「衝撃の告白!!
今、元祖那奈ヲタ・イコ姐御が語る、
那奈ヲタ誕生秘話インビュー、
本ブログ独占公開だ。」
月末には、女性ファッション誌の発売日が集中していて、毎月沢山購入することが、所謂「那奈ヲタ」の掟です。今日も勿論、買って来ましたよ。
片瀬那奈ちゃんは元々「JJ」のモデルでもあったのですが、10代の頃には「グラビア・アイドル」としてのお仕事の方がメインでしたね。現在の様に女性ファッション誌に重きを置く様になったのは、2002年からでして、20歳になってイメージ・チェンジを試みたのでしょう。
振り返れば、2002年は、片瀬史で最も大きな転換があった時でした。前年は(現在でもそのイメージが残る)「きれいなおねえさん」の3代目を襲名し、連ドラでの役どころも上昇して、お決まりの写真週刊誌スキャンダルも経験。その流れで、インセント所属のまま親会社の研音へマネジメント契約。これは、実質的には移籍と言って良いでしょうね。スキャンダルをリークして、引き抜くと云う手法はよくあることですから。つまり「おまえのトコでは守れないだろ?じゃあ、ウチに任せろや」ってなわけです。とはいえ、研音ちゃんがスキャンダル対策に長けているとは到底思えないのですけど。ね、もこちゃん☆
(「イコさん、誰に話しているんですか」)
失礼しました、いつものひとりごとですよ。それで、2002年1月期の連ドラ「プリティガール」では、ヒロイン三人のひとりに抜擢されて、あ、他二名は「負け犬・稲森ねずみさま」と「大女優!・米倉悪子さん(ケケケ)」ね、大いに存在感を残したものの、以後「謎の展開」が待っていましたよ。あんまりドラマに出ないから、トマトのみーたんに浮気しそうになったなぁ。(ぼそっ)
でね、5月に「ヤンサン生まれのヤンサン育ち」とまで謳われた「週刊ヤングサンデー」で、密やかなる「グラビア卒業宣言?」と共に「次なる展開」を予告します。それは、女優を休業しての歌手デビュー(12月)でした。ココで注目すべき点は、女優を休業しただけでなく、CM契約も登場雑誌もすべて変えてしまったところですね。ある意味、それまでのファンを完全に置き去りにしてしまったとも言えます。事実、「アイドルとしての片瀬那奈ちゃんを望んでいた方々」は「女性ファッション誌にばかり登場し、きれおねCMも降板し、エレクトロ・ポップを歌い、ドラマには出ない片瀬那奈ちゃん」を見限りました。
そこで、あたくしの登板ですよ。「こんなコペルニクス的な転換をやってのける「片瀬那奈」って、なんて開かれたおねえちゃんなのかしら。」と思いました。閉じているあたくしのハートを狙い撃ちされたのね。「片瀬那奈は、ビートルズと同じだ」って、心底思いました。例えば、aikoや林檎ちゃんやヒッキーにソレを求めていたのは、イコ的には「大きな間違い」だったのです。もう、あっちでカミングアウトして、公式へと攻め込むしかなかったね。
本日発売された雑誌は公式で教えて戴いた三誌を当然ながら購入したのですけど、そのうちの二誌は「全記録」にある通りの小さなモノでした。それでも載っているのだからええんだよ。無茶苦茶探したけど、それが楽しいのよさ。勿論、もうひとつには絶対な保証の「連載」があるからなんだけどね。ま、なにやってんだろ?あたくしって、常に思うよ。でも、片瀬クンの笑顔を見つけると「これでいいのだ」ってなっちゃう。
片瀬那奈ちゃんを考察するのは、至福の時なんです。きっと、長い時間をかけて、やっと出逢えた、本物の「アイドル」なんだと思う。「コピコン」は、タイトルも何もかもが、本当は片瀬那奈ちゃんに由来しているんだもんなぁ。明日のことは分らない。でも「イコが片瀬那奈ちゃんを嫌いになるなんてファッキングな未来」だけは、もう考えられませんね。
(取材・文/姫川未亜)
初出「COPY CONTROL」 (姫川未亜/小島藺子)