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 当ブログは、全能の人「片瀬那奈さん」を応援する目的で、代表「小島藺子/姫川未亜(A/K/A/ 栗)」が起こし、管理人「鳴海ルナ」が記録し運営して居る「非営利な私設ファン倶楽部の公式ブログ」です。加えて、代表:小島が代表取締役社長を勤め、「片瀬那奈さんの芸術活動に関する後援事業」も定款に印す「NO IMAGE」と云う小さな会社の公式サイトでも在ります。


【片瀬那奈さんのプロフィール】

1981年11月7日生まれ。東京都江東区出身。
血液型:A型、身長:173センチ(2008年11月28日測定値、公称は172センチ)

1998年10月5日デビュウ以来、
「女優(第60回ザテレビジョン ドラマアカデミー賞 にて
「美月うらら 役(「歌うおにいさん」EX 2009)」で、助演女優賞を初受賞!!)」・
「歌手(「同志:宇多丸の名著」を拝読したまえ!)」・
「モデル(旭化成工業「'99水着キャンペーン・グランプリ」以来、継続活動中!)」・
「デザイナー(冠ブランド「So close, 7」を、2006年11月7日よりプロデュース中。)」
等、幅広く活躍中。


代表作:

【 MUSIC 】

「TELEPATHY(avex 2003)」永遠のマスターピースです!
「RELOADED 〜Perfect Visuals〜(avex 2005)」歌手時代のプロモや実演活動を克明に記録した決定盤DVD!

【 ACTRESS 】

舞台 /
「フラガール(初主演舞台!平山まどか 役:TBS、他 2008)」、
「僕たちの好きだった革命
(奇跡の初舞台でヒロイン!小野未来 役:サードステージ、他 2007 初演、2009 再演)」、

ドラマ /
「天国のKiss(敵役!柏木礼奈 役:EX 1999)」、
「FLY 航空学園グラフィティ(ヒロイン!清水茜 役:NHK 2000)」、
「2001年のおとこ運(憎み切れない妹!柚木さくら 役:関西テレビ 2001)」、
「プリティガール(暴れん坊!荒木理恵子 役:TBS 2002)」、
「香港バタフライ(主演!菜穂美 役:角川書店、他 2005)」、
「小早川伸木の恋(ヒロインを怪演!小早川妙子 役:CX 2006)」、
「ビバ!山田バーバラ(怪演で主演!山田バーバラ 役:EX 2006)」、
「鉄板少女アカネ !!(怪優開眼!西豪寺エレナ様 役:TBS 2006)」、
「暴れん坊ママ(怪優道爆裂!花輪倫子ママ 役:CX 2007)」、
「ミラクルボイス(エレナ様路線で怪優主演!手塚モモコ 役:TBS 2008)」、
「アベレイジ(王道怪優路線確立!ライフワークにして欲しい適役!!加藤絵里=黒子の店員 役:CX 2008〜)」、
「歌のおにいさん(エレナ様をも超えた奇跡の存在感爆裂の怪演で、助演女優賞を「マジで」受賞!!
史上最強キャラ、美月うらら 役:EX 2009)」、など多数。

映画 /
「デスノート the Last name(事実上の主演!高田清美 役:東宝、他 2006)」、
「20世紀少年(悪役路線集大成!敷島ミカ 役:東宝、他 2008〜2009)」、他、

【 others 】

バラエティ /「フェイク・オフ(司会、CX 2006〜2007)」、

スポーツ情報番組 /「FIFAクラブワールドカップ 2008・ハイライト(公式サポーター、日本テレビ 2008)」
「アレは、那奈ちゃん、仕事ぢゃない!趣味じゃん!!」(アンテツ・談)

CF /
「'99水着キャンペーン」(旭化成工業 1998〜1999)、
「三代目きれいなおねえさん(松下電工 2000〜2002)」、
「MIU」「葉の茶」(ダイドードリンコ 2000〜2003)、
「AUBE(花王 2004〜2005)」、
「キッズケータイ、他(NTT ドコモ関西 2006〜2008)」、
「オルフィス(理想科学 2008〜)」他、多数!!


愛称:「那奈ちゃん(みんなの基本型)」、「片瀬クン(神様命名)」、「御本尊様(イコ命名)」、
「ななっぺ(グータンヌーボ命名)」、「NANAPECO(片瀬サン命名?)」、
「会長(ターボー命名?)」、「和製カイリー(音楽界が其のパイオニア精神を讃えた呼称)」、
「三代目(那奈ヲタ命名)」、「きれいなおねえさん(銀河系が認めた永遠不滅の呼称)」、等



 当ブログ内に於ける全コンテンツは「NO IMAGE INC.代表・小島藺子」が独自に作成したもので在り、此れらの著作権は全て「NO IMAGE INC.」に帰属して居ります。又、片瀬那奈さんの写真・画像の肖像権等は、片瀬那奈さん及び所属事務所で在る「株式会社研音」様並び「株式会社インセント」様に帰属して居ります。従いまして、当ブログに掲載して居る全ての掲載内容の無断転載・2次使用及び画像への直リンクは固くお断りして居ります。

 当ブログ内に掲載されて居る情報は、いちファンで在る「小島藺子/姫川未亜(A/K/A/ 栗)」が独自に収集したものです。ゆえに、当ブログの情報を利用したことによって起きた損害については一切の責任を負いませんので予めご了承願います。
当ブログは「いちファン」から見た「活動記録」と「批評」です。「批評の為の引用」も時には必須となりますが、到らぬ点は御指摘下さい。
また、私はあくまでも「片瀬那奈さんのいちファン」に過ぎませんので、ファンのみんなに「過大な要望」を受けても充分に応えられない点も、何卒、御了承願います。

 以上を御理解戴いた上で、当ブログについて何か問題等が御座居ましたら、管理人・鳴海までご連絡をお願い致します。

 (当ブログへの無断リンクは、固くお断り致します。)

 

2009年07月16日

「More Today Than Yesterday」

More Today Than Yesterday


ちわっす、鳴海です。

最近、小島が更新を命じた過去記事を紹介しときますです。

2009年06月13日「僕たちの好きだった革命(改)」石巻公演(24/35)
2009年06月14日「僕たちの好きだった革命(改)」福島公演(25/35)
2009年06月22日「SMAP×SMAP」ふたたび
2009年06月23日「Body+(ボディプラス)」2009年8月号


他にも、色々となおしたけどおぼえてませんです。

小島の復活は近いと思います。でないと、鳴海がこまります。


(鳴海ルナ)






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2009年07月15日

「THE FLOOD」

               


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2009年07月14日

「ONE MORE TIME ?」


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2009年07月13日

「ワイルドでいこう」

イージー・ライダー ― オリジナル・サウンドトラック


 蒸し暑い梅雨がつづきますが、皆様はウナギを食べて元気ですよね?
お晩です、管理人の鳴海です。

 私も小島も「ウナギ」ではなく「ウサギ」なのですけれど、姉ウサギの小島より三たびCDRが届きましたのでご紹介します。「かつての仲間内では結構受けていますよ」と小島に伝えようと思っていたのに、先手をうたれてしまいました。
(以下、小島からの原文ママです。)


ワイルドでいこう 1968


 01. BORN TO BE WILD(ワイルドでいこう) / Wilson Pickett
  (O.A. : Steppenwolf)

 02. CROSSROAD / Robert Johnson
  (O.A. : Cream)

 03. FIRE / ELP
  (O.A. : the Crazy World of Arthur Brown)

 04. TIGHTEN UP / YMO
  (O.A. : Archie Bell & the Drells)

 05. HELLO, I LOVE YOU / Missing Persons
  (O.A. : the Doors)

 06. LOVE IS BLUE(恋はみずいろ) / Jeff Beck
  (O.A. : Paul Mauriat)

 07. HEY JUDE / Sara Vaughan
  (O.A. : the Beatles)

 08. THOSE WERE THE DAYS(悲しき天使) / 東京事変
  (O.A. : Marry Hopkin)

 09. FOR ONCE IN MY LIFE / Frank Sinatra
  (O.A. : Stevie Wonder)
 
 10. CRY LIKE A BABY / Lulu
  (O.A. : the Box Tops)

 11. THE WEIGHT / Cassandra Wilson
  (O.A. : the Band)

 12. LOVE CHILD / the David Johansen Group
  (O.A. : Dianna Ross & the Supremes)

 13. MACARTHUR PARK / Donna Summer
  (O.A. : Richard Harris)

 14. STONED SOUL PICNIC / Laura Nyro
  (O.A. : the Fifth Dimension)

 15. PEOPLE GOT BE FREE(自由への讃歌)/ Felix Cavaliere
  (O.A. : the Rascals)

 16. CHAIN OF FOOLS / Joe Cocker
  (O.A. : Aretha Franklin)

 17. JUMPIN' JACK FLASH / Aretha Franklin
  (O.A. : the Rolling Stones)

 18. I WISH IT WOULD RAIN(雨に願いを) / Marvin Gaye
  (O.A. : the Temptations)

 19. THIS GUY'S IN LOVE WITH YOU / B.J. Thomas
  (O.A. : Herb Alpert)


「三発目ともなりますと、最早出涸らしで御座居ます。二番煎じの1966年版がイコちゃん的にはお気に入り。此れは無理矢理で、駄作です。此のシリーズは此れで打ち止めで、気が向いたら他の年もやります。ニーズないだろうし、あたくしも飽きちゃったのよさ。」

(選曲:小島藺子 2009-7-8)



 いえ、イコさん、鳴海は面白いので続けてほしいです。確かに片瀬さんファンの方々にはつまらないでしょうけど、「COPY CONTROL」派のみんなは楽しんでいると思いますよ。管理人権限で、今後も優先的に「片瀬さん以外の記事」を更新します。

 小島からも「片瀬の事なんか、もう書かなくて好いのよさ。そうじゃない事を書けば、すなわち其れが『片瀬那奈の記録』になるのよさ。何故なら『片瀬こそは宇宙』だからなのよさ。此の世の全ては片瀬に繋がって居るのよさ。もう此処は真っ白で好い。毎日、白紙を提供して、みんなが其処にそれぞれの日常の幸せを書けば、其れが片瀬の記録になるんだ。其れこそが『片瀬の理想』だ。」との文言を受けておりますので、鳴海はそうします。

 幸いにも、鳴海は「小島以外にココに関係する方々」を誰も知りません。片瀬那奈さんのファンでもありません。片瀬那奈さんの「記録」は、仕事ですのでやります。でも、基本的には「COPY CONTROL」に回帰する路線で管理運営していきます。イコさんが還って来るまでに、きっと、ココを、「真っ白」にします。イコさんを傷つけた連中を、鳴海は決して許しません。全て、排除します。鳴海に任せてください。綺麗なシマにして、お迎えに出向きます。少しの間、どうか辛抱してください、イコ姐さん。

 小島が社会復帰するまでの間は鳴海が責任をもってココを守りますけど、鳴海もシングル・マザーでして、多忙です。毎日更新はキビシイですよ、イコ姐さん。泣き入りますよ。大体、なんでウチが片瀬なんちゃらの記録とかやんなきゃならないのか、バカなもんで、わかんないですよ。ウチの娘もナナって名前ですけど、あっ。娘がわめいてますので、失礼しますDEATH。


(「the diary of nana katase / ななごころ」二代目総長:鳴海ルナ)


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2009年07月12日

FAB4-089:DRIVE MY CAR

Doll in the Box


 w & m:LENNON / McCARTNEY

 P:ジョージ・マーティン
 E:ノーマン・スミス
 2E:ケン・スコット(10/13、25)、ロン・ベンダー(10/26)
 録音:1965年10月13日(take 4)
 MONO MIX:1965年10月25日
 STEREO MIX:1965年10月26日

 1965年12月3日 アルバム発売
 パーロフォン PMC 1267(モノ)、パーロファン PCS 3075(ステレオ)


アルバム「RUBBER SOUL」英国オリジナル盤の一曲目を飾ったポール作の「プラスティック・ソウル」で、快作!レノンが全面的にデュエットし、途中からハリスンも加わって過激な三重唱を展開しますので、ジョニー、ポール、ジョージの三人での合作とも云えます。歪んだ表情のジャケットに衝撃を受け、針を落とし、明らかにオーティス・レディングを意識したイントロが流れた瞬間に、世界は変わりました。

「プラスティック・ソウル」とは、つまり「白人が真似した紛い物の黒人音楽」って意味の差別語なのですが、ポールは「I'M DOWN」を熱唱した際に自嘲して「こんなのはプラスティック・ソウルだよ」と何度も云ったのです。其れが謙遜だった事は、歴史が証明しました。彼等は黒人音楽を愛し、必死でコピーして、其れを超えたのです。其の「偽物の魂」の延長線上に「RUBBER SOUL」は在りました。THE BEATLES は、「アイドル・ロケンロール楽団」では無く「ロック集団」へと変貌しました。黒人音楽だけでは無く、あらゆる音楽を咀嚼しビートルズ色に染め直し「オリジナル」として発表してしまう荒技に出たのです。

当時の彼等には年間二枚のアルバム契約と云う縛りが在り、世界制覇後の1965年の二枚「HELP !」と「RUBBER SOUL」はCD化の際にマーティンが「こんなんじゃ遺せない!」とわざわざリミックスした程に時間が無かった「やっつけ仕事」だったのです。其れなのに此のクオリティーです。1965年に、レノン・マッカートニーは旬でした。レノンを追いつづけたマッカが、遂に其の背中を視界に入れたのです。永遠に追われる立場だったジョン・レノンの「巨大な人間力」には驚かされます。何せ、彼を最も間近で追ったのは「ポール・マッカートニー」と「ジョージ・ハリスン」だったのです。「ボブ・ディラン」や数多の後塵楽団も、敬愛して居た「キング・エルヴィス」ですら、レノンを意識し対抗したのです。

そんな重圧に耐える時、相棒が「彼女が僕にアッシーくんをやれってさ、ピピ、ピピ、イエー!」なんぞと無意味にハモル曲を書いて来たら、レノンはノリます。レノンには絶対に書けない「下らない歌詞」です。単純無欠の楽曲です。其れが、レノンは嬉しかったのです。「何でこいつは此処まで莫迦なんだ?女の事しか書けないのかよ?此れじゃビーチ・ボーイズとかの安っぽいホットロッドじゃん。」と呆れ果てながらも、嬉々として協力するのです。複雑怪奇な無理矢理で無茶苦茶なハーモニーが、最早「元ネタ」のR&Bを凌駕します。彼等には規制の音楽理論なんて在りません。全員、譜面を書けないし読めないのです。意味なんてないんだ。かっこ良ければ好いのだ。ポールはベースのレベルを上げまくり出しました。唸りを上げるベースが完全に主導権を握ります。

もしもブライアン・ウイルソンがオリジナルの「RUBBER SOUL」を聴いたなら、「PET SOUNDS」は違った作品集になって居たでしょう。ブライアンがドラッグをキメまくって聴き狂った米国盤「RUBBER SOUL」の最初の曲は、英国では前作「HELP !」に収録されて居た「夢の人」だったのです。改変された米国盤を聴いたブライアンは「此れは内省的なフォーク歌唱集だっ!素敵じゃないか!!」と勘違いしたのです。ブライアンは「僕は絶対にビートルズに勝つんだ!」と誓った。つまり、彼はビートルズに恋焦がれてしまったのです。恋愛に勘違いは付き物で、其れが思わぬ展開を生み出すのも此の世の常なのです。大西洋を隔てた恋人同士は相互に誤解を重ねて、前人未到の芸術作品を創ってしまいます。1965年の冬、世紀の恋愛音楽喜悲劇が始まったのでした。ピピ、ピピ、イエー!

「あっ。CRISTINA によるカヴァーは、是非、片瀬那奈ちゃんファンにも聴いて欲しい快作です。」


(小島藺子/鳴海ルナ)



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2009年07月11日

「SHE LOVES US, forever」

トゥルー・ブルー


>新しく女子マネージャーさんが毎日日記を書いてくれていて、
>それをみれば私の行動がいち早く分かります。
>女子マネさんは私と同じ年なんですが、まるで心はお姉さん。
>勝てるところといえば地図がよめて、抜け道を知ってるくらいかなあ。
>これからお互い頑張っていきますので宜しくお願い致します。

(以上、2007年4月26日 NANA KATASE -NANA DIARY- より引用。)



此の文章は、色んな意味で、衝撃的でした。

先ずもって、此れは「the diary of nana katase(片瀬那奈全記録)」に対する挑戦状だと受け取った。此れをやられたら「いちファンによる記録」なんて吹けば飛ぶよな存在です。既に多くの著名人がブログを書くのが普通の状況に在った時期に、片瀬は敢えて「他者から見た自分」を提示し始めたのです。其れも「憧れの先輩エロス担当で、其のマネ日記には定評が在った自分と同い年の女性マネジャー」を引き抜いてやらかしたわけです。

此の手法は斬新だと思いました。片瀬は「自分とファンの間に、ワン・クッション置いた」わけです。我々が知る「片瀬那奈の行動」とは、女子マネちゃんからの視点での女子マネ主観的な其れです。永遠に「眞なる片瀬那奈の行動」は謎です。其れは、どんなに公的なイベントを追っても解らなかった。そして、彼女はベールを纏う道を選択したのです。虚構としての存在を頑なに守ろうとしたのです。其れは、片瀬が余りにも無垢だからだったのでしょう。此れに触発され、正に「女子マネちゃん」の登場と時を同じくして、あたくしは此処の管理を「片瀬那奈ファンではない誰か」に託そうと思ったのです。二年余も掛けて、やっと鳴海に任せる事が出来ました。

今後も、此処の責任者はあたくしです。でも、更新するのは鳴海です。小島も姫川も、此処の更新権を既に放棄しました。其れは様々な理由(例えば、シュガーちゃんとの「先方から仕掛けられ続ける一方的な不毛なる抗争」に対する不信感とか、カタチが出来てからノコノコしゃしゃり出て来て尻馬に乗りまくった『陸で無し:永久追放:元特命係長』に代表される新参莫迦やろどもに散々甘い汁を吸いまくられた事による大いなる不快感とか)が在りますが、よーするに此処を創った小島と姫川は、みんなと同じ「単なる片瀬那奈ファンで、いち投稿者」になったのです。此の文章も、鳴海の検閲と編集を経て、ようやく陽の目をみれるかもしれないのです。今後は、小島は「エグゼクティブ・プロデューサー」で、実質的なプロデューサー(管理人)は鳴海になります。姫川も後進にエンジニアの座を引き継いで欲しいとの意向です。残念乍ら、其の座も「片瀬那奈ファンではない人材」となるでしょう。此処は、今後は「片瀬那奈ファンではない者」によって実質的には運営されます。そして我々は、アンダーグラウンドへ還るのです。

ちなみに、「女子マネちゃん」と云う呼称が「片瀬さん命名」で在る事も、ハッキリと遺されて居ります。あたくしは此の文章を読んで「女子マネちゃん」と呼び始め喧伝したのでした。片瀬が当時語った通り、毎日更新されて居た「初期女子マネ日記」は「那奈ヲタの聖典」でした。陸で無しも、初めは謙虚でした。図に乗っただけでしょう。ま、偉そうな態度を取る前に、自分のやらかした罪を償いたまえ。生涯、悔い改めても無理だと思います。嗚呼、無情なり。しみじみみあみあ。。。


(小島藺子/姫川未亜)




とのことで、鳴海です。以上は、小島より送られた原文ママです。
まんまと代行ではなく、管理人にされていました。どうぞ、よろしくです。

では、いつも通り、小島のデータより書き起こしの記事を書きますね。


「ななごころ 2009 ナツ」主要メムバア

 000:Kさん(VIP)那奈銃士、小島中立派
 001:アンテツ(「本家・那奈ヲタ」師範代会長:「龍」)
    四天王、那奈銃士、プロレス者、アイドリアン、ゲーマー、ガノタ、コレクター、森田派
 002:牧野 潮(「暴走戦士」うっぴー☆)四天王、那奈銃士、洋楽者、コレクター、星村派
 003:ふうこ(「ジャンヌダルク」)那奈銃士、アイドリアン、コレクター、星村派
 004:ジンジン(「糸氏」)那奈銃士、アイドリアン、コレクター、DD派
 007:御本尊様(VIP)那奈銃士、洋楽者、ゲーマー、ガノタ、コレクター、小島中立派
 008:人狼(「特撮イベンター」)那奈銃士、プロレス者、アイドリアン、コレクター、金子派
 009:小島藺子/姫川未亜(「元祖・那奈ヲタ」代表取締役社長:「虎」)
    四天王、那奈銃士、洋楽者、プロレス者、アイドリアン、コレクター、妖怪、小島武闘派
 010:まるか(「秘書」)那奈銃士、アイドリアン、、小島中立派
 017:O先生(VIP)那奈銃士、、小島中立派
 018:ぶちょー(「愚弟」営業部長)四天王、那奈銃士、アイドリアン、コレクター、内田派
 019:丸ちゃん(「相談役」)小島武闘派
 027:H先生(VIP)那奈銃士、小島武闘派
 029:ティンカーベル(「姐御」)洋楽者、プロレス者、アイドリアン、小島武闘派
 033:KIRI(「会計監査役」)洋楽者、プロレス者、小島中立派
 051:鳴海ルナ(二代目「管理人」)洋楽者、プロレス者、コレクター、小島武闘派
 055:PIN(「専務取締役」)ミクロちゃんヲタ、アイドリアン、ゲーマー、コレクター、堀北派
 070:まあや(「神の子」)那奈銃士、森田派
 077:あんな(「神の子」)那奈銃士、森田派
 099:まやや(「ライバル=心の友」)洋楽者、コレクター、小島武闘派

 他、限定100名。若干名を随時募集中です。入会許可権及び脱退認定権は、小島藺子に在ります。


 尚、005 及び 006 は、2009年7月7日付けで小島代表権限により破門除名処分としました。「元・006」に対しては「弁済訴訟を起こす」と、小島は怒り心頭で申しております。小島によれば、以前より警告状は何度も送っているものの、残念ながら「元・005」からは全く返答が得られず「勝手にしやがれ」と矛を収めたのですが、「元・006」に至っては図々しくも開き直って居る御様子ですので、司法判断に委ねるしかないと判断したとの事です。「元・006」に関しては、その余りにも不遜な態度が、「かつて某巨大掲示板で仏とすら呼ばれた銀河系一のお人好し」である小島の「有り得なかったはずの逆鱗」に触れた模様です。イコさんに「もー、どーでもいーのよさー、ぽこぺん☆」と言わせるなんて、在る意味大したもんですよ。揚げ足を取って罵倒する「粘着名無しさん」ですら愛してしまうのが、イコさんですからね。

 鳴海も、小島や他の構成員から事情を伺ったのですが、最早、永遠に「元・006」を小島が許す事は無いでしょう。ハッキリ言って、「元・006」に対する小島の憤りは尋常ではありません。あんなに怒ったイコさんをみたのは初めてです。「あんな屑野郎の隣で片瀬を観るなんて、もう絶対に出来ないのよさっ!」と、苦労して入手した「革命千秋楽@兵庫」行きをヤメてしまったのですから、鳴海も驚きました。そういえば、昨年も「キャロル・キングに行きたくなくなったのよさ、鳴海、代わりに行く?」といわれた事がありました。

 小島から頼んで来てもらった訳では無く、先方から出来上がった「組」に擦り寄って来たとの事ですから、「組」の規律を乱した責任は取って頂くのが当然だと、鳴海も強く思います。「小島が堅気では無い事を承知で散々舐め腐った報い」は受けなければならないでしょう。私たちを舐めたなら、其の方は最早「堅気」では無いのです。鳴海は幸いにも「元・006」と面識がありませんし、片瀬那奈さんのファンでもありません。でも、ココが小島やアンテツ達が何もない状況から集い10余年を賭けて創った「組」との認識はありますし、「竜虎の決定は絶対」とも、小島と盃を交わした際にきいております。

 「虎:イコ」がキレるのは芸の内で、大抵は「龍:アンテツ」が仲裁して事を収めるのですが、今回はアンテツ会長の鶴のひと声「一寸、待ったっ!」が出ませんでした。悪しからず御了承下さい。破門除名者は、今後一切、我々「ななごころ」及び「NO IMAGE」とは無関係で在る事を関係者各位様も御理解下さい。破門除名者の「ID」は永久欠番になりますので、新たに「ID:100」と「ID:101」が加わりました。継承者は、小島代表権限で既に決定済みです。小島も、相当懲りたようで、「今後は擦り寄って来る輩を安易に受け入れる事はしないわよ」と申しております。その為にも、鳴海を二代目に任命し、院政を目論んでいるのでしょう。

 そして、新たに管理人を引き受けることになった鳴海から、決意表明をさせてくださいね。確かに、鳴海は「片瀬那奈さん」のファンではありません。代表の小島から給与を得て、仕事としてココを管理運営していきます。仕事ですので、しっかりとやっていきます。片瀬さん及び片瀬さん関係者、そして片瀬さんファンの皆様の期待に応えられるように、全力でがんばります。どうぞ、長い目でみてくださいね。


(「ななごころ / the diary of nana katase」管理人:鳴海ルナ)





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2009年07月10日

FAB4-088:WE CAN WORK IT OUT(恋を抱きしめよう)

涙を届けて


 w & m:LENNON / McCARTNEY

 P:ジョージ・マーティン
 E:ノーマン・スミス(1965年)、ピーター・ボーン(1966年)
 2E:ケン・スコット('65-10/20、28、29、11/10)、グレアム・カークビー(’66-11/10)
 録音:1965年10月20日(take 2)
 MONO MIX:1965年10月28日(1)、10月29日(2、3)
 STEREO MIX:1965年11月10日(1)、1966年11月10日(2)

 1965年12月3日 シングル発売、パーロフォン R 5389(最高位英米1位)


THE BEATLES 史上、初の両A面シングルの片面で、正真正銘のレノン・マッカートニーによる合作。本国以外の米日などでは、未だ其の画期的な両A面と言う概念が無く、「WE CAN WORK IT OUT(恋を抱きしめよう)」がA面で「DAY TRIPPER」はB面となりましたが、当然乍ら両面共に世界中で大ヒットしました。

「DAY TRIPPER」同様に、次回から始まるアルバム「RUBBER SOUL」のセッションで録音され、アルバムと同日に発売されたシングル曲ですが、慣例通りに英国オリジナル・アルバムには両A面共に未収録で、アルバム「RUBBER SOUL」からは本国では壱曲たりともシングル・カットはされませんでした。1966年度グラミー賞で「SONG OF THE YEAR」を獲得した「ミッシェル」ですら、彼等はシングル化を拒んだのです。

元々はポールが書いた作品です。海賊盤で容易に聴けるデモ音源では、レノンが書き加えた中間部(所謂ひとつのミドル・エイト)が無いアコースティックな小品となって居ります。其れは同時期の「ミッシェル」にも云える事で「ポールが骨組みを書いたお姉ちゃんを想う軽く明るい作品に、レノンが苦みを加える合作法」が1965年後期には行われて居ました。此のカタチは解散状態になる1969年まで続きます。

1965年に覚醒したポールは、ぞくぞくと簡単に名曲を量産する様になります。然し乍ら、其れはレノンの協力が必須でした。其の典型的な例が、此の愛すべき名曲です。ポールが書いた甘くアイリッシュな小品(内容は当時の恋人ジェーン・アッシャーに関するアレコレ)に、レノンが強烈なアンチテーゼを加えます。「最近、映画の撮影でジェーンが帰って来なくてつまんないんだけど、ま、上手く行くはずさ」と天然バカボンぶり全開で歌うポールに対し、レノンが「おいおい、人生は短いんだぜ。お姉ちゃんの事しか考えらんないのかよ?しっかりしろよ、仕事しろよ、兄弟。」と返し、更には愛しのジョージ・ハリスンの抜群のアイディアでワルツに転換する中間部が、此の楽曲を凡庸な流行歌からスタンダードへと変えました。此の「DAY TRIPPER / WE CAN WORK IT OUT(恋を抱きしめよう)」と云う両A面シングルは、正に、THE BEATLES の天才三人衆(ジョン、ポール、ジョージ)が一丸となって居た時代の「楽団による合作」です。ん?リンゴは何やってたのかって?プロモでお分かりの様に、自転車でも漕いで居たんじゃまいか。

此の時代、彼等もモータウンから多大なる影響を受けましたが、其れは相互作用でした。スティーヴィー・ワンダーによるカヴァー(1970年)は全米13位のヒットとなります。彼は其れ以前にも「ミッシェル」に触発され名曲「MY CHERIE AMOUR(1967年)」を書きました。ちなみに、スティーヴィーはジョン・レノン&ポール・マッカートニーの両名と正式音源でデュエットした事が在り、海賊盤音源では「1970年代の解散状態だった時期のレノン・マッカートニーとのセッション」まで遺って居る「稀有な存在」でも在ります。流石は「音楽神:スティーヴィー・ワンダー」、其の辺は絶対に外しません。音楽は、すべて繋がって居るのです。


(小島藺子/鳴海ルナ)


(【注】今回から、小島が書いたり口述した原稿を、鳴海がまとめて更新するカタチになりました。)




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2009年07月09日

「恋はごきげん」

The Best of Wayne Fontana and the Mindbenders


 みなさん、どうもすみません。鳴海です。

 小島から「HAPPY TOGETHER 1967」の続編CDRが届きましたので、ご紹介します。片瀬さんのファンの方々には興味が薄い記事が続きますけど、鳴海は「那奈ちゃん初心者」ですので御了承くださいね。鳴海は、洋楽や洋画の話しかできないです。小島ともそういう話しかしてませんでした。「ななごころ」の会員の方からの投稿を、小島が転送し始めましたので、過去記事になりますけど更新はしていきます。転送されているのは、牧野さんからの投稿のみですけど、それが本当に牧野さんからしか投稿がないのか、小島の検閲で牧野さんだけ通っているのかは定かではありません。(以下、小島からの原文ママです。)


 恋はごきげん 1966


 01. GROOVY KIND OF LOVE(恋はごきげん) / Patti LaBelle & the Bluebells
  (O.A. : the Mindbenders)

 02. BUS STOP / Graham Gouldman
  (O.A. : Hollies)

 03. WALK AWAY RENEE(いとしのルネ)/ the Four Tops
  (O.A. : Left Banke)

 04. REACH OUT(I'll Be There)/ Diana Ross
  (O.A. : the Four Tops)

 05. SUNNY / Dusty Springfield
  (O.A. : Bobby Hebb)

 06. YOU DON'T HAVE TO SAY YOU LOVE ME(この胸のときめきを) /
   Carla Thomas
  (O.A. : Dusty Springfield)

 07. DAY TRIPPER / Nancy Sinatra
  (O.A. : the Beatles)

 08. THESE BOOTS ARE MADE FOR WALKIN'(にくい貴方) / Wayne Newton
  (O.A. : Nancy Sinatra)

 09. STRANGER IN THE NIGHT(夜のストレンジャー)/ Bert Kaempfect
  (O.A. : Frank Sinatra)
 
 10. PAINT IT, BLACK(黒くぬれ!)/ U2
  (O.A. : the Rolling Stones)

 11. GIMMIE SOME LOVIN'(愛しておくれ)/ Sam & Dave
  (O.A. : Spencer Davis Group)

 12. HOLD ON, I'M COMIN' / the Righteous Brothers
  (O.A. : Sam & Dave)

 13. TRY A LITTLE TENDERNESS(愛しすぎて)/ Sam Cooke
  (O.A. : Otis Redding)

 14. THE LAND OF 1000 DANCES(ダンス天国)/ the Walker Brothers
  (O.A. : Wilson Pickett)

 15. THE SUN AIN'T GONNA SHINNE(Anymore)(太陽はもう輝かない)/
   Frankie Valli
  (O.A. : the Walker Brothers)

 16. GOOD VIBRATIONS / the Troggs
  (O.A. : the Beach Boys)

 17. WILD THING(恋はワイルド・シング) / Jimi Hendrix
  (O.A. : the Troggs)

 18. I'M A BELIVER / Neil Diamond
  (O.A. : the Monkees)

 19. CHERISH / David Cassidy
  (O.A. : the Association)


「二番煎じでゴンス。ま、尻取りですよ。前回は1967年限定、今回は戻って1966年限定の洋楽ヒットをカヴァーで繋いだだけよ。其れでさ、以前からこーゆー事をやらかすと揚げ足取る阿呆が居るので『のっぽのサリー』しとくと、例えば『太陽はもう輝かない』はフランキー・ヴァリの方が本当はオリジナルだし、『ダンス天国』はウォーカー・ブラザーズの方がピケットよりも先にカヴァーしてるのよさ。『愛しすぎて』はスタンダードだけどサム・クックを聴いてオーティスがカヴァーして名曲になったのよさ。『夜のストレンジャー』だって作者のベルト盤のサントラがオリジナルですよ。チミらはさ、イコちゃんがわざとやってんのが分らんのかね?文句ヌカす前にもっといっぱい聴いて頂戴。ま、おまいらなんぞには生涯追いつかれないわよ。年季が違い杉なのよさ。こっちとら、おまいらなんぞが存在しない頃から衣食住よりも音楽を慈しんだんだよ。空きっ腹で身銭を切ってレコードを買ったのよさ。だからずっとずっと音楽に愛されて居るのよさ。片瀬も云ってるじゃん。自分で探して聴かなきゃ絶対に音楽は分んないのよさ。放っといて頂戴。英語に好い諺が在るよ(マサ斉藤声で)、『おまいはおまいの心配だけしてなさいな。』其れは兎も角、とりあえず『陸で無し』はさっさと氏んでくださいね。おまいは永久追放確定だす、にゃんこ先生!がっはっはっはっ☆」


 
(選曲:小島藺子 2009-7-5)



 なんだかよくわからない解説ですけど、選曲は流石はイコさんで今回のもヘビロしている鳴海です。それと、鳴海は考えたのですけど、ココって「the diary of nana katase」&「NEO COPY CONTROL」と言うサイトになっていたのですね。だから、別に片瀬那奈さん以外の記事を書いても問題ないって事ですよね。鳴海は洋楽や洋画や、あと格闘技なんかも守備範囲ですので、片瀬さん以外の話を中心に展開して行きますよ。それでもいいんですよね?イコさん。

(鳴海ルナ)


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2009年07月08日

「MY WAY」

The Velvet Underground & Nico


「アンダーグラウンドが流行りだって?
 
 悪いけど、彼女が待ってる。」


(ポール・マッカートニー 1971)




やあ、同志諸君、此れが答えだ。

「NO IMAGE」起動。ルナちゃん、此処は任せた。じゃあね☆


(小島藺子)



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「LOST AND FOUND」

Lost & Found (1986-89)


【此れまでのあらすじ】

1979年02月 M &Blue、「LOW-LOW」結成。

1981年03月 M & Blue に多絵子を加え「Blue Wind Project」結成。

「Blue Wind Project」代表作:「BRON(1982)」、「マドロウム・ガアル(1983)」、「オキシジェン・デストロイア(1983)」、「BRON2(1986)」、「BLUE ALBUM(1990)」、「LED-BOOKS(1991)」、「キナサイ(1994)」、「POPS(1997)」、他。

1985年03月 多絵子、死亡(享年24才)。

1990年03月 多絵子、ゾンビ化し復活。
       
1990年08月 多絵子暴走、「Blue Wind Project」総勢13名に膨張。

1997年09月 イコ(旧名:M)と未亜(旧名:Blue)が、多絵子を封印。
       「Blue Wind Project」崩壊。

1998年01月 イコ&未亜、片瀬の街に転居し「夢現幻(A.R.D.)」結成。

1998年10月 片瀬那奈、デビュウ。

1999年12月 イコ、某巨大掲示板洋楽板に出現。

2000年08月 未亜、「パラノイア」に出現。(イコも「理名」名儀で出没。)

2002年06月 未亜、「日本人の為のビートルズ講座(月刊・未亜)」連載開始。
        (「hilite」にて、2005年11月まで、全41回)

2002年10月 イコ、「ビートルズ全曲カヴァー・リスト」等で「優良コテハン」として認知される。

2002年11月 イコ、優良コテハンの地位を捨て、ビー板で片瀬那奈の話題ばかり書き始める。

2003年01月 イコ、「月刊・未亜」に突如降臨し、乗っ取る。

2003年06月 イコ&未亜、片瀬那奈と初の第三種接近遭遇。

2003年08月 未亜、「理名ヲタ」から「那奈ヲタ」に転び「片瀬那奈公式掲示板」に出現。
       イコによるプロファイリングで現場に来る那奈ヲタ全員を特定し、畏れられる。

2004年08月 イコ&未亜、「COPY CONTROL」始動。
       「夢現幻(A.R.D.)」を「NO IMAGE(A.D.R.)」と改名。

2004年12月 イコ&未亜、「the diary of nana katase」始動。
       以後、「那奈ちゃんねる」「さかさま」等、20以上のサイトを乱立。

2005年06月 「the diary of nana katase」の一日アクセス数が突然一桁から三桁に増殖。

2005年12月 「the diary of nana katase」の月間アクセス数が「COPY CONTROL」を抜く。

2006年09月 「the diary of nana katase」の総アクセス数が「COPY CONTROL」を抜く。

2006年11月 片瀬那奈、イコを特定。

2007年02月 片瀬那奈初舞台「僕たちの好きだった革命」に呼ばれ、くりぼう&すぽにちクン出現。
       更に総勢13名の元「Blue Wind Project」構成員がぞくぞくと復活し始める。

2007年05月 イコ、通勤途中に階段から転落し大怪我。
       近所の病院へ通院し、ティンカーベルと出逢う。

2007年07月 多絵子、突如怪獣化し10年振りに完全復活。
       (イコとの壱年余の最終戦争の末、2008年11月、合体。)

2008年03月 イコ、姐御ティンカーベルに聖母様を紹介される。

2008年04月 「NO IMAGE(A.D.R.)INC.」起業。

2008年08月 イコ、片瀬那奈初主演舞台「フラガール」赤坂全23公演最前列完全制覇。(7/18〜8/6)

2008年11月 「ななごころ」発足。(会員限定100名)

2009年03月 「COPY CONTROL」と「the diary of nana katase」を合併。
       イコ、未亜、多絵子、3ピース楽団「桃色うらら」結成。

2009年06月 イコ、「僕たちの好きだった革命」池袋最終日(5/31)後、失踪。
       同時に、未亜、くりぼう等も消息を絶つ。

2009年07月 鳴海ルナ(イコの洋楽仲間で、片瀬那奈に関しては無知)、管理人代行就任。

       
(小島藺子曰く「此れからはあたくしに代わって鳴海が書きます」なのだ。
 ま、アレだ。鳴海はあたくしの「女子マネちゃん」なのよさ。ケケケ)


2009年08月 「お楽しみに☆」


(宇宙漫遊中:小島藺子)




以上、小島からの手紙を書き起こしました。

ところで「女子マネちゃん」って誰ですか?鳴海と似ているのでしょうか。

(鳴海ルナ)


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2009年07月07日

「ID : 051 / 鳴海 月」に関するアレコレ

カメラ=万年筆(紙ジャケット仕様)


 みなさん、お元気ですか?鳴海です。

 コメント欄に、面白い投稿がありました。鳴海には承認権がありませんが、小島から「愉快で楽しい投稿は本文記事にコピペしてよろし☆」と言われてもおります。片瀬さんに関するイ牛は、まだ上手く回答できない不勉強な鳴海ですが、この質問なら答えられますよ。

>管理人代行就任、おめ。鳴海さんは、その名前(ナルミルナって回文になっているし、IDが15=イコの逆回転で51)からして「イコと同一人物」ではないかと思えるのだが、そのへんどうよ?「未亜」とか「くりぼう」とかと同じで、おまいも単なる「イコの妄想キャラ」だろ?さっさと正体をみせろ、イコ氏ね!(「東京都:地獄のキラー」さんより)

 ご質問ありがとうございます。かなり鋭いご指摘ですね。さしずめ、あなたも「コテハン」ですね。しかも古くからの「ビー板」の住人でしょう。知り合った当時の小島は、ノーマルもアブノーマルも両方こなしている稀有な存在でした。鳴海が知る限りでは、真面目なスレと意味不明なスレの両方共書き込みしていたのは小島こと「イコ」さんと「巨大ネコ」さんと「やれやれ」さん位しかいなかったです。三人とも何故か「ホワイト・アルバム」さんに嫌われていましたね。他に当時のオフ会で鳴海がお会いしたコテハンさんは「アルンハイム」さんを始め、みなさん「普通のスレ」でしかみかけませんでした。

 確かに、鳴海の命名者は小島です。鳴海にも「ねらー時代のコテハン」はありますが、小島から「正体がバレると、チミは女の子だしもうとっくにコテハンもねらーもヤメたんだしさ、色々と面倒だから、あたくしが命名する新しい名を名乗りたまえ、がっはっはっは☆」とのメッセージ付きであたえられた「鳴海 月(なるみ るな)」を名乗らせて頂く事になりました。名前の由来も小島からの手紙に書いてありますのでご紹介しますね、地獄さん。


>「美月うらら」=「美×2=みみ→美海=みう=未卯→(さかさま)宇宙=SOLA→(さかさま)うみ=海」+「月」+「うらら=春」=「海月春→(回転)春海月」=「はるみるな」→「なるみるな」=「鳴海ルナ」=「鳴海 月」なのよさ。

>つまり、此の名前は片瀬那奈が演じた最強キャラ「美月うらら」のアナグラムであり「信号三姉妹」をも内包する、小島にとって至高の「SISTER」を意味するのだ。XXちゃん(【注】鳴海の本名が記されてますので伏せます)、有難く受け取って頂戴☆(「世界漫遊中:小島藺子」さんより)



 「美月うらら」に関しては、小島から送られた膨大な資料の中に「此れだけは絶対に観なさい!話は其れからなのだ☆マーク」入りのDVD七枚があって、それはやっとみたので知っています。ただし、小島から送られた作品映像は片瀬さん出演場面だけで編集されているので、ストーリーはよくわかってないと思います。「信号三姉妹」というのは、なんのことか全くわかりません。片瀬さんで検索しても出てこないので、謎です。でも「なるみ るな」ってカワイイ名前なので気に入ってます。イコさん、ありがとう。

 それから、あの、コレは憶測なのですけど、「姫川さん」がもしも架空の存在ならばそのプロトタイプは鳴海だと思います。あの「未亜イコ対談」ってあるじゃないですか。アレって、イコさんと鳴海が会って話した事が元ネタになっているんですよ。もちろん、鳴海は片瀬那奈さんのファンではありませんので語り合った対象は全く違うのですけど、固有名詞が例えば「ジョージ」とか「マドンナ」とかだった会話が「片瀬」とか「那奈ちゃん」に代えられているだけで、内容はイコさんと鳴海の会話にかなり近いです。例えば、知識量が圧倒的に少ない鳴海が小島に言い負かされて「ひどいじゃない、イコさん」と泣きが入るのがいつもの風景なのですけど、よく対談で姫川さんが「酷いよ、姐御」とか言って落とす展開は、丸っきりそのまんまです。

 イコさんが「未亜たんとあたくしは別人なのよさ。未亜たんはあたくしじゃないのよさ。」と書いていたのは本当なのだと、鳴海は思います。鳴海は姫川未亜さんにお会いした事がありませんし、姫川さん人脈の方々とも全く面識がありませんので、あくまでも憶測です。だって鳴海にとっては、ずっとイコさんはイコさんだから。イコさんが片瀬さんのサイトをやっているなんて、先日まで知らなかったのです。こんな鳴海でココの管理が勤まるとは思えません。みなさん、ごめんなさいです。片瀬那奈さん、ごめんなさいです。どうして鳴海が管理人代行に選ばれたのか、イコさん、教えてください。(泣)


(鳴海ルナ)


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2009年07月06日

「続 HAPPY TOGETHER」

Happy Together


 みなさん、こんばんは。鳴海です。

 先日送られて来た小島からのCDRに関する詳細を教えて欲しいというお問い合わせが、コメント欄に複数ありましたので紹介します。(以下、小島からの手紙の原文ママです。)


 HAPPY TOGETHER 1967


 01. HAPPY TOGETHER / Frank Zappa & the Mothers
  (O.A. : the Turtles)

 02. NEVER MY LOVE(かなわぬ恋)/ the Addrisi Brothers
  (O.A. : the Association)

 03. SOMEBODY TO LOVE(あなただけを)/ Ramones
  (O.A. : Jefferson Airplane)

 04. PURPLE HAZE(紫のけむり)/ Dion
  (O.A. : Jimi Hendrix)

 05. SO YOU WANT BE A ROCK & ROLL STAR / Patti Smith
  (O.A. : the Byrds)

 06. DAYDREAM BELIEVER / John Stewart
  (O.A. : the Monkees)

 07. STRAWBERRY FIELDS FOEVER / the Runaways
  (O.A. : the Beatles)

 08. LITTLE WING / Drek & the Dominos
  (O.A. : Jimi Hendrix)

 09. I SAY A LITTLE PRAYER(小さな願い)/ Burt Bacharach
  (O.A. : Aretha Franklin)
 
 10. TELL IT LIKE IT IS(恋はきどらず)/ Heart
  (O.A. : Aaron Neville)

 11. RUBY TUESDAY / Melanie
  (O.A. : the Rolling Stones)

 12. CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU(君の瞳に恋してる)/ 椎名林檎
  (O.A. : Frankie Valli)

 13. LIGHT MY FIRE(ハートに火をつけて)/ Stevie Wonder
  (O.A. : the Doors)

 14. I WAS MADE TO LOVE TOU(愛するあの娘に)/ the Beach Boys
  (O.A. : Stevie Wonder)

 15. DARLIN' / 山下達郎
  (O.A. : the Beach Boys)

 16. GROOVIN' / Marvin Gaye
  (O.A. : the Young Rascals)

 17. I HEARD IT THROUGH THE GRAPEVINE(悲しいうわさ)/ C.C.R.
  (O.A. : Marvin Gaye)

 18. BY THE TIME I GET TO PHOENIX(恋はフェニックス)/ the Four Tops
  (O.A. : Glen Cambell)

 19. RESPECT / Otis Redding
  (O.A. : Aretha Franklin)


「コンセプトは『夜のヒットスタジオ』と『エドサリバン・ショー』を足して貳で割らない感じ☆割らないのがポイントなのよさ。ケケケのケ、『デイドリーム』はキヨシちゃんと作者とで最後まで迷った。で、コレは那奈つ下の1967年生まれの莫迦ボンどもに捧ぐのだ。風呂入ったか?牙磨いてるか?勉強しろよ!リタ、ブラザーズ&リラ、シスターズ☆」

 
(選曲:小島藺子 2009-6-29)



 かつて「ビートルズ全曲カヴァー・リスト」をやった頃の「神様、仏様、イコ様」時代の小島が蘇ったかの様なコアな選曲で、1977年生まれの鳴海もヘビロしています。以下、小島への私信です。こちらから小島にアクセスする手段が、現時点ではここで書くしかないのでお許しくださいね。

 イコさん、もっとこういうのやりませんか?イコさんは、根っからの音楽家で研究家だと、鳴海は思います。ジョージやビートルズの事をたくさん教えてくださったイコさんが、みんなで「ビートルズ限定カラオケ」に行ったのにウクレレ持参で生演奏で弾き語りをしてくださったイコさんが、鳴海は好きです。何故そんなイコさんが「片瀬那奈さんに固執する」のかが、鳴海には全く理解出来ません。現在、頂いた膨大な片瀬さんの資料DVDを観ていて、確かに才能のある若手女優さんだとは思いました。美人なのに汚れ役をやられている作品が多くて、山田バーバラとかエレナ様とか面白くて仕事を忘れて笑っちゃってます。(【注】鳴海は、小島から給与を頂いて此処を更新していますし、特に鳴海の興味対象外の片瀬那奈さんに関する記録は単なる「仕事」です。)

 でも、イコさんは芸術や哲学に詳しいし、素晴らしい映画や演劇を沢山観ているし、読書量だって半端じゃないし、はっきり言って「天才」です。なのに何故、片瀬那奈さんなの?全然わかんない。早く私たちの場所に還って来てください。「COPY CONTROL」に還ってください。みんな待っていますよ。もう、お遊びは終わりでしょ?「那奈ちゃん大好き!」って、10余年も「昼行灯を気取ってただけ」ですよね?このブログだって、全部、冗談だったんでしょう?鳴海は、そう信じています。なにやってんの?
イコさん、貴方は芸術家じゃなかったの?


(鳴海ルナ)


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2009年07月05日

「僕たちの好きだった革命(改)」千秋楽、篠山公演
(35/35)

僕たちの好きだった革命 Revolution 〜私たちの望むものは〜 word music 2




16:30開場、 17:00開演 たんば田園交響ホール






MY SWEET LOAD







KOKAMI @ network vol.10『僕たちの好きだった革命』








【盟友:牧野レポ】

たんば田園交響ホールは遠かった。。。

大阪伊丹空港から電車とバスを乗り継いで2時間弱。

山と緑に囲まれたとてものどかな風景で、那奈ちゃんも好きそうな感じの場所でした。

途中でまるかちゃんと合流し、革命再演千秋楽の「たんば田園交響ホール」へ。

会場入りすると、ホール内の天井がもの凄く高いのに1階席のみ。
とても贅沢な造りとなっていて期待が高まります。

席に座り、シーンゼロの那奈ちゃんが出てくるまで少し時間があったのでロビーに行ってみると、先ほどすれ違ったフォークソング部の4人が沢山のお客さんの手拍子に合わせて熱唱。お客さんとともに心の底からこの舞台を楽しんでいる様子でした。

さてさて、席に戻って那奈ちゃんを待っていると、いつものように霧吹きを持って登場。

が、2回ほど行き来したと思ったら、田鍋さん、伊藤ノリちゃんを従えての「フラダンス」。
今回は横に田島さんもいて、踊りはしませんでしたが何やら楽しそうに見てました。

千秋楽でフラダンス部の活動が見れるだけでもラッキーでしたが、フラダンスがいつの間にか「ヒゲダンス」に。。。 那奈ちゃん、伊藤ノリちゃん、田鍋さんノリノリで手を上や下にして回ってます。
楽しそうにヒゲダンスが終わると、今度は那奈ちゃんを先頭に3人1列に並びグルグルと何やら始めました。

ん?、と思って見ていたのは誰でも知っているあの振り付け。そうです、EXILEの「Choo Choo TRAIN」でした。

グルグルやったあとは大拍手が起こってました。


本編はというと、皆さん気合が入りまくりで、特にシーン37での兵藤と山崎がアツかったです。

あっ、そうそう。革命再演千秋楽で初めて未来ちゃんから、暑中見舞いのアジビラを貰いました。(まるかちゃん共々、宝物にします)
いつもはビラを回収する面々も「最後ですからね」と今回は回収しませんでした。

本編終了後のカーテンコールでは、すでに客席オールスタンディング状態。

2回目のカーテンコール終了後には、舞台天井から沢山のカラーテープが落ちてきて、客席も出演者もテンションは最高潮に。

そして、東京千秋楽と同様にGAKU-MC(タイト・キック)による出演者の紹介。
個人の名前も顔もでてこない、スタッフ一同紹介のときに那奈ちゃんが両手を高く突き上げていたのが印象的だったなぁ。

そういえば途中の15分休憩のときには、後ろから若い女性の声で「片瀬那奈めっちゃカワイイやん。歌のおにいさんで見てから、めっちゃファンやねん。」なんて声も聞こえて嬉しかったです。


東京3公演に石巻、福島、篠山。
どの公演もそれぞれに素晴らしかった。

革命万歳!


(うっぴー☆)





「ありがとう、ともだち、さよなら♪」(未亜/イコ)








【革命同志リンク集】


「中村雅俊マイホームページ」
「塩谷 瞬『Shun Shioya official site』」
「GAKU-MC 『ガク問ノススメ』」
「GAKU-MC ナラデワ」
「武藤晃子の六畳一間」
「澤田育子の食べる前に撮るッ!!!」



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2009年07月04日

「HAPPY TOGETHER」

Happy Together


 みなさん、こんにちは。鳴海です。

 小島からのエアメールが先ほど届きました。消印は、前回とは違う国です。私に更新を押し付けて、自分はノンキに世界漫遊中みたいです。

 「投稿があるはずだから、更新しなさい」と手紙に書いてあるのですけど、小島のメアドやmixiなどのパスワードがわかりませんので確認できません。イコさん、これを読んだらパスワードを知らせてくれるか、データで転送するなりしてください。

 記事のタイトルは小島からのメールに同封されていたCDRの最初に入っていた曲名です。タートルズではなくザッパ(フロー&エディ)の方が入ってました。理由はわかりません。明日、片瀬さんの舞台が千秋楽なので集まろうという意味かもしれませんが、歌詞の内容を考えると「彼女と会えない」という意味にもとれます。二曲目がアソシエイションの「NEVER MY LOVE(かなわぬ恋)」で、それもアドリシ・ブラザーズのセルフ・カヴァーだったので、意味深です。CDRはすべて1967年の洋楽ヒットのカヴァーで構成されています。凝ってます。こういうイコさんはいいんだけどな。


(鳴海ルナ)


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2009年07月02日

「透明ガアル」

 みなさん、はじめまして。

 私は今回、当ブログ管理人代行をイコさんより押し付けられた
「鳴海 月(なるみるな)」といいます。

 イコさん、もとい当ブログ管理人兼NO IMAGE代表の小島藺子(以下、小島と表記します)とは、七年ほど前に某巨大掲示板のビートルズ板で知り合いました。ポール・マッカートニーの来日公演があった年です。最初はネット上で質問スレッドなどで訊ねると、小島が回答してくれていて、ポールの初日に私も含めたコテハンの人たちでオフ会をやりました。その後も何度かお会いして、小島も私もジョージ・ファンなので仲良くなりました。一緒にレコスケくんの本秀康さんの個展に行ったりもしました。それで、小島が書いていた「日本人の為のビートルズ講座」や「月刊・未亜」「COPY CONTROL」を愛読していました。

 最近「COPY CONTROL」の更新がなかったので、久しぶりに小島と連絡をとったら「管理人代行になって頂戴、お願い☆」と一方的に言われて、ブログのパスワードと原稿データ入りのCDRなどを送りつけられました。小島からの郵便物の消印は海外でした。それで、先月の中旬くらいからは私が更新しています。

 私はビートルズや洋楽に詳しい小島しか知りませんので、片瀬那奈さんの記録なんてできないと固辞したのですけど、小島が申しますには「片瀬ファンじゃないコにやって欲しいのよさ」とかで、それと「だって、まわりの那奈オタで更新できる奴いないんだもん!」らしく、「アノころのネラーなら信頼できるじゃん!」ということらしいです。

 ただ今、片瀬さんに関して小島に渡された資料で勉強中です。どうか、素人ですので苛めないで下さい。小島には随分と世話になってまして、姉妹みたいな関係ですので、仕方なく引き受けたのです。イコさん、早く帰ってきてください。


(鳴海ルナ)


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2009年06月30日

FAB4-087:DAY TRIPPER

The Otis Redding Dictionary Of Soul : Complete & Unbelievable


 w & m:LENNON / McCARTNEY

 P:ジョージ・マーティン
 E:ノーマン・スミス(1965年)、ピーター・ボーン(1966年)
 2E:ケン・スコット('65-10/16、25、29)、ロン・ベンダー(65-10/26)、
   グレアム・カークビー(’66-11/10)
 録音:1965年10月16日(take 3)
 MONO MIX:1965年10月25日(1)、10月29日(2、3)
 STEREO MIX:1965年10月26日(1)、1966年11月10日(2)

 1965年12月3日 シングル発売、パーロフォン R 5389(最高位英米1位)


レノン作で、初の両A面シングル(片面は「WE CAN WORK IT OUT(恋を抱きしめよう)」)として発売され、二曲共全英全米チャートで首位に輝き、世界中で大ヒットした「天下無敵のビートルズ」楽曲です。が、しかし、ジョンとポールは「締め切りに追われて捏ち上げた曲さ」と吐き捨てました。

革新的なアルバム「HELP !」を発表し、同名主演映画第二作も公開され、伝説のシェア・スタジアム公演までやらかした1965年8月を乗り切り、9月は流石にのんびりと過ごしてしまった彼等に、鬼の契約「アルバム年間二枚!」が重く伸し掛かった10月でした。後に「RUBBER SOUL」となるアルバムのセッションを開始せねばならなくなりました。「曲が無い!」と慌てたレノマカは、必死で書きまくりました。其のセッションから、またもや御丁寧に「アルバム未収録のシングル曲」として「DAY TRIPPER / WE CAN WORK IT OUT(恋を抱きしめよう)」をアルバムと同日に発売するのです。そうです、其の通りです。そんな時にも、彼等は「ファンに二度売りはしないぜ!」の意志を貫いたのでした。だから当時聴いて居た東洋の島国に住む「クリハラ キヨシ 少年」は思ったのです。「他の連中は、なんかダブっちゃうんだけど、ビートルズはダブらないんだよね。信用出来るって思ったよ。」とね。僕も、中学校の時に後追いで集め始めて、そう思ったよ。

「なんて真摯な連中なんだっ!」

小手先で書きなぐった曲なのに、こんなにもカッコいいのです。二本のギターとベースによるリフのユニゾンだけで構成されたレノン流の「R&B」です。ジョン、ポール、ジョージによる三声コーラスが目くるめく高見へと登ってゆく様は、最早音楽による「ドラッグ」です。事実、彼等は既にドラッグを常用して居ました。でも、其れを芸術へと昇華したのです。

ビートルズのカヴァーに最初に興味を持ったのも、此の曲のオーティス・レディング盤を始めとする「黒人アーティスト」による返答でした。元々、ビートルズが黒人音楽への深い敬愛を込めて書いた楽曲群を、言わば本家本元が料理したのです。ゾクゾクする程に刺激的でした。「此れこそが音楽だ!」と10代の僕は貪る様に多様な音楽世界に誘われて行ったのです。

さて、此処で彼等にとって大きな問題が生じました。デビュウ以来のプロデューサーで「五人目のビートル」と云われたジョージ・マーティンが1965年8月に「EMI」に辞表を叩き付け独立し「AIR」を設立しやがったのです。本来なら、「EMI」は自社の誰かを後任にしたかったでしょう。しかし、ビートルズにはマーティンが必要でした。其れを知って居たからこその独立だったのでしょう。「耳こそはすべて」じゃなく「金こそはすべて」とラトルズに揶揄されても仕方の無い事です。でも、マーティンも自由になったわけで、願ったり叶ったりだったでしょう。ところが、其のマーティンの独立に依って、デビュウ以来のエンジニアで在ったノーマン・スミスがプロデューサー昇進し「RUBBER SOUL」セッションを最後に現場を離れる事になります。そして、其の後釜にアノ男がやって来るのです。でも、其れは、もう少し後のお話です。


(小島藺子)



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2009年06月26日

FAB4-086:DIZZY MISS LIZZY

Specialty Profiles 平和の祈りを込めて〜ライヴ・イン・トロント1969〜


 w & m:LARRY WILLIAMS

 P:ジョージ・マーティン
 E:ノーマン・スミス
 2E:ケン・スコット
 録音:1965年5月10日(take 7)
 MONO MIX:1965年5月10日
 STEREO MIX:1965年5月10日

 1965年8月6日 アルバム発売
 パーロフォン PMC 1255(モノ)、PCS 3071(ステレオ)


後にレノンが歌った通り、THE BEATLES とは「夢」でした。

相方ポールが夢で聴いた旋律を其の侭書いた至上の名曲
「イエスタデイでしょ?あたし好きだな」
(未来ちゃん、いやさ片瀬那奈ちゃん声で)で、アルバム「HELP !」は完結して好いのです。普通は、そうします。されど、彼等は破壊した。そもそも「YESTERDAY」を大した曲とは思ってなかった様です。

アルバムのトリ、いや「オチ」は、レノンの絶唱です。お得意のラリー・ウイリアムスのカヴァーを力一杯喚きちらし、「YESTERDAY」の感傷的な余韻をぶち壊す「ロケンロール楽団:THE BEATLES」が、B面で初めて牙を剥きます。リンゴの呑気で陽気なカントリーで始まり、穏やかな、いや「腑抜け」になった様な楽曲がメドレーの様に連なり、トドメに「イエスタデイでしょ?あたし好きだな」(御本尊様声で)です。「其れで終ったんじゃ、納得がいかないっ!」と思ったのは、ファンでは無く「THE BEATLES」だったのです。此れぞ正しく「芸術」です。破壊と創造です。

「HELP !」は、トータル・アルバムです。彼等は其れまでの四作も全て「統一性」を意識して制作して居ました。其れが遂に実現したのが「HELP !」です。彼等は一作ごとに変化してゆきます。其れは、突然起こったのでは無かったのです。四年後に、レノンはふたたび此の曲を叫びます。其の間、公的にはカヴァーを封印して居ました。「チーフ・ビートル:ジョン・レノン」最後の絶唱です。其の声だけで、またしても全てを捩じ伏せてしまった。何もかもが、画期的でした。其れでも彼等は満足しなかった。もっともっと、革新的な企みが在りました。水野晴郎せんせい入魂の邦題に反し、もう、彼等は「アイドル」では無かったのです。


(小島藺子)



アルバム「HELP !」の項で、downtown records の土田社長に「HELP」して戴きました。感謝します。


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2009年06月25日

FAB4-085:YESTERDAY

Live in Las Vegas


 w & m:LENNON / McCARTNEY

 P:ジョージ・マーティン
 E:ノーマン・スミス
 2E:フィル・マクドナルド
 録音:1965年6月14日(take 2)
 MONO MIX:1965年6月17日(1 & 2)
 STEREO MIX:1965年6月18日

 1965年8月6日 アルバム発売
 パーロフォン PMC 1255(モノ)、PCS 3071(ステレオ)


「イエスタデイでしょ?あたし好きだな」
(未来ちゃん、いやさ片瀬那奈ちゃん声で)です。


日本の音楽の教科書にも載りました。いえ、世界で最もカヴァーされた楽曲でも在ります。「ビートルズと云えば、イエスタデイ」ってなもんや、です。名曲です。作者のポールは、在ろう事か「貴方の最高傑作は?」と訊かれ、自信満々に「そりゃ、チミ、イエスタデイに決まりだもん!」って応えちゃいます。レノンが殺された時にも流されました。レノンが生きて居た頃だって「あらま、ビートルズのレノン様じゃありませんか、じゃあ貴方の曲を演奏しますわ」なんて云われて各国で此れを聴かされました。レノンは「あのさ、其れはポールの曲じゃん!」と毒づきながらも「う〜む、やっぱ、名曲だナァ」と相棒の傑作を讃えたのです。

あたくしも、最初に彼等のアルバムを買う時に「イエスタデイ」が入って居るモノってのが基準でした。其れで「オールディーズ」を買ってしまったのです。だって、赤盤は二枚組で高かったし、「ヘルプ」は14曲入りで「オールディーズ」は16曲入りだったのですよ。しかも、何故か「オールディーズ」の方が安かったんです。想い出も、思い入れも在ります。其れで反則なんですけど、かつて(2002年)に書いた文章を再録してしまいます。


「日本人の為のビートルズ講座 (連載2発目)」

<Yesterdayを知っていますか?>

ザ・ビートルズの楽曲で一番有名な「イエスタデイ」は何故か語られる機会が少ない様に感じられる。マニアは勿論、少し噛ったファンですら、一番好きな曲なんて事は云わない。捻くれた人は「夢の人」(同じアルバムに収録されたポールの作品で、イエスタデイの前に入ってる曲)の方が名曲だと云う始末。彼等を知れば知る程、誰もが知ってる曲の事など語りたく無い気持ちは理解出来るし、私自身もかつては敢えて無視して居た曲だった。

まず、これはビートルズの曲とは云えないんじゃないか?ってのが在る。作ったのも録音に参加したのもポールだけで、他に関わったのは編曲とプロデュースのジョージ・マーティンと弦楽四重奏の外部ミュージシャンだけ、つまりポールのソロではないのか?現在でも、ポールとヨーコの間で論議されているらしいが、クレジット上はジョンの名前もあるけど、いいじゃないかヨーコ、返してあげなさいよ。しかし、待てよ。1965年当時ポールはビートルズのメンバーだったし、レノン・マッカートニーと云うソングライター・チームの一員だったのだ。故に、やはり、これはビートルズの作品だ!!

ジョンが単独で作り、録音した「ジュリア」と云うビートルズ作品が在る。ところが「アンソロジー3」に収録されたアウトテイクを聴くと、ポールが録音に立ち会って居た事が解るのだ。一人でレコーディングして居るジョンと、彼をコンソール・ルームからみつめアドバイスするポールとの会話が最後に収録されているのだけど、映像が浮かぶ位感動的だ。二人が既に不仲と云われて居た後期ですら、こうした関係だったのだから、「イエスタデイ」の頃ならもっと密接な関わりがあっただろう。ジョンへの追悼曲「ヒア・トゥデイ」を聴けば、ポールの真意は解るはずだ。

そしてポールは、自分の最高傑作を「イエスタデイ」と公言するサイコー!な天然パーで在る。普通、絶対、思って居ても、云わない。でも、ポールは云うよ。あの人が普通なわけないでしょ?

私も最初に好きになったのは「イエスタデイ」だったのだ、でも、すぐに「ジョンの魂」を知ってしまい、敢えてポールの甘い曲は無視する様になった。元々、カーペンターズみたいなポップスが好きだったのに、ロックの人になりたかったわけだ。若い頃とは、ある意味本質を捩曲げる時期でも在るわけで、甘いポップス(実は苦くも在る!)を好きだと云えるまでは、結構廻り道したな。

1990年のポール・マッカートニー初来日公演は、とにかく全曲一緒に歌うんだと決めて居た。当時29才だった私にとって、それはひとつの決着になるはずだった。ソロもウイングスもリアルタイムで聴いて来たんだし、後追いだけどビートルズこそが命だ!!そうだ、今日はビートルズのコンサートに来たんだ!!そんな気持ちだった。

「ヘイ・ジュード」の大合唱直後には「ありがとうございました!!」と絶叫する程高揚していた私が、只棒立ちになり歌えなかった曲が在った。「Let it be」が最初だった。まるで天国から奏でられている様だった。声にならない、歌えない。そして、ポールは一人であの曲を歌った。「YESTERDAY」 私は、あんなに美しい音楽を聴いた事はなかったし、きっとこれからもないだろう。

確かに決着は着いた、超有名曲は超名曲だし、子供の時の感動は正しいのだと解ったのだ。それから私は、恥ずかしいから聴かなくなって居た音楽も再び聴く様になった。どれもが素晴らしく、若さ故の過ちを恥じたものだ。

さて、現在は音楽の教科書にも載って居る「イエスタデイ」だが、発表された当時はかなり問題作だったのではないか?ロック・バンドが生ギターと弦楽四重奏だけで歌うなんて奇想天外なアイディアは、この曲が最初だったし、メンバー一人しか参加していないのにグループの作品としてしまう力技も後期はともかく、この時期には画期的だ。中期のサイケ時代に重要な役割となる管弦楽のアレンジも、この曲から始まったのだ。スタンダード化した美しいメロディーも、ギターは変則チューニングだし、コードもsus4や7thを多用していて複雑だ。学校の音楽で、一体どんな風に教えているのだろう? 詞に関しては、ポールが亡くなった母親を想って書いたと云う説が一般的だ。元々歌詞がなくて「スクランブル・エッグ」と云うインスト曲だったらしい。

ポールにとっても、間違い無く転機となった曲だろう。ジョンには書けない甘いバラードは、以後大きな武器になったし、世間の目も変わった。ビートルズは、只ウルサイ音を出す子供向けのバンドでは無く、大人の鑑賞にも充分耐えられる紳士的な連中だと云うわけだ。勿論、そんなのは本当の姿では無いが。既に当時から彼等はドラッグをキメまくって居たし、だからこそこんな不思議な曲も当たり前の様に出来たのだ。

ポール自身、最高傑作と認めるだけあり、自分で2曲もアンサー・ソングを発表して居る。 一つは前述した「ヒア・トゥデイ」で、1982年にジョンへの追悼曲として発表された。誰が聴いても曲、アレンジなど全てが似ている。もう一つは1971年の「トゥモロウ」で、Aメロが全く同じコード進行(勿論メロディーは別!)で、ジョンを思わずにいられない最高のCメロに涙する名曲!

「昨日・明日・今日」を17年掛けて同じアイディアと違うアプローチで表現した天才ポール・マッカートニー若干23才の奇跡的な名曲。

それが「YESTERDAY」だ。演奏してるのは、THE BEATLES で在る。

(TEXT:未亜、written and compoced by イコ)
初出「hilite」2002-7



イコ:此れって楽ちんでええな。おい、未亜たん、もっと無いか?

未亜:あのね、、、姐御、其れは手抜きだってばさ。

イコ:おんなじ内容を焼き直して新作って乱発するよりは、真摯だろーがっ!

未亜:何でボキが怒られるのよさ、、、酷いよ、姐御。。。

イコ:ポールは絶対にやらかしたよな。ナポリ民謡からパクったんだろ?
   こんな名曲が夢に出て来て一瞬で書けるかよ?でも書けるんだよね。
   天才だナァ。。。

未亜:何を禅問答みたいな一人ノリツッコミやってんの?

イコ:五月蝿いっ!!
   おまいは「YESTERDAY」の原型「YOU NEVER WALK ALONE」でも聴いて、
   片瀬の夢でも見乍ら、永遠に寝てろっ!!

未亜:「YOU NEVER WALK ALONE」って、御本尊様には悪いけど、ダサイよね。

イコ:「ダサイ」?其れは何語だ?太宰治か?

未亜:姐御、、、ア〜タは「那奈ヲタ」だっ!「必殺カタセ固め」に、参りましたっ。

イコ:はて、何のことやら。ケケケ



(小島藺子/姫川未亜)





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2009年06月24日

FAB4-084:I'VE JUST SEEN A FACE(夢の人)

Song for You


 w & m:LENNON / McCARTNEY

 P:ジョージ・マーティン
 E:ノーマン・スミス
 2E:フィル・マクドナルド
 録音:1965年6月14日(take 6)
 MONO MIX:1965年6月18日
 STEREO MIX:1965年6月18日

 1965年8月6日 アルバム発売
 パーロフォン PMC 1255(モノ)、PCS 3071(ステレオ)


「ポール・マッカートニー、覚醒」

アルバム「HELP !」B面中盤で三連打を放つマッカ節の中核を成すのは
「イエスタデイでしょ?あたし好きだな(未来ちゃん声で)」ではなく、此の「夢の人」なんじゃ、われぇっ!
と新橋で今宵も喚くオヤジも居る程に「名曲」です。素晴らしい。美しい。芸術も大爆発しちゃうってっ!!

いや、本当に「『イエスタデイ』だけがビートルズじゃねーんだよ、あのな、アレってさ『ヘルプ』ってアルバムに入ってるんだけど、知ってるか?知らねーのかよ。さしづめ、お前さんはベスト盤好きなインテリだな?だったら教えましょう、ええ、おせーて欲しいんでしょ?『イエスタデイ』なんぞよりもだ、其の前に入ってる『夢の人』てぇのが好いんだナァ、此れが。知らないの?ははぁ〜ん、そりゃイケナイ。お兄さん、それじゃあ、おテント様に申し訳無いってもんだ。ほら、此処に其の『ヘルプ』って音盤が在るじゃ在りませんか、大将!ね、そこいらじゃ二千円とかするお宝だ、だが、お兄さんを信じて、もう負けた、莫迦負けしちゃって千円だ。どーだ、え?もう一寸って、お兄さん、それじゃこっちもおまんまの食い上げだ。え〜い、こん畜生、那奈百円だっ!持ってけ泥棒!!」なんて、あれれ?途中から寅さんになってるじゃん。

てなくらいに、素敵な楽曲です。楽器編成が「ジョン、ポール、ジョージ」によるアコギ三本ってのも泣かせます。クォリーメン時代からの三人が、生ギターで躍動して居ます。彼等の絶品なコーラスにも負けない生ギター三本の絡みは、一朝一夕には決して出せない味です。美しい!綺麗だ!僕が彼等を知った頃、もう四人はバラバラでした。僕がリアルタイムで聴いたのは「WINGS」ってバンドでした。1975年に、其の楽団が日本に来るって事になって、僕はときめいた。でも、楽団長が葉っぱをやって居るからとか何とか云われて、来なかったんです。其れで、お詫びにとか云ってオーストラリアでの公演をTVで流したのです。御馴染みの「WINGS ナムバア」を披露した途中で、生ギターを持った楽団長が「夢の人」を演奏した。其の後に「イエスタデイでしょ?あたし好きだな(未来ちゃん声で)」も演ったんだけど、僕は「夢の人」にシビレた。「あれれ、此の人って、ビートルズじゃん!」と解ってしまったのです。驚いたよ。「え?もしかして、ジョン・レノンやジョージ・ハリソンやリンゴ・スターもビートルズなの?」って、いや、本当に初めて知ったんです。知識では無く、実感したんです。全てが繋がったのでした。興奮したナァ。正に「夢の人」に逢った瞬間でした。


(小島藺子)



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2009年06月23日

「Body+(ボディプラス)」2009年8月号

Body+ (ボディプラス) 2009年 08月号 [雑誌]


発行/ミディアム

表紙、及び「美しさに接近 片瀬那奈さん」に登場。
カラー4頁(表1、P51〜P53)、目次にも1カットあり。

 撮影/小泉修(Q'S)
 ヘアメイク/村端ジン(ヌーデ)
 スタイリング/大沼こずえ(kind)
 デザイン/古川真理(Impression)


絶対、買い!「ジンコさん&こずえさん」なら外しません。

失礼乍ら、出版社も誌名も初めて聞く雑誌でしたので、念のため仕事帰りに大きな書店(アキバのSBT)へ行き店員さんに「本日発売の『Body +』と云う片瀬那奈さんが表紙の雑誌は在りますか?」と訊ねたら、「はい、でも二冊しか入荷してませんよ」とおっしゃるので「では二冊共ください」と購入しました。此れはおそらく聖母様はまた探せないと思いまして、老婆心ながら壱冊差し上げる事にしました。

那奈ちゃんは恥ずかしいから贈れないでしょうけど、スタッフさんが大切な方々には、せめてこーゆー重要な雑誌くらい贈呈すべきだと思います。そんな当たり前田のフライングニールキックすら出来ずに、代わりに身銭を切りまくって貢いで居るファンを睨みつける「うにょ軍団」は、人として間違って居ます。最近の女子マネ日記など単なる業務連絡に過ぎず、新たなる情報など皆無に近いでは在りませんか。肝心な事は「未だ話せません」でしょ?其れで「事後報告」するわけですよね?あたくしは随分前から「女子マネ日記」を読んで居りません。読む価値が無いどころか、度重なる誤報に辟易して居ましたので、此処での記録放棄と同時に購読をヤメました。

ハッキリと云いますが、スタッフ(シュガー&女子マネ)しか知り得ない「裏話」なんて、どーでもいいのです。僕たちが愛するのは公的な作品となった「片瀬那奈」です。プライベートは勿論、片瀬那奈を支える陰の努力は観ない方が好いのです。黒子は黒子で居なさい。マネジャーの暴露話なんか、もう沢山です。もっとしっかりと「片瀬那奈」を守って下さい。言動不一致なチーム片瀬を現場で知ってしまったなら、みんな行きたくなくなりますよ。何度でも、猛省を求めます。ま、治りっこ無いけどさ。ホント、チミら裏方なんかさ、どーでもええんんだよ。出しゃばるなよ。俺たちは那奈ちゃんに逢いに行ってるんだぜ。おまいらなんか、こっちが無視したいんだよ。なにが「片瀬さんを愛しています」だよ。愛して居るなら、其れ也の態度を示したまえ。チャンチャラ可笑しいよ。邪魔だ、どけ。おまいらなんぞに、片瀬の何が解る?


(小島藺子/姫川未亜)



Body+ net

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FAB4-083:TELL ME WHAT YOU SEE

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 w & m:LENNON / McCARTNEY

 P:ジョージ・マーティン
 E:ノーマン・スミス
 2E:ケン・スコット(2/18、2/20)、マルコム・ディヴィス(2/23)
 録音:1965年2月18日(take 4)
 MONO MIX:1965年2月20日
 STEREO MIX:1965年2月23日

 1965年8月6日 アルバム発売
 パーロフォン PMC 1255(モノ)、PCS 3071(ステレオ)


流れる水の如く、ポール作の「サントラ面のボツ曲」へと繋がります。

アルバム「HELP !」のB面は、不可思議な程にまとまって居ます。ジョージ作の「YOU LIKE ME TOO MUCH」と、此のポール作の「TELL ME WHAT YOU SEE」は、録音データでお分かりの通り「映画のサントラ用に録音された楽曲」です。他の五曲は「既にサントラ面が完成した後に録音された新曲」なのです。此の楽曲から三連発で「ポールの曲」が続くのですが、レノンの「IT'S ONLY LOVE」から、アノ永遠のスタンダード曲「イエスタデイでしょ?あたし好きだな(未来ちゃん声で)」までの五曲が、まるで後の「ABBEY ROAD」B面メドレーの如く繋がって居るのです。しかも、穏やかに何の作為も無いかの如く自然にそうなって居るのです。其れが明らかに意図的な流れで在る事は、アルバム最終曲で明かされますが、此のB面の「緩やかで優しい色彩での統一した流れ」を作った要因のひとつは、楽器編成でしょう。

最早、其処には「ロケンロール楽団」だった彼等は居ません。レノンはアコギ&エレピでリズムを刻みます。ポールは変幻自在なマルチ・プレイヤー振りを遂に発揮しますが、とっても紳士的です。ジョージはペダル・トーンに固執し、リンゴも多種多様なパーカッションに挑んで居ます。そして、此の作品は映画「HELP !」のサントラ盤でも在りました。其のスコアを、マーティンは書かせてもらえなかったのです。監督のスーパーマン:リチャード・レスターと喧嘩しちゃったんですよ。其れで、ケン・ソーンが書きました。彼は印度音楽に傾倒して居たのです。其れで、シタールを導入しスコアを書きました。其れを、THE BEATLES は聴いてしまった。そして、シタールに興味を持ったのです。マーティンとレスターの、正に「世紀の喧嘩」でした。もし、彼等が仲違いしなければ、ノラ・ジョーンズは存在しなかったかもしれません。

底抜け脱線しすぎましたね。此の楽曲、なかなか好いです。正直、サントラ面に採用されたポールの駄曲よりも好いと思います。バディ・ホリーとエバリーを合わせた様な綺麗なメロディーを、ジョンとポールがハモってジョージが加わり黄金の三重唱へと進む展開は見事です。正に、ポールにしか書けない楽曲です。何なんだよ、此の「ナルシズムに溢れた歌詞」は。よくもヌケヌケとこんな事が歌えるもんだよ。「何が見える?其れは僕だろ?云ってごらんよ、ねえねえ☆」とかヌカしてんですよ。レノンやジョージには絶対に書けません!「愛とは何ぞや?」と悩めるレノンの隣には、常にこんなにも能天気なマッカが居たのです。哀れ也、ジョン・レノン!!

でも、そんなポールが、あたくしは好きなんです。莫迦って、可愛いじゃん。


(小島藺子)



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2009年06月22日

「SMAP×SMAP」ふたたび

フジテレビ 22:00〜22:54

「ちょっとイイ話」コーナーに出演。

余りにも唐突な「スマスマ」再登板。女子マネなんぞに云われなくとも、此れが昨年の「ギャル店員シノブ」(2008年6月30日放映)と同時期に録画され、お蔵入りしたパートで在る事は解ります。伊達に毎日記録してません。てか、大抵のファンなら「現在と壱年前の片瀬の違い」は、すぐに気付きます。ボツ映像の復活は、「ツヨポン裸踊り祭り」の思わぬ副産物でしょう。折角セーラー服会見をしたのに、予期せぬ出来事で記事が飛んでしまった罪滅ぼしでしょうかしら?「革命」の主催もフジですからね。謹慎中に録画不能になって、ストックを使うしか無くなったってわけだ。ま、大人の事情でしょうね。クダラネ。

内容は可も無し不可も無しで、バラエティーで本業の女優をシリアス路線でやってもボツになっちゃうのは当然でしょう。企画がヘボだっただけで、片瀬は上手いのだけど、「SO WHAT ?」で片付けられちゃうレベルです。同じフジなら「アベレイジ」の怪演の方が数億万倍素晴らしい。オチの思いっきり過ぎまくりの水ぶっかけ場面には「流石は片瀬!スマップ相手でも手加減無し!!」と胸のすく思いでしたけど、もう僕らは大野くんをハリセンでなぶりまくった「美月うらら」を観てしまいましたからね。

何にせよ、レアなボツ作品が公開された事は喜ばしいです。普通ならDVDの特典映像とかで陽の目を観るレベルでしょう。此れに限らず、当然乍ら多くのお蔵入りに支えられて「片瀬那奈」は存在して居ます。しかし、海賊盤は所詮はボツです。僕らが求めるのは「完成品」なのです。


(小島藺子)



「SMAP×SMAP」フジテレビ公式サイト

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「NO IMAGE」


here is

mia/iko presents

「the diary of nana katase」

A/K/A/ 「NEO COPY CONTROL」


Recording Produced by IKO KOJIMA

Engineer : MIA HIMEKAWA

All voices & instruments : MIA and IKO

All Songs arranged , written and compoced by
009:maroon7
(A/K/A/ mia/iko) except where indicated.


with a big help from

001:ANTETSU(from NANAchan OGAMITAI of NO IMAGE),
002:USHIO(from SHiNY ☆ BRADBURYS of NO IMAGE),
099:MAYAYA(from BEST FRIENDS of NO IMAGE),
010:MARUCA(from TEMPORARY SECRETARY of NO IMAGE),
004:JIN chan(from somewhere ?),
018:2 to 0(from BROTHERS of NO IMAGE),
051:LUNA NARUMI(from LITTLE SISTERS of NO IMAGE),


000:mamma-mia ! & 007:nana-chan(FREE)
033 & 055: PIN / KIRI (who're "my family")(from NO IMAGE),

& EVERY***

ALL FOR NANA KATASE from the bottom of my heart.

since 2004-8-8

(C)art dream real / NO IMAGE INC.



YES, I AM " m・T ", who's just only the " NANA chan's FAN " ! !

since 1981-11-7