あたくしは、アントニオ猪木の引退試合に行かなかった。当然TV観戦はしたけれど、どうしても生観戦する気にはならなかったのです。当時の猪木の試合は、関東圏どころか大阪まで観に行ったのに、引退試合には行けなかった。猪木がテンカウントを聞く場面など、観たくなかったんです。
だから、あたくしが最後に生観戦した猪木の試合は引退の丁度一年前の「1997・4・12 東京ドーム」でした。其の時の「カウントダウン那奈(カウントダウンなのにドンドンと数がアップして行くのも「猪木イズム」です。)」は、結果的に最後のカウントダウンになった試合でした。其のカードとは、
「アントニオ猪木 vs タイガーキング」です。そうです。「猪木 vs 初代タイガーマスク」です。「猪木 vs 佐山」です。正に夢のカードでした。当時は「今更、佐山でもないだろう」なんて気持ちもあったけど、今考えてみると、当時の佐山は未だ39歳だったのです。レスラーとしてはピークでした。師匠に敬意を表して体重もかなり絞り(自己申告93キロ)ちゃんと虎のマスクを被って全盛期と同じ華麗な動きで猪木に対峙しました。
「アントニオ猪木全集」を観て、不思議だったのは「落日の闘魂はみたくないっ!」と云われた1980年代中頃からのすべてヴィデオに収め生観戦もした試合ほど、何度も繰り返して観たくなったことです。特に最終巻の50代になってしまった猪木の試合が、切なく、愛おしく感じられて仕方がありません。
最後のベイダー戦(1996・1・4 東京ドーム)は、生観戦したのですが、ベイダーのボディプレスを受ける時の猪木が両手を握って待ち構えているのですよっ!凄い。あのベイダーの技を真っ向から受けているのですよっ!!
あたくしたち「プロレス者」は、一般人なんかよりも、ずっとずっと「プロレスの仕組み」を知っています。知っているからこそ、愛してやまないのです。カラクリが在っても、実際に技を受けているのは「生身の人間」なのですよ。間違ったら死んでしまうのですよ。実際に試合で亡くなったレスラーもいるのですよ。流す血は、本物なのですよ。みんな、耳がカリフラワーになっているのですよ。生半可な練習じゃないのですよ。
あたくしは、こんな過酷な競技を「八百長」だとか「ブック」だとか云ってせせら笑う輩とは、生涯、永遠に「ともだち」にはなれない。
「COPY CONTROL AGAIN」 (小島藺子)