1.「ナイアガラ・トライアングル」試論 part 1「ナイアガラはブリテッシュ・ロックやアメリカン・ポップスを継承しているから繋がるのは分るけれど、片瀬那奈へは簡単に繋がらないですよ。かなり遠いじゃないですか?」
なるほど、そりゃそーだ。(納得してどーする。)しかし、ひとは全く異なる音楽をバラバラに好きになってしまうのではないのです。あたくしが「那奈ヲタ」になったのは、彼女の容姿や人間性に惹かれたからでもありますが、それならば他の「なんとなく気になるおねえさん」と同じで「ヲタ」にまで症状は進みませんね。あたくしを「那奈ヲタ」へと変貌させたのは「歌手・片瀬那奈」です。彼女が音楽活動を始めなかったなら、「片瀬那奈全記録」も「那奈ちゃんねる」も、いや、おそらく「COPY CONTROL」すら始めていなかったでしょう。
話はいきなり変わりますが(これは片瀬クンの常套句なのですけど、実は「話は繋がっている」んですよ)、「NIAGARA TRIANGLE Vol.1」の30周年盤がいよいよ発売されますね。今月号の「レコード・コレクターズ」誌でも特集されていまして、大瀧師匠とクマ、銀ちゃんの対談や師匠のインタビューなど読み応え充分なのですけど、音の方はまだ聴けないので1986年盤と1995年盤のCD音源を聴きながら予習してみました。その二枚を聴くだけで語ることが多過ぎると思いましたので、発売2日前から始めようとあいなったわけです。何故に同じレコードを聴いているのかと云うと、二枚のCDは別の作品だからです。そして、今回の30周年盤も、また別の作品となって登場するのです。もちろん、基本となるのは1976年のオリジナル・アナログ盤であり、その後の再発アナログ盤やCDも「同じ作品」でもあるのですが、フォーマットや品番が違うだけではなく、明らかに「別のミックス」や「未発表音源」が加えられています。
ナイアガラの1970年代の多くのアルバムは、1980年代にリミックスされ、初CD化の際にもリミックス音源が採用されていましたが、1990年代の再CD化でほとんどがオリジナル・マスターにもどされボーナス・トラックを加えたカタチになりました。そして現在、30周年盤としてリマスターされ、前回とは別のボーナス・トラック入りで毎年発表されています。ビートルズのアルバムがリマスターされて出たとしたら当然云われると同じ様に、これらの大瀧作品は「新作」なのです。
聴き直してみると、この作品の目玉は、やはり「ナイアガラ音頭」でした。タツローや銀ちゃんの作品も素晴らしいのだけど、「ナイアガラ音頭」の底知れぬパワーには、当時も現在も及ばなかった。ここで大滝がやっているのは、単なる「音頭」の模倣ではありません。別々に録音した邦楽伴奏と洋楽ロック伴奏をミックスしたオケの不可思議さが、兎に角、凄い。特に、教授がクラヴィネットを弾くシングル・ヴァージョンの奇怪さは、一体なんなのでしょう。大瀧師匠は今回の銀次との対談で「(坂本くんに)スティーヴィー・ワンダー調で弾いてもらったんだよ」と、さらりと言っています。
「はあ?何で音頭にスティーヴィーなんだよ?」その答えを探求すると「ビートルズはマドンナであって、さらに片瀬那奈なのだ」へと繋がるのですよ。
2.「ナイアガラ・トライアングル」試論 part 2「NIAGARA TRIANGLE VOL.1」は、発売当時(1976年)、前例の無い画期的なアルバムでした。「ナイアガラ・トライアングル」とは「山下達郎、伊藤銀次、大滝詠一」の三人によるグループ名で、1982年には、「佐野元春、杉真理、大滝詠一」の三人で再結成されます。第一期では、銀次の傑作「幸せにさよなら」で、第二期でも、大滝作の「A面で恋をして」で、それぞれの三人によるヴォーカルの共演も聴けます。そして、第一期ではその共演がシングルのみだったのがポイントです。
アルバムは、タツローと銀次が各4曲、大滝が3曲、別々に自分の集めたバンドで演奏し、各人でプロデュースしていて、それを並べたカタチになっています。その音楽性は一寸強引に括ると、アメリカン・ポップス&ソウルな山下、ブリティッシュ・ロック(リヴァプール・サウンド)の銀次、無国籍音楽の大滝と、一見てんでバラバラであります。タツローのきらめく様な「ドリーミング・デイ」で始まるレコードが、最後は大瀧&布谷の「ナイアガラ音頭」で終わるのですから、統一性のカケラもないと思えます。また、他のふたりの大活躍に比べて、大滝の影が薄い印象も受けがちです。プロデュース作が他二人より1曲少ない上に、なんと大滝のヴォーカル曲はたった一曲しか入ってないのですからね。(しかもそれも「NIAGARA MOON」のオケを流用した作品。)しかし、すべての楽曲のエンジニアとして「笛吹銅次」なる人物がクレジットされています。御存知の通り、これは大瀧師匠の数多ある変名のひとつです。ゆえに、これほど多様な楽曲を並べながらも、しっかりとしたトータリティーが生まれています。そして、三人別々のセレクションによって沢山のミュージシャンが参加しているのに、ほとんどすべての曲でまだ芸大に在学中だった坂本龍一がキーボードを弾いているのがミソですね。細野さんと教授の初セッションが聴けるのも、このアルバムなのです。
セッションは山下パートから始まった(1975年11月7日!)とのことで、当時、まだ「SUGAR BABE」は活動中でした。一説には、当初は彼らのセカンド・アルバムとして構想されたとも云われています。確かに「パレード」は「SUGAR BABE」の曲ですし、「ドリーミング・デイ」は「ター坊・作詞、タツロー・作曲」による意外にも珍しい合作です。「SONGS」に収録されなかった彼らの曲には、他にもタツローの「WINDY LADY」「YUMIN'」「こぬか雨」「ラスト・ステップ」、ター坊の「愛は幻」「約束」「からっぽの椅子」「時の始まり」などがありましたし、「ココナツ・ホリデイ」「指切り」「砂の女」などのカヴァー曲も秀逸で、二枚目を作るには充分過ぎるほどだったのですが。
「クライド・マック・バーガー」「福生スケッチ」なんて曲も収録されると言われましたが、それらはタツローの新曲の仮題でした。しかし「ホンダラ行進曲」をカヴァーする話は本当だったようです。事実、「NIAGARA TRIANGLE VOL.1」制作中の1975年11月22日荻窪ロフトで SUGAR BABE(山下達郎、大貫妙子、村松邦男、寺尾次郎、上原裕) 、稲垣次郎、吉田美奈子、矢野顕子をバックに、大滝がアンコールの最後で「ホンダラ行進曲」を歌った記録が、しっかりと残っています。
3.「ナイアガラ・トライアングル」試論 part 3「Niagara Triangle Vol.1 30th Anniversary Edition」を、やっと購入しましたよ。「ナイアガラ・トライアングル」の名前の由来が「Teenage Triangle」と「More Teenage Triangle」(James Darren , Shelley Fabares , Paul Peterson)と云うアルバムであるのは有名です。現在は「2on1」のカタチでCD化もされていますし「ジョニー・エンジェル」で御馴染みのシェリー・フェブレーの楽曲を聴く為だけに買っても損はない作品です。さてさて、リマスターされた30周年盤ですが、タツロー、銀次、大瀧師匠の新しい解説に、オリジナルの歌詞カードの復刻とブックレットも相変わらず楽しませてくれますね。肝心の音は、良いっ!!1986年盤のリミックスや1995年盤のオリジナル・マスターと比べても、格段に良くなっています。まだこの作品を聴いたことがない方は、迷わず30周年盤を買いましょう。内容は、絶対保証致します。
1995年盤では3曲だったボーナス・トラックも5曲に増えましたので、持っている方も絶対に買い!です。ん?2曲の為に買い直すのはイヤだって?甘い。本編の10曲の収録タイムを見比べてみると、すべて長くなっています。(数秒の違いが何だ?と思う方はベスト盤でも聴いて「すっこんでろっ!」)前回も入っていたシングル・ヴァージョンの3曲の音も、よりクリアですよ。そして新たに増えた「あなたが唄うナイアガラ音頭」(シングル「ナイアガラ音頭」B面、初CD化!)は、単なるカラオケなんかじゃありませんぞ。そしてそして、完全未発表音源「ココナツ・ホリデイ3日目」!!これは、もう聴くしかないっ!!なんだこりゃあーーーっ!!!なによりも嬉しかったのが、「ココナツ・ホリデイ’76」の完全版が初めてCD化されたことです。「7:14」(ちなみに1986年盤は「5:43」、1995年盤は「5:07」です)このエンディングを待っていました。そうだよ、アナログ盤はこれだったんだよなぁ。ひさしぶりに聴いて、その美しさと懐かしさと変わらぬ瑞々しさに、涙が出ました。「ココナツ・ホリデイ’76」「FUSSA STRUT Part-1」「あなたが唄うナイアガラ音頭」このインスト3曲を聴く為だけでも、購入する価値は充分過ぎるほどですよ。そのうえ、タツロー、銀次、大瀧師匠の名曲群も聴けて、「ナイアガラ音頭」をアルバムとシングルの両方聴けて、ナイアガラ・トライアングルでの「幸せにさよなら」まで聴けるなんて、夢じゃないのかしら?
なのに、師匠の気持ちは、既に次作(7月か?)の「GO! GO! NIAGARA 30周年盤」へ向かっている様です。えらいこっちゃ、えらいこっちゃ、あみーご!あみーご!!
4.「ナイアガラ・トライアングル」試論 part 4山下達郎のバンドと云われる「SUGAR BABE」ですが、「NIAGARA TRIANGLE VOL.1」での4曲には「SONGS」でのタツローが(バンド活動中であったにも関わらず)既に希薄になっています。「パレード」は SUGAR BABE のレパートリーなのに大胆なアレンジを施され、ター坊との合作「ドリーミング・デイ」もタツローのソロに聴こえます。銀次の語りが素敵な傑作「遅すぎた別れ」と、名曲!「フライング・キッド」には、SUGAR BABE から飛び立とうとするソロ・アーティスト「山下達郎」が強く感じられます。それよりも、たった三ヶ月で脱退した銀次のプロデュース作「ココナツ・ホリデイ ’76」(コーラスが村松邦男とター坊)こそが、一番「SUGAR BABE」を感じさせるのです。この曲はライヴで SUGAR BABE も演奏していたし、なにより彼らの公式デビューである1973年9月21日のステージでも大滝パートで披露されている重要なナムバーではあるのだけれど、それよりも音の質感が「SUGAR BABE」なんですよ。
タツローは今作発表のわずか那奈ヶ月後の1976年10月25日に「サーカス・タウン」でソロ・デビューを果たします。ロスとニューヨークで海外ミュージシャンをバックに録音されたその作品には「WINDY LADY」や「ラスト・ステップ」といった SUGAR BABE 時代の曲も収録されているのに、全く違った姿で提示されていました。これを聴いて「ああ、(山下くんは)SUGAR BABE ではやりたいことが出来なかったんだなと思ったよ。」と発言したのがター坊ですが、その彼女もタツローよりも一ヶ月も早い1976年9月25日に「Grey Skies」でソロ・デビューしています。(SUGAR BABE の解散はその年の4月1日です。)そして、その「Grey Skies」こそ、最も SUGAR BABE の残像を内包した作品でした。「時の始まり」「約束」「愛は幻」の三曲は SUGAR BABE で演奏していた曲で、ここでもタツローがアレンジを担当、バックも山下、寺尾、上原の「元・SUGAR BABE」で固めています。そればかりか、細野さんと矢野誠さんのアレンジによる三曲を除いた、残り四曲(計那奈曲)でも彼らが演奏しているのです。
では、これはター坊による「SUGAR BABE」のセカンドなのか?と云うと、違うんだなぁ。その理由は、勿論「大貫妙子」と云うソロ・アーティストの発芽にもあるのですが、やはり彼女の次作を全面プロデュースすることになる男の存在が大きいのではないでしょうか。彼は前出の SUGAR BABE 絡み楽曲すべてに参加し、タツローがアレンジした曲以外の四曲ではアレンジも担当、細野さんがアレンジした二曲の内のひとつ「街」ではター坊と共にコーラス・アレンジまで担当(実際に歌うのは何故かタツローとター坊)と大活躍なんです。え?誰かって?それは「NIAGARA TRIANGLE VOL.1」でも大活躍していた彼ですよ。おいおい、また「教授」かよ。
5.「ナイアガラ・トライアングル」試論 part 5宮川泰さんが、21日に急死されました。御冥福をお祈り致します。
「作曲家の宮川泰さん死去「宇宙戦艦ヤマト」など手掛ける」(サンケイ 3/22付)
記事でも谷啓さんと植木さんがコメントされていますが、宮川さんは萩原哲晶さんを引き継ぎクレイジー・サウンドを作った偉大な作曲家です。勿論、他にも「ピーナッツの育ての親」とか、「『宇宙戦艦ヤマト』の音楽を作った男」とか、「紅白で『蛍の光』を指揮するひと」などなど、大きな功績を残した方なんです。例えば「ザ・ピーナッツ」がいなければ「桑田佳祐」は音楽を志していなかったかもしれませんし、「ヤマト」がなければ、後の「アニメ大国ニッポン」は始まっていなかったでしょう。そーなるとだ、ぼくらの那奈ちゃんは「ガンダム」も見れないし「サザン」も聴けない青春を生きなければならなくなってしまうのだよ。それでは「片瀬那奈」は生まれないじゃないか。そうそう、息子さんの宮川彬良さんは「マツケンサンバ II」でも御馴染みの作曲家ですよ。じゃあ、お父さんがいなければ、マドンナの「オイ!カツケン」も聴けなかったんだね。
「NIAGARA TRIANGLE VOL.1」には、確かに「宮川泰」の精神も受け継がれています。前出した様に「ホンダラ行進曲」で締めようと構想していた位なのですから、クレイジーがいなければ、ナイアガラは「ないあがら〜♪」なんです。音楽は、どこまでも繋がっているんですね。大瀧師匠は「正論のひと」であり「歴史家」です。でも、何故そうなったのかと云うと、それは単純に彼が「音楽家」だからなんです。新しいアルバムを作るよりも、研究と過去のリマスターに徹する現在の方が、より「音楽家」になり、影響力も増しているみたいです。(トラックバックを戴いたsugarmountainさんの指摘は鋭いな、と思いました。)
何も知らなくとも、音楽はいつも美しくそこに存在しています。でも、あたくしは知りたい。麗しい君が、どこからきてどこへいくのか?とっても、知りたいのです。
(小島藺子)
初出「COPY CONTROL」2006-3-19〜3-23 全5回連載