに代表される「ホラね、書けちゃった、ボク☆」ってな感じの、所謂ひとつの「マッカ節」の発芽は此のB面にこそ在ります。されど、何故に「LOVE ME DO」がA面だったのか?其れを探究せずに「屑曲じゃん!」で済ましたらお終いですよ。1962年の世界で、「LOVE ME DO」みたいな曲は無かったわけです。此の愛らしいB面は、夢見るアメリカン・ポップスへのオマージュです。彼等はブルージーでマイナー進行の黒人音楽への憧憬をA面にした。されど、其の革新性は無視され、レノンのドスの効いた「ラヴミドゥー!」入りの眞なる姿では音盤化されなかったのです。「20世紀最大の音楽チーム」と歴史に遺った「レノン/ マッカートニー」には、長い下積み時代に書き貯めた膨大なストックが在りました。其の中から、彼等が選んだのが「LOVE ME DO」だったのです。其れは、大いなる挑戦でした。

ポール作品が両面を独占したビートルズの英国オリジナル・シングル盤は、後にも先にも此れのみです。其れがよっぽど嬉しかったのか、1990年になって彼は「P.S. LOVE ME DO」と云う怪作を発表してしまいます。ハンドマイク片手に楽器を持たず喜々として歌うポールを観て、多くの心あるビートルマニアはガックリと肩を落としました。あっ。此の曲でもリンゴは太鼓を外されて、アンディ・ホワイトが担当しています。リンゴはマラカスを不機嫌そうに振っております。デビュー盤で二曲ともドラムを叩いていない事実が、後の名演までも「本当はリンゴじゃなく、セッション・ドラマーが叩いている」なる噂を呼ぶ事になるのでした。


(小島藺子)


初出:「COPY CONTROL AGAIN」2008-6-12
REMIX-1:「COPY CONTROL」2008-8-31

(and this is REMIX-2 by 小島藺子)



posted by 栗 at 01:44| FAB4 | 更新情報をチェックする

「RULe」Vol.14 Summer

Golden Best ~15th Anniversary~ (通常盤)


発行/ディノス

(奥付発行日:2009年3月23日)


参ヶ月に壱度のお楽しみ「RULe」が、発行日にやって参りました。が。「君がいない」(泉水ちゃんよ、永久に。)いえ、当然ながら那奈ちゃんの写真は載っております。でも、肝心の「So close, 7」特集が無いのです。

理由は、昨年と同じでしょう。此の2009年初夏、片瀬那奈ちゃんは舞台に専念するのです。かつて、女優を休業してまで音楽活動に邁進した様に、昨年の夏に初主演舞台に賭け、「So close, 7」秋物を発表しなかった様に、(事実、今回同様「RULe」Vol.11」には「So close, 7」特集が無かった為、此処に記録されておりません。)

いつもいつだって、御本尊様の志はブレない!

多彩な才能を持ちながらも、掛け持ちをしない。其の責任感と真摯なる気持ちが、類い稀なる唯一無比の「タレント(才能)」にした。何と云う潔さなんだ。貴女は、漢の中の漢ですよっ。ミスター女子プロレスの代議士:神ちゃんよりも男前だっ!片瀬那奈こそは、我が師です。敬服致します。


(小島藺子/姫川未亜)



posted by 栗 at 15:52| MAGAZINE | 更新情報をチェックする

「巨大モンガー!」

太陽戦隊サンバルカン VOL.5 [DVD]


此処の総アクセス数が、突然「壱拾壱萬」程、加算されまして、

「参拾肆萬」超えしました。

34万ですよーっ!すげぇ、すげぇ。自画自賛。パチパチパチ、ギロギロばっちーん!

いえね、此れって「インチキ」でも「如何様」でも「さかさま」でも在りません。単純に、吸収合併した「COPY CONTROL」の閉鎖までのアクセス数を加えただけです。今後も「那奈ちゃんねる」とか「さかさま」とか、全部此処に集めちゃうわけでして、「あっ。」と云う間に壱佰萬超えちゃうんだわさ。20くらいのサイトやブログを作って、必死で書いて来た甲斐が在ったわよ。

てのは、いつも通りの「面白半分(ハーフ・シリアス)」で、こんな事は今回限りです。此処は「COPY CONTROL」から生まれ、独立し、其の母体をも呑み込んだ。其の事実だけは印さねばなりません。「コピコン〜アゲン〜コピコン」ってあたくしの遊びに付き合って下さった「11万」のアクセスを捨てるわけには行かないのです。其れにしてもだ、「コピコン」が11万で「ゼンキロ」が22万って世界になっていたわけね。完膚無きまでに叩きのめされちゃってたんだナァ。ま、此れで「完全なる合体」です。で、当然乍ら、此処の発足日は「2004-8-8」になりました。

さて、「やろうぜ、御本尊様。」


(小島藺子)



posted by 栗 at 22:17| LOOK UP THE # | 更新情報をチェックする

2009年03月24日

FAB4-003:PLEASE PLEASE ME

Please Please Me [12 inch Analog] Beat En Francais


 w & m:McCARTNEY / LENNON

 P:ジョージ・マーティン
 E:ノーマン・スミス
 2E:A.B.リンカーン('63-2/25)
 録音:1962年11月26日
 MONO MIX:1962年11月30日
 STEREO MIX:1963年2月25日(take 16、17、及び 18 の編集ヴァージョンより)

 1963年1月11日 シングル発売(最高位1位 or 2位)
 パーロフォン 45-R 4983(モノ)

 1963年3月22日 アルバム発売、パーロフォン PMC 1201(モノ)
 1963年4月26日 ステレオ盤発売、パーロフォン PCS 3042
 (「PLEASE PLEASE ME」 A-7)


「やったな、君たちは初のナンバー・ワンをモノにしたぞっ!」

録音が終了した途端、英国紳士ジョージ・マーティンが珍しく興奮してビートルズに云いました。そして、一ヶ月半後に発売された彼らの二枚目のシングルは、マーティンの予言通りに首位を獲得したのでした。めでたし、めでたし。

かつて「ビートルズ物語」では、此れが定説でした。しかし、2000年に発表された「1」には、在ろう事か「PLEASE PLEASE ME」が収録されていなかったのです。英米どちらかのチャートで首位を獲得した楽曲のみで構成されたCDには、大傑作「PLEASE PLEASE ME」ではなく、英国17位の(しかも、エプスタインが買い占めて無理矢理チャートを操作した)「LOVE ME DO」なんぞが堂々と壱曲目にのさばっていたのです。(1964年の米国制覇時に、ドサクサに紛れて過去のシングルもガンガン発売した米国では「LOVE ME DO」まで首位を獲得しちゃったのよさ。)「PLEASE PLEASE ME」は、実際には「2位」止まりだったと云うのが、現在では知られています。いや、首位を獲得したローカル・チャートも在ったみたいなのですが、有名チャートでは、今一歩届かなかった様です。

此れは、松田聖子ちゃんの名曲(最近CMでフカキョンも熱唱!)「青い珊瑚礁」が2位止まりだった未来を予見する様な「歴史的事実」です。思えば、聖子ちゃんもデビュー曲「裸足の季節」は最高12位、2ndの「青い珊瑚礁」が2位止まり、そして其の二番煎じだった3rd「風は秋色」で首位と、ビートルズとおんなじ道を辿りました。

「聖子ちゃんは、日本のビートルズなのかっ!」

あっ。今、ボキは多くの音楽ファンを一気に敵にまわした悪寒が走った。其れでも更に続けるなら、此の連載の最終部に出て来る逸話、『「クリムゾン・キングの宮殿」が「ABBEY ROAD」をチャート首位から引きずり降ろしたっ!』ってのも事実では無い様です。だって、あたくしもプログレならクリムゾンが好きだけど、そんなの日本だけの評価ですからね。世界的には、売れてないっすよ、フィリップ翁。

ま、本当の噺だけど冗談は此れ位にして、此の楽曲でジョン・レノンの大逆襲が始まりました。ビング・クロスビーの歌詞からパクリ、ロイ・オービソンの曲と歌唱法からパクったと自ら堂々とカミングアウトした「PLEASE PLEASE ME」を聴いたジョージ・マーティンは「名曲だが、そんなスローテンポじゃダメだな」と、現在我々が耳にしているアップテンポに変更します。ジョンは「てやんでいっ!」と思いながらも、渋々承諾し、見事に特大ヒット曲をモノにしたのでした。でも、ファンって贅沢なのです。僕らは「幻のスローテンポ・ヴァージョン」も聴きたくって、今日も海賊盤を漁るのです。嗚呼。

此の楽曲も「LOVE ME DO」と同じ様に、彼らには珍しく「2テイク」が存在します。そして其の違いは、ハッキリと分ります。片方のヴァージョンで、ジョンが歌詞を間違えて笑いながら歌っているのです。多くのビートルマニアが愛するのは、其の「歌詞を間違えてしまったジョン」の方だと断言します。確かに完成度ではモノの方が断然好いのだけど、其れは本人達も気合いが違っていたわけです。でもね、ハッキリ云えば「手抜き」の「ジョンが歌詞を間違えて笑いながら歌う」ステレオが、とても愛らしいんですよ。抜けた感じが好いのよさ。其れは、たぶん40年近く付き合って辿り着いた境地なのでしょう。「FAB4の失敗」こそが、愛おしいのです。だから、みんなブートなんかを喜々として買って来たんじゃまいか?

兎も角「首位問題なんて、どーでもええやん?」と思える程に、掛け値無しの傑作です。後に詳しく語る彼等の記念すべきデビュー・アルバムも、一般的には「PLEASE PLEASE ME」と呼ばれています。然し乍ら、彼等の処女作の眞のタイトルは「PLEASE PLEASE ME With Love Me Do and 12 other songs」と云います。此れは大変重要で、必ず試験に出ますので覚えて置きましょう。では、此の辺で本日のヨタ噺はおしまいです。


「あっ。此の曲で太鼓を叩いて居るのは、紛れも無く、リンゴ・スターです。」


(小島藺子)


初出:「COPY CONTROL AGAIN」2008-6-13
REMIX-1:「COPY CONTROL」2008-9-1

(and this is REMIX-2 by 小島藺子)



posted by 栗 at 00:15| FAB4 | 更新情報をチェックする

「WBC二連覇達成記念大盤振る舞いか?」

悪なあなた~歌謡番外地




かつて「食わず嫌い」で那奈ちゃんと対決した「4番:城島選手」は散々でしたが、優勝したから、ええじゃまいか!ええじゃまいか!こんな時だけ、俄国粋主義者になり、俄ベースボール・ファンになるわけですが、ま、兎に角目出度いから美味い酒が呑めるわけだ。

偶然ながら、かつては「ベイスターズ命!」と公言していた片瀬那奈ちゃんが、「優勝記念で半額だよっ!」(森田ちゃん声で)此れは、「お買い得だよっ!」(更なる森田ちゃん声で)


(小島藺子)



posted by 栗 at 19:23| PRODUCE | 更新情報をチェックする

2009年03月25日

FAB4-004:ASK ME WHY

VIVA MARIYA!! Live_at_The_Star-Club.jpg


 w & m:McCARTNEY / LENNON

 P:ジョージ・マーティン
 E:ノーマン・スミス
 2E:A.B.リンカーン('63-2/25)
 録音:1962年11月26日
 MONO MIX:1962年11月30日(take 6 より)
 STEREO MIX:1963年2月25日(take 6 より)

 1963年1月11日 シングル発売
 パーロフォン 45-R 4983(モノ)

 1963年3月22日 アルバム発売、パーロフォン PMC 1201(モノ)
 1963年4月26日 ステレオ盤発売、パーロフォン PCS 3042
 (「PLEASE PLEASE ME」 A-6)


ビートルズの出世作となった2ndシングルは、デビュー盤での憂さを晴らすかの様に両面ともジョン・レノンの作品が選ばれました。1962年11月26日のセッションでは、ポール・マッカートニー作の「TIP OF MY TONGUE」も録音された様です。然し乍ら、当時のジョンとポールでは、其の実力差は歴然としていました。はっきり云って「TIP OF MY TONGUE」は、後に「世紀のメロディーメイカー」と呼ばれるポールが書いたとは到底思えない「駄曲」でした。ポールには信じられない様な駄作があります。対して、ジョンの完成作には其れは皆無に等しい。今後も此の展開は続きますが、其れはレノンとマッカの作詞作曲法が真逆だったからこそ起こりました。

彼等は、其の生い立ちなど共通する部分が多い「兄弟」です。然し乍ら、其の肝心な音楽家としての考え方や方法論が、合わせ鏡の様に「真逆」だったのです。簡潔に云うなら、ジョンは推敲を重ねて曲を書く人です。だからこそ、レコードになった作品は一部(洋子サン主導の前衛作品)を除けば「完璧」です。駄曲など在りません。でも、ポールは「曲が降りて来る」とか「其の辺に浮かんでる」とか平気で云う「天然」です。彼は、最初から「完成型」として曲を書けてしまえる人なのです。だから多作で、当然、駄曲も出るわけです。

さてさて、此の楽曲も「此のB面を聴けっ!」と云わざるを得ない、B面ならではの名曲です。短いイントロに続き、ジョンが一気に歌い上げます。迸る芳醇なメロディーが、通常の展開を許しません。ジョンの曲が素晴らしいのは、正に此の点です。「A→B→A→B」なんて当たり前なルールは、ジョン・レノンには無い。彼は「自由」でした。いや、殺されるまで、ずっとずっと「自由」でした。

曲の構成的には、彼の遺作に収められた「(Just Like)STARTING OVER」と変わらない、自由奔放な「レノン節」が奏でられます。エンディングの中途半端なマイナー・コードに、其れまで聴いた事のなかった「何か」を感じました。其れが、滅茶苦茶にやった結果では無く、鬼の様に推敲を重ねて練り上げた結果からの「自由奔放ごっこ」だと知るのは、彼が殺されてから公開された「THE LOST LENNON TAPES」を聴いた時でした。でも、通常の音楽理論を壊してしまったジョン・レノンの作風に、大いに魅せられてしまった。何よりもジョンの歌声が素晴らしい。本当に、美しい音楽です。


(小島藺子)


初出:「COPY CONTROL AGAIN」2008-6-13
REMIX-1:「COPY CONTROL」2008-9-3

(and this is REMIX-2 by 小島藺子)



posted by 栗 at 00:15| FAB4 | 更新情報をチェックする